第96話 世界平和


 ワタシたちは、創られた。人間の悪質なエゴにより創られた。それを知ったのはかつての暦を引用し、おおよそ50年前のことであったか。


 中央区、バリケードの向こう側。広がるは砂。砂。砂。砂。砂。魔人。


 ホロウは腐るほどに居た。魔素からホロウを技術の革新が進んだからだ。質の低い魔素より造られる似非人えせびと。そんな彼らがぞんざいに扱われるは当然の出来事だった。



 ――全ては人間のために。



 誰がそのような馬鹿げたことを言い出したろうか? ホロウの数の増加とともに言葉の流布は加速の一途を辿った。この時に言語の恐ろしさを知った。“名は体を表す”とは紛れなき事実なのだと。


 茨の蔦を無尽蔵に有す球状の魔人。無謀に突撃を繰り返す数多のホロウ。 ……某日、中央区。失ったホロウの数は実に300を超えた。手に入れたのは、魔人が有す鋭利な棘がたった6本。それでもホロウは感を極めた。微々たる距離ではあるが人間の復活に近づけたからだ。仲間の亡骸なきがらを踏みつけて、戦利品を闇空へと掲げた。大きな雄叫びを上げた。ワタシもソレにまんまとつられた。


 剣、槌、弓、鎖、鎌、刀、盾、銃。何重にも武装をした超大柄の魔人。体躯は5mあったか? 2本の腕ではなく、左に4本、右に4本の計8本。そのような魔人が出現した際には、コレは“阿修羅”と呼ばれたものだった。 ……雄叫びを上げた男のホロウが、いとも容易くぶった斬られたとどこかの誰かが言っていた。


 犠牲に次ぐ犠牲。昨日言葉を交わした者が、次の日には既に闇空へ立ち昇っていたのは茶飯事であった。そのような光景が我々の当然であったもの故に、我々はそこに感情のベクトルを向けなかった。 ……我々は狂っていた。否、狂わざるを得なかった。50年前の、中央区に在籍する、似非人えせびとの大半は、薄っぺらな伝承でのみ語られる“創造主にんげん”に己が全てを、依存していたのだ。



 ――そのような環境故に、ワタシが狂いから抜け出せたのは奇跡に酷似した幸運だったろう。



 きっかけは何でもなかった。解読に次ぐ解読。魔素の中身を参照し、ソレを上層部へと提出する。自らの仕事には誇りを持っていた。


 某日、風の吹き荒れが激し日だった。今でも覚えている。身体中に仲間の魔素を浴びた抽出型がワタシの元へと立ち寄った。曰く、誰にも何も言わず魔素の解読を施せ、と。


 無論、秘匿的な魔素の独占と解読は禁じられた行いであった。当然、ワタシは紳士に断ったものだったが、彼の抽出型は引き下がることのなかった。


 数度の押し問答、痺れを切らした末に、彼の抽出型はこのように言い放ったのだった。


 

『人間は自らの復活など、全くもって望んでいない』



 ※※※※※


 

「……いかんな。意識が飛んでいたか」


 コクヨの視界に映ったのは、自身の身体と、手と、脚。座り込んでいる間に眠りについていたらしい。


(何とか凌いだ故に、身体が弛緩したか)


 上下にブレつつ視界を大きく回すと、そこには数軒の建物群が見受けられた。ベースキャンプ。赤の十字架を掲げたテントの中にはソウマが横たわっている。


 コクヨは眼帯を装着していない左眼にてゆっくりと時間を掛け瞬きを行った。ヒリヒリとしたノイズが傷ついた身体を刺激する。ヒソラにくらわされた煤魔法の影響が身体へと色濃く出ているのだ。


「…………」


 自らの心臓あたりを強く握り締めつつ、コクヨはつい先程までのやり取りを思い返したのだった。


 失望へ塗れたヒソラの冷めた眼、宣戦布告をしたトウカの言葉、未だに裏切りを呑み込めない困惑混じりのシヅキの表情。


 思い返すことで心臓の痛みが強くなり、コクヨの口元から「ヒッ!」と甲高い声が漏れた。


「傷つく心が未だに残っていたとは……知らなかったな」


 色々なモノを失った。奪われたモノが大半であったが、中には自ら手放したモノもあった。 ……そう。先刻の彼らとのやり取りにて、その“手放し”がまた一つ増えたのだった。


 コクヨは「ヒッ」と再び笑った。気味の悪い引き笑いであることを彼女自身、充分に自覚していた訳だが、最近になってコレを抑えきれなくなってきた。


 引き笑いの最中に彼女は言葉を吐いた。


「世界平和」


 自らの“行い”はその言葉から最も程遠いコトではないか? 数えるのもバカらしくなるほどには葛藤を繰り返した。しかし、行き着く先は同じで、確固たる肯定でしかなかった。


 あの時のことを思い出す。中央区の、隠された人間の真実を知ったあの時。知恵の果実に成り損ねた種を、おっかなびっくり呑み込んだ。呑み込んで……人間の記憶を垣間見て…………ああ、全てを知ったのだ。


「そこに居るのだろう?」


 大きな岩壁に向かってコクヨは声をかけたのだった。間も無くして聞こえてくるしっとりとした足音。不明瞭な視界より奴はまんまと現れた。


 震える脚に力を注ぎ、立ち上がる。眼帯を付けていない左眼にて姿を捉えた。奴は大きくなっていた。先刻会い見えた時よりも、醜く大きくなっていたのだ。


(可哀想に)


 心の底からそう思えた。純度100%の同情。過去の自分と重ね合わせた。


「ヒッ! フヒヒ!!!」


 湾曲わんきょくを描いた口元より、汚い汚い笑いが漏れた。笑いたくて笑ったのではない。この引き笑いは……要は嗚咽と似たものなのだ。コクヨはソレを伝えることが出来なかった。信じさせることが出来なかった。彼女は昔から、自らの本心を伝えることが苦手だったのだ。


「こんちは」


 そんな裏事情を知り得ないだろう奴は、あたかも何も考えていないかのように、そう声を掛けてきた。あたかも偶然を装ったかのように。 ……違うだろう? お前はお前の意志でここに来た。自らの“かなぐり捨て”を、誰にも見える形にて体現したのだから、やって来たのだろう?



 ――なあ。そうなのだろう?



「シヅキ」

 

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