思い出深いロンド

飴乃ネリー

第1章 零れだした記憶

第1話 久々の墓参り

 マッチ棒の先端をマッチ箱の側薬がわぐすりに擦り付けた貴方は、シュッと閃く炎を墓用ランタンに近づけ、真っ赤にランタンが輝き出す。それを私達の両親の墓に置いた貴方は、手を合わせ、祈りの言葉を口にした。



 私には貴方の表情は見えないが、泣いている貴方の心の内を感じることはできる。貴方がその胸の内で流す涙を、私は離れたところからじめっとして冷たい感覚で感じているのだった。



 数か月前、私達の母が亡くなった。いつもピアノの前に座りつつ夢の中に落ちていた母はとても孤独な人だった。せめてもっと訪れていたