第125話 最後のデート
「この革靴歩き辛ぇ……」
デートが始まって間もなくして、シヅキは自身の足元へ苦言を呈した。くるぶしが不快に擦れる感覚に顔を歪める。
そんな彼の様子にトウカはくすくすと笑った。
「サイズ感とか違うと、すぐ痛くなっちゃうよね」
「既に痛ェよ……ったく。似合わねェ格好なんてするものじゃねェな」
「あはは、似合ってるよ。すごく」
「そうかよ。 …………トウカも似合ってると思う、ソレ」
「ありがと。でも、ソヨちゃんが選んだ服だから、当然と言えば当然、かも」
辿々しく言い終えたトウカはその場でひらりと踊るように一回転して見せた。
白のブラウスに、青を基調としたタータンチェック柄のフレアスカート。髪型だって、いつもの下ろしただけのシンプルなものではなく、編み込みが施されていた。
……そう。トウカの格好とは以前に港町へ赴いた時のモノであった。
自身の服を見下ろしたトウカは満足げな表情で言う。
「すごい完成度。前に着たときのモノよりも、質が良いのがすぐ分かった」
「原料が心の塔を漂う魔素だからな。濃度が一定だから、魔素を編んで物を拵えるのだって存外に簡単だった」
シヅキのその言葉に、トウカはその眼をハッキリと丸くした。
「この服って、シヅキが用意したの? てっきり私……虚ノ黎明さんだと……」
「……お前と港町に行った時の記憶を頼りに創ったんだ」
「す、すごい……すごいよ! シヅキ! 私びっくりしちゃった!」
予想以上の反応を見せたトウカは、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた後に大きくよろけた。見かねたシヅキがその腕を取る。
白銀の髪がその重力に任せて、はらりと垂れた。
「お前バカだろ。スカートなのに」
「……シヅキ」
「なんだよ」
「今ね? 私すごい、嬉しいよ」
繕いなんて何一つない笑顔にて、トウカは眼を細める。その影には何も見せない、強い強い光のような。
…………。
その眩しさにシヅキは眼を逸らした。
「…………まだデートは始まったばかりだろう。どこへだって行ってねェのにさ」
「どこかに、連れて行ってくれるの?」
「連れて行く。デートってそういうものだろ。その為に練習したからよ」
「練習?」理解が出来ず、そのように反芻をしたトウカの反応とは至極自然なものだった。シヅキだって理解が出来ると思い吐いた言葉ではない。
――ソレは言葉としてではなく、ちゃんと現実として彼女に突きつけてやりたかったからだ。
「ほら、手を貸せよ」
シヅキは言い終えるより先にトウカの手を取り、その華奢で体温が低いその手を包んだ。
「トウカは眠っていたから知らねえだろうけどよ。心の塔はもともと、生命時代末期の人間が生命奪還に向けて抗い続けた研究施設を再現した建造物だ」
「……それは、私も知ってるよ?」
「違ェ、ここからだ。 ……虚ノ黎明の一員であるシーカーはその研究施設で創られたんだとよ。そして人間が滅んだ後に、奴は独断で人間の研究を引継ぐことを決めた。そしてこの心の塔を築いた。人間の容姿を完全に再現した
シヅキの脳裏に塔の最上階で観たあの光景が思い浮かぶ。そしてそこで体験した“現実”を。 ……虚命障害。
当時の事を振り切るようにして、シヅキはわざとらしく溜息を吐いた。そして言葉の続きを進める。
「何が言いたいかって話だけどよ……心の塔は再現の場として適しているんだよ」
トウカの歩幅に合わせるようにゆっくりと進み続けてきた渡り廊下の終点にあったのは一つの扉だった。それを見つけたトウカの口元から小さく息が漏れる。
「この扉って……」
「懐かしいよな。もう還ることなんて出来ないのによ。偽物と分かっていても、どこか心が満たされちまう」
そのドアノブにトウカが手を触れる。感触を確かめるように何度も握る。やがて彼女は後ろを振り返った。
真っ黒の隻眼が彼女を見つめる。
「その先だよ。その先に用意した」
シヅキはそれ以上に何を言うでも無かった。トウカは自身の胸の高鳴りに名前を付けることを出来ずにいた。期待か、緊張か、困惑か。或いはソレ以外のものか?
ドアノブを持つ指が僅かに震える。大袈裟に息を呑んだ後に、彼女はその指に力を込めた。
ガチャ、と音が鳴る。
「…………開ける、よ?」
呟き、間も無くして、扉を……かつてオドの住居スペースを隔てていたものとそっくりの扉を、トウカは開いた。
薄ら冷たい空気が肌を刺す。
「あ、あァ………………」
――先に広がる港町の光景に、トウカは感嘆の溜息を吐いた。
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