第45話 ヒーラー、強運の持ち主

 朱雀を倒したものの、この部屋の空気は重かった。俺たちはセインとサラシエルのもとへと向かう。


「あはは……皆さんは本当に何者なんでしょうか……もう、よくわかりませんね、本当に……」


 セインが半笑いでそう聞いてくる。セインは俺たちの力を見て驚いている気持ちと自身のパーティメンバーの一人が死んでしまったショックの気持ちが同時に生まれて、気持ちの整理がつかないのだろう。


「あんたたちのこともそうだけど……こんなことになるなんて聞いてないわよ。それに、一番しっかりしていたカタリナがやられちゃうなんて。何人も死んだ味方を見てきてるけど……」


 サラシエルは目を伏せて、口を紡ぐ。サラシエルもベテラン冒険者といえど、目の前で仲間が死んだのを目の当たりにして胸を痛めているみたいだ。

 ライナは目を閉じて、気を失ったままだった。せっかく直した右腕も朱雀の熱によって溶けてしまっていた。俺はライナに”完全治癒パーフェクトヒール"の魔法をかけてやり、急速にライナの腕を治した。傷を癒すとライナはゆっくりと目を開いていく。


「お……お前、また傷を……」


「……朱雀は倒した」


「……そうかい」


 ライナはフラつきながらゆっくりと立ち上がり、横たわっているカタリナの元へと歩み寄った。

 カタリナは目を閉じて、動くことはない。その姿をじっと見つめるライナは歯をくいしばる。


「なぁ、回復術士……お前……こいつを生き返らせることはできねぇのかよ……」


 ライナが俺にそんな言葉をかけてきた。蘇生魔法……それは失った魂を呼び戻し、死者を生き返らせる究極の回復魔法だ。俺はこれまで様々な奇跡を起こしてきた。しかし、蘇生魔法というのは上級職業である大神官ハイプリーストが全ての回復魔法を習得・極めし者がたどり着く境地の魔法だ。究極魔法アルティメットスペルと呼んでも良いだろう。俺は魔力無限だ……しかし、だからと言って究極魔法が出せるほどご都合が良い者ではなかった。EX治癒や完全治癒がどうして習得できたのかは分からない。だが、蘇生魔法の習得はそれらの魔法を習得するよりも難しい。

 俺はライナの言葉に対して、首を横に振ることしかできなかった。

 するとライナは俺の胸ぐらを掴んでくる。


「ふ……ふざけんなぁ‼︎ お前、あんな凄ぇ事しやがっても生き返らせるのは出来ねぇのかよ‼︎」


「……すまない」


 俺はライナの手を振り解こうなどはしなかった。何故なら、ライナの手の力がゆっくりと抜かれていき、自然に俺の手から落ちたからである。

 そしてライナは、横たわるカタリナの胸を殴った。


「あと少しで……あたいは……何かを……掴める所だった‼︎ 叱られたことのねぇあたいを……口酸っぱく叱ってくれたじゃねぇか‼︎ お前はあたいを見捨てようとしなかったじゃねぇか‼︎ なぁ……やっと……分かりそうだったのに……人の優しさを……何で……」


 あんなに暴れ回り、戦闘狂だったライナが泣いていた。その小刻みに震える背中が、大柄な身体なのにどこか小さく感じた瞬間だった。

 その姿を、俺達は後ろから眺めることしかできない。


(感じます……マスターの近くから……奇跡を……)


「えっ?」


 シルフが突然言葉をかけてきた。奇跡? どういうことだろうか?


(とても珍しい物の気配を感じます……貴方の腰から虹色の光が見えます)


「虹色の光?」


 腰元? もしかして、腰の鞄の事だろうか?

 俺は鞄の中を見るとアイテムの中に虹色の液体が入った瓶が1本入っていた。

 これはファフニールと戦った際に得られた戦利品で、よく分からないという事で放置していたアイテムだった。

 それを取り出すとシルフが反応を見せた。


(マスター……貴方は強運の持ち主です。今すぐそれを倒れた者の体にかけておやりなさい)


 俺はカタリナの近くへと寄り添う。俺は、泣いているライナの手を握った。


「ライナ」


「み……みるなぁ……ほっといてくれ」


「少しだけ離れていてくれ」


 ライナは俺の言葉を無視してカタリナの側に居続けた。これ以上言っても離れないだろうと判断した俺は瓶のコルク栓を抜いて、カタリナの体に虹色の液体をかけた。


「てめぇ‼︎ 蘇生もできないのに何しやがるん……だ?」


 ライナが怒りを見せようとした途端、カタリナの身体中に虹色のオーラが広がっていく。そして、一つの眩しい光が空から降りてきた。


「光が……」


「な、何だってんだよ……」


 俺とライナ、そしてこの部屋にいる者全員がその光に釘付けとなる。そして、その光がカタリナの中に入っていく。そして虹色のオーラがゆっくりと消え、この空間に一瞬の静寂が走り……そして……カタリナがゆっくりと目を開けた。


