第65話 虚の眼
最後にリーフを背負ったサユキがノイズの発生地帯を抜け出して、調査団の全員は結界の前に辿り着いたのだった。
サユキの姿を見たシヅキは、困惑気味に声をかけた。
「お前……よくもまぁホロウを背負ってこれたな」
「ええ、まぁ。少し頭がクラクラしますけど平気ですよ」
メガネをくいっと上げた後に、シヅキへとピースサインをしてみせたサユキ。一方で背負われたリーフは未だに「う〜」と唸り続けている。
「……そいつ大丈夫なのか?」
「リーフさんは歩くことに疲れただけですよ。ノイズの影響はあまり受けていませんね」
「耐性があるってことか」
「シヅキさんは結構しんどそうでしたね。体質の影響かと思いますよ」
「……そうか」
間も無くしてサユキたちはシヅキの元を離れていった。その後にシヅキはゆっくりと辺りを見渡してみた。周辺には数体のホロウの姿がある。体勢や仕草は様々であるが、別段、普段と異なる様子は見られなかった。
一本の木にもたれかかり息を整えていたシヅキは、そんな彼らと自分との間にある“差”に違和感を覚えたのだった。彼らは皆、ノイズの悪影響による倦怠や体調不良をひた隠しているのだろうか?
あるいは――
(俺だけだったのか? あんなにもノイズが苦しかったのは)
そんな疑問を頭に浮かべたところで、ソウマから集合の声がかけられた。未だひりつく身体を引き摺るようにして、シヅキは彼の元へと向かう。
調査団の一同が揃うと、ソウマはその細い眼で全体を見渡した後に淡々と話を始めたのだった。
「後ろに在るものが渦状となった巨大なノイズである“結界”だ。我々調査団はこの結界を破壊することを期待されている」
シヅキは改めて結界を見上げた。棺の滝とから風荒野のちょうど中間に位置するここは、痩せ細った木々が点々と生えているだけの土地だ。起伏が大してない地面ゆえに、随分と前方まで景色を観ることが出来るはずなのだが、実際にはそう上手くいかない。そこには確かに空間を隔てる存在があった。
磨りガラス越しのようなぼやけた景色を睨み観るシヅキをよそに、ソウマはこのように言葉を続けた。
「大ホールにて概要は話したが、この結界は外から侵入をしようとすると強い力で弾かれてしまうのだ。それを今から実際に見てもらう。 ……コクヨ隊長、前へ」
予想外の名前の登場に、シヅキの身体がピクッと動いた。間も無くして整列した調査団の中からコクヨが現れた。飄々とした様子でソウマの隣に立った彼女。相変わらず、虚な眼が印象的だった。
「今からコクヨ隊長に結界へ向けて刀を振るってもらう。邪魔にならないように
顎を突き出す仕草をしたソウマ。シヅキは溜息を溢すことを堪え、素直にその指示に従ったのだった。
間も無くしてコクヨの周りに少し開けた小空間が出来上がったところで、コクヨは腰にかけた一本の刀に手をかけた。それはただただ黙々といった様子で。ここまで一言も発していないことに少々の不気味さを憶えた。
「ではコクヨ隊長、お願いします」
(こいつ……)
浄化型を見下しているくせして、コクヨの前ではその片鱗を一切見せないソウマに、怪訝な表情を向けたシヅキだったが、その視線はすぐに戻した。コクヨの振るう剣をしっかりと目に焼き付けるためだ。
以前……薄明の丘でコクヨを見たときのことはハッキリと覚えていない。“絶望”の印象が強すぎるためか、過剰なまでの恐怖感情のせいか、コクヨが助けてくれたという“事実”だけがシヅキの頭を支配しているのだ。彼女の刀捌きとはどのようなものっだったろうか? 脚の動かし方は? 息の吐き方は? ……同じ浄化型として惹かれるものがあった。
口の中に溜まった唾液を飲み込んだシヅキは、コクヨの姿を凝視した。その動きを見逃さないために。
……………
……………
……………。
(……あ?)
しかし、いつまで経ってもコクヨが動き出すことは無かった。刀に手をかけた体勢で、まるで石像のように固まってしまっている。その姿は何かを考えているようにも、ただボーッとしているようにも見えるのだから不思議だ。 ……後者は無いと思うが。
「……コクヨ隊長? いかがなされましたか?」
この事態はソウマも予想外だったようで、恐る恐るの様子でコクヨにそう尋ねたのだった。
彼女がその口を小さく開く。
「いや。少し気が変わっただけだ」
「気がですか? それは一体――」
「なに、他の者に頼もうと思ってな」
「結界への攻撃をでしょうか? な、なぜ……」
「気だと言ったろう? なんだ不服か?」
「い、いえ」
明らかに動揺とした様子で、メガネをカチリと上げたソウマ。コクヨは彼を他所に周りのホロウ達を見回した。品定めをされている……シヅキはそんな感覚を覚えた。
「……」
張り詰めた静寂の中、コクヨの真っ黒な瞳がシヅキを捉えた。 ……捉えられて、何となく嫌な予感がした。
やがて、
「シヅキ、前に出ろ」
「……はい」
見られた時に自分が選ばれるのではないか、と直感的に思ったことは的中だった。ノイズとは無関係に重苦しい脚を一歩一歩と前に動かす。早鐘の心臓を抑えながらコクヨに近づくその時、真横から小さな声が聞こえたのだった。
「へぇ。選ばれたのは君ね」
エイガの声だった。
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