第44話 ヒーラー、思いを託す

「行くぞ! セシリア!! ルミナ!! ”EX治癒”! ”完全治癒”!」


 俺はセシリアとルミナ同時にそれぞれに魔法をかけ、戦闘準備を整える。


「セシリー! 私の後ろに来て、隙が出来たら飛ばすから!」


「分かった!」


 ルミナの指示で、セシリアはルミナの後ろへと隠れる。朱雀はその間にも、羽を前へと折り畳んで身体を丸くし始めた。また、熱風の攻撃をするつもりだ。

 俺が身構えた瞬間、頭の中にシルフの声が届く。


(ふふ……マスター、そこまで身構える必要はありませんわ。ここは一つ、私にお任せを……)


 シルフは優しく微笑むと手を前に出し、祈りの構えを取る。そして、朱雀は自身の体内にエネルギーを溜め終えると翼を大きく広げ、身体を前に出す。激しい熱風が朱雀を中心に生み出され、俺たちに襲い掛かってきた。


「来た! セシリー、気を付けて!」


「それはこっちの台詞よ!!」


 前の2人に熱風が襲い掛かろうとしたとき、シルフは囁くように言葉をつぶやいた。


(風よ……私の元へ戻ってくるのです……)


 シルフの言葉と共に2人に襲い掛かろうとした熱風は方向を変えると吸い込まれるようにシルフの方へと向かって行く。すべての熱風がシルフの方へと向かうと赤い熱風はシルフを包み、緑色のきらきらと輝く風へと変わってシルフに纏う。そして、シルフは朱雀へ向けて腕を広げた。


(”大気圧縮刃エアリアルブレード”)


 シルフに纏わりついた風から、大きな真空波が2本生まれると、目にも留まらぬ音速攻撃によって朱雀の2本の羽を軽々と切り落とす。そう、シルフは相手の生み出した攻撃を自身の風の力に変えて攻撃して見せたのだ。しかも、凄まじい威力だったので少し驚いてしまった。


(如何ですかマスター?)


「あ……ああ、凄いですねシルフさん……」


(うふふ♪ うれしいわ♪)


 お茶目に笑うシルフとは裏腹に羽をなくし、苦しむ様子を見せている朱雀が地面へと落ちる。


(因みにですがマスター、あの魔物の弱点は”風”ですわ)


 シルフは突然、俺たちが考えていたことを覆すようなことを言ってきた。


「風? どうして?」


(やつの炎はあまりにも熱が高すぎます。氷・水属性の攻撃では溶かされてしまうでしょう。もしかしたら”属性特攻”の特性も持っているかもしてません。”属性特攻”とは一つの属性の力を極限まで上げる能力、それを持っていると弱点効果であるはずの氷・水属性が無効化されてしまいます。しかし、”属性特攻”にも弱点があります。それは『準弱点属性』には効果を示さないと言う事なのです。つまり、準弱点属性である風属性が効果的であるかと……)


 そうか……だからこれまで弱点だと思っていた氷属性の攻撃は意味をなさなかったのか。そうなると今からでも風属性の攻撃で攻めるしかない。

 俺はすぐにでも周りに報告をする。


「みんな聞いてくれ!! 奴の弱点は風属性だ!!」


 俺がそう言った時、セシリアが耳をぴんと張らせ、目を光らせる。


「何ですって⁉ なら、私の出番しかないじゃない!!」


 セシリアは持っていた2本の刀を収めると『烈風』の柄だけを握ると一気に引き抜いた。引き抜くと烈風の刀身に周囲の大気が集まって、纏わりつき始める。


「出番よ烈風!! ルミナ、私を飛ばして!!」


「了解です!! 行くよセシリー!!」


 セシリアはルミナの盾に乗り、ルミナはセシリアを朱雀に向けてカタパルトの要領で投げ飛ばした。セシリアが一直線に朱雀の元へと向かって行く。俺は飛んで行くセシリアを見た時、セシリアの体が少しだけ赤いオーラが纏っているのが見えた。あれは俺がかけているEX治療の色では無かった。


「さあ……観念するのよ!!」


 セシリアの赤いオーラはどんどん濃くなっていく。そしてじたばたと、もがきながら羽の再生をしている朱雀の元へとたどり着くと、セシリアは刀を朱雀の首へと振る。その刀を振る速度はいつもよりも速く感じた。


「その首、貰ったわ!!」


 セシリアの一撃は朱雀の首を軽々と一太刀で切り抜いた。体から切り離された朱雀の頭部が宙を舞う。セシリアはさらに飛び上がり、その頭部に向けて刀を振った。


「”風流ノ舞エリアルダンス”!」


 セシリアは刀を風の流れに乗せ、素早い連撃を朱雀の頭部に畳みかけた。朱雀の頭部は細切れになり、埃のように宙で火の粉が舞い散り、消えていく。

 なんだ、あのセシリアの動きは? EX治癒には運動能力を向上させる力など無かったはず……


(あの子……”猛攻”の能力を手に入れているのですね)


「猛攻?」


(”猛攻”は戦士の上位職業能力ハイクラスアビリティですわ。猛攻を手に入れた者は自身の運動能力が永続的に大幅向上されます。ですから、あのような見事な技も使用することができたのでしょう)


 そうだ……ファフニールを倒した時、セシリアに巻物を渡していたのを忘れていた。この能力のおかげでセシリアがもっと強くなっている。それを、さっきの技で確かめることができた。


(マスター、パートナーに見とれている場合ではありません。まだ朱雀には生命があります。朱雀のコアである身体を破壊しなくては完全に倒すことはできません)