「……んぅ……ん? あれ……わ、私は……死んだ筈では……?」


 ゆっくりと身体を起こすカタリナを見て、ライナは固まっていた。


「カ……カタリナ……」


「ライナ……」


 2人は目と目が合い、一瞬の間が相手からライナが泣きっ面を隠すように顔を背けた。


「おおおおおおい‼︎ 起きるなら言えっての‼︎」


「カ、カタリナさん! よく戻ってきてくれました‼︎」


「あああああああんたねぇ‼︎ 心配したんだからぁああああああああああ‼︎‼︎」


 後ろから、セインとサラシエルが走って駆け寄ってくる。

 セインは目に溜めた涙を拭って優しく微笑み、サラシエルはカタリナの前で我慢した思いを解放するように泣き始めてしまった。


 カタリナが生き返った……正直……この状況に俺も驚いている。この液体は一体なんだったんだろうか?


「フール‼︎ 貴方まさか……蘇生魔法したの⁉︎」

「フールさん⁉︎ 今度は何をやらかしたんですか⁉︎」

「今度はどんな事をしたのでしょう⁉︎」


 3人が興味津々に俺に詰め寄ってくる。

 いや……そんなこと言われても……


(マスター、それは復活薬リザレクポーションと呼ばれるレアアイテムですわ。何か……珍しいアイテムの予感がしたのだけど……マスターは短い時間で奇跡を沢山起こしていますわ)


「そうだったのか……」


 もし、この道中で無駄遣いしていたらと思うだけでもゾッとした。ここまで大切に持ってきていてよかった。お陰で、重い空気が一気に一掃されたように皆が笑顔になった。


「それにしても、シルフさんは物知りですね」


(ウフフ♪ 私には特殊能力"賢者"の能力がありますから、この世界の知識は大抵理解しておりますわ)


 シルフが得意げな顔を見せた。

 賢者という能力はよく分からないが凄い能力なのだろう。


「因みに、ソレーヌの矢が大きくなった理由は分かりますか?」


(あれは、支援魔法"魔力譲渡マナシェード"ですわね。他者に任意の魔力を流し込む呪文ですの。それもあの場で習得するなんて、奇跡に近いのです)


 つまり俺が魔力譲渡の魔法を覚えて、その力を自然と使ったことによってソレーヌの魔力が膨大に膨れ上がったのか。俺の無限の魔力を他者に提供できるようになった訳だ。


(それでは、私は戻りますわね。いつでも、私はマスターの力になります。それでは……)


 そう言うと、シルフは緑の光に包まれてその空間から消えてしまった。


「フール!」


 カタリナが俺の方へと声をかけ、近づいてくる。


「辱い……」


 その一言だけを言って、カタリナは頭を下げる。

 俺は手を前に出し、魔法を詠唱した。


「"治癒"」


 優しい緑色のオーラがカタリナを包み、傷だらけの顔、焦げた髪を全て直してやった。装備はボロボロだが、身体は綺麗な姿に戻る。


「女性は髪が命なんだろ? それに顔の傷も天敵とか何とか……昔のギルドに居た女が呪文のようにそう言っていたのを思い出してな」


「……ふ、私を女として見てくれたのか?」


 カタリナはゆっくりと俺との距離を詰めると顔を覗き込む。

 顔が……近い……

 整った顔つきの女性にここまで至近距離に近づかれるとドキドキしてしまう。


「……男の顔つきだな」


 そして、カタリナは顔をさらに俺の耳へと近づけると優しく囁いた。


「……悪くないぞ」


 カタリナの息が耳にかかって、首筋に鳥肌が立った。

 そして、カタリナは鼻で笑うと俺から離れ、全員に声をかける。


「それではみんな、一度ダンジョンから出るぞ!」


 カタリナの掛け声によって、本当に朱雀の討伐が完了したことに実感がやっと湧いてくる。

 カタリナに続いて3人が出ていくのを見て、俺たちもダンジョンから出ることにした。


 その時、急にセシリアが俺の腕に強く抱きついてくる。


「セ、セシリア?」


「うっさい……浮気者……」


「え? なんて言ったんだ?」


「良いからこのままで居させなさいよ‼︎」

(あの女……私のフールに色仕掛けを……絶対に渡さないんだから‼︎‼︎)


 俺は訳も分からないまま頬をり膨らませて怒っているセシリアに抱きつかれながら、ダンジョンから出ることとなった。


「セシリーったら、嫉妬しちゃって……」


 その後ろでソレーヌと2人で歩くルミナは不満そうに眺めている。


「そ、そうですね……」


 しかし、ソレーヌがどこか顔を赤くしてもじもじと、隣で歩く様子をルミナは気がつくことが出来なかった。

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