第76話 魔素の正体



「シヅキはさ……魔素ってどういうものかって、考えたこと、ある?」


 果てまで続く緩やかな坂道を登り続けている最中に、トウカはそんな問いを投げ掛けたのだった。シヅキはその歩みを止めそうになったが、実際には怪訝な表情を浮かべるだけに留まった。


「んだよそれ。それと、ノイズの渦を超えることに何か関係あんのか?」

「ある、よ。最後まで聴いたら分かる……と思う」

「そうかい。トウカお前、説明すんの下手だからな」

「あはは……昔よく言われた。でもシヅキは、お話を聴くことが苦手、だよね」

「るせ。ほっとけ」


 ぶっきらぼうにシヅキが言い放つと、トウカは少しだけ顔を俯かせて「ふふふ」と小さく笑った。それを拍子に彼女の歩調が少しだけ乱れて、シヅキは自身の歩幅を若干小さくしたのだった。


(手を繋ぐと歩き辛えものだな……コレの理由もすぐに分かんのか)


 繋がれたトウカの左手を一瞥した後、シヅキは彼女の顔辺りへと眼を移した。


「魔素のことは知らねえよ。出元なんて考えたこともねえ」

「やっぱり、そうだよね。なら、そこから話さないとだね」


 トウカは納得したように小さく頷くと、ゆっくりと、優しげな口調で語り始めた。


「少し前に私とシヅキで、演劇を観に行ったことがあったよね。『人とホロウの物語』」

「……ああ。有名な伝承だ」

「うん。世界が流行病はやりやまいのせいでピンチになった時に、人間が魔法の力を使って、人間の代わりとなる存在を、創り出した」

「……ホロウ」

「正確には、“ホロウ”とは少し違うけど、ね。人間が直接創り出した“初期の代替”と“今の私たちホロウ”は性質が大きく違うらしいの。創り手が、異なるから。でも、始まりが魔法であることには、変わらない」


 魔法……かつて生活を豊かにし繁栄をもたらせたという、人間のみが使えるわざ。人間を語る上では、切っても切り離せない概念。 ……しかし、時間が流れすぎてしまった現在、魔法の使い方はすっかりと忘れ去られてしまっていた。


(だが、なぜ今魔法の話なんてのをトウカは――ぁ)


 そこまで思考を巡らせたところで、シヅキは気がついたのだ。別にどうということはない、それは単なる事実同士の重なりである。


 トウカはやはり一つ頷いた後に話を続けた。


「ホロウが人間の魔法で創られたことって、普段意識しないよね? 結局は伝承の話だから。むしろ私たちの常識になっていることは、ホロウの身体が、例外なく魔素で形成されていること」

「魔法と、魔素の関係ってことか……」

「単に呼称が異なるって訳ではない、よ? “魔素と呼ばれる概念を加工する行為”……それが、魔法」

「あぁ。よく理解出来た」

「うん、良かった。 ……でもこれはあくまでも、だから。ここからが、本題」

「……中央区でやらかしたっていう通心内容の傍受か」


 シヅキがいつもよりワントーン低い声でそう呟くと、トウカは眼を大きく開いたあと、苦笑いを浮べた。


「察しが、いい……ね」

「この場に俺たちしかいない時点で、何となく検討が付いていた」

「そっ、か」


 横目でトウカへと眼を向けたシヅキ。しかし、角度の関係でフードを被ったトウカの表情は見えなかった。彼女が今何を思っているのか……それはシヅキの預かり知らぬところだ。 ただ、過去に起こしたに後悔の念を抱いて欲しいなんて、そう思うのはエゴが過ぎるだろうか?


(……トウカは、トウカだ)


 心の中でそう呟いたシヅキは口内で舌を強く噛んだ後に、呟くように言った。


「聴かせろよ。今度は、逃げない」

「……! うん。ありがと、シヅキ」

「いいから。気が変わる前に早くしろ」

「……上層部どうしの通心つうしんを傍受して判明したことの一つに、伝承内容の秘匿があったの。その内容はね、魔法の素となる“魔素”が一体何なのかってこと」


 トウカは自身の喉元に手をやり、軽く深呼吸をした後、意を決したように言った。


「魔素はね、“人間の心そのもの”なの。ホロウはね、人間の心で出来ているの」




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