 シルフの話を聞いたとき、俺は朱雀の方を見た。朱雀の頭と羽は切り落とされ、身体は動いていないが傷口がどんどん再生されているのが見える。


「フールさん!!」


 咄嗟に声をかけられ、すぐに振り向くとソレーヌがいた。


「あの時、仕留め切れなくて、私は悲しかった……悔しかった……だから、私が……私が今度こそ倒して見せます!! 私が……朱雀を倒したいです!!」


 真っすぐ俺に向けられたソレーヌの瞳は本気だった。泣いていない、恐れていない……さっきまでの絶望に満ちた顔が今は勇ましいエルフの顔付きになっている。

 俺はそのまま、縦に首を振った。


「行きます!!」


 ソレーヌは魔導弓を朱雀へと向ける。ソレーヌが弓を引くと光の矢が生み出され、朱雀に向けて狙いを定めた。ソレーヌが朱雀の身体を凝視すると、朱雀の身体の表面に黄色い魔方陣が浮き出る。ソレーヌの標準が定まった合図である。だが、ここで一つ問題があった。いつもよりも生み出された矢の大きさが少し小さいように見えた。それに、ソレーヌもどこか苦しそうな様子をみせる。


「ソレーヌ、大丈夫か⁉」


「くぅ……こんな時に……魔力が……込められないなんて……」


 朱雀の体を一撃で仕留めるには、一撃が高威力の矢を生み出さなくてはならない。魔導弓とは使用者自身の魔力を弓に込めることで様々な技をすことや威力を向上させることが可能だとソレーヌが言っていた。しかし、ソレーヌは長い戦いによって魔力が底を着き掛け、身体の疲労も限界を迎えている。


「私は……また……だめなの……」


 ソレーヌのその言葉を聞いた時、俺は自然とソレーヌの両肩を掴んでいた。


「フールさん?」


「諦めるなソレーヌ!! お前ならできる!! 一度の失敗がどうした⁉ それをお前は乗り越えられるはずだ!! もし乗り越えられないのなら……」


 その時、俺の身体の内側でまるで枷が外れたかのように何かが弾けた。


「俺たちが後押ししてやるらぁあああああああああああああああああ!!!!!!!」


 そして、俺の体が白く光るとその光は俺の腕を伝ってソレーヌの体に流れていく。


(まぁ……素敵な光……)


 シルフが光に見とれてうっとりとしている。


「何……この、溢れ出る魔力の感覚……」


 俺の身体と同じようにソレーヌの身体も反応して光りだした。俺は何事か分からなかったがソレーヌに声をかけた。


「今のお前ならできるはずだ!! やるんだ!!」


「はい!!!!」


 大きな返事をしたソレーヌは改めて、弓を構えなおして矢を生み出す。すると、先まで作られた矢とは打って変わり、弓からはみ出るほどの巨大な矢が生み出された。

 その大きさは朱雀の身体をいともたやすく包むことができるほどの大きさだった。その矢の大きさにソレーヌは目が飛び出そうなほど驚きをみせている。


「えええええっ⁉ これ私が作ったんですか⁉」


「で……でけぇ……」


 想像以上に大きいその矢に正直俺も驚いている。これは……まさか……俺のせいか……


「うわぁ⁉ あれソレーヌさんが作ったんですか⁉ いくら何でも大き過ぎです!!」


「あの大きさ……またフールの仕業ね。もう、しょうがないんだから♡ ルミナ! 危ないから避けとくわよ!!」


 セシリアはルミナの手を取って、部屋の隅へとそそくさと非難する。


 動揺するソレーヌに俺は言葉をかける。


「大丈夫だ。落ち着け、いつも通りやるんだ……お前に俺たちの思いを託す」


 ソレーヌは俺の言葉を聞くと、力んでいた体の力が抜けた。そして、ソレーヌは朱雀へと目線をそらすことなく凝視し続ける。そして……


「行きます!! ”超新星光魔夢想弾カタストロフ=ノヴァ”!!」


 ソレーヌは矢を放つ、部屋中を照らす神々しい光に包まれた巨大な矢は地面をえぐり取りながら朱雀へ向けて、飛んで行く。朱雀も再生が完了し、羽と頭が元通りになったときにはもう遅い。

 矢は朱雀の身体どころか羽、足、頭その全てを光の中へと飲み込み、光の中で朱雀の体が消えていく。光の矢が消えることには朱雀の身体も跡形もなく消え去っていた。朱雀が居たと言う残り火も体の欠片も何もない。……朱雀はとうとうこの世から消えたのだ。ソレーヌはその場でへたりこむ。


「終わっ……た? 倒したの?」


 俺はソレーヌの肩に手を置いて、笑顔を向けた。


「お疲れさまだソレーヌ」


 俺の言葉を聞いた途端、安心感からかソレーヌが目に涙をためて俺の腰に手を巻いて泣き出した。俺はそれを受け入れるように優しく撫でてやる。


「わ……わだじ……で、できましたか? みんなの……思いを背負いぎれまじだがぁ……」


「ああ、出来たさ……お前は最後まで勇敢に戦って勝利を掴んだんだ……」


「ううぅ……うわぁあああああああん!!」


 ソレーヌの俺の服を掴む力が強くなる。相当怖かったのだろう……それでも、最後まで戦い抜いて、自分よりも圧倒的に強大な敵を倒すことができて、かたきが取れたんだ。

 この子は……とても立派だ。


「フール!!」

「フールさん!!」


 横からセシリアとルミナが戻ってくると忘れずに2人の事も撫でてやった。


 こうして、ソレーヌの最後の一撃で朱雀を討伐することはできた。普通なら喜ばしいことなのだが俺たちは素直に喜ぶことを憚られた。

 なぜなら、この戦闘によって1名の死者が出てしまったのだから……

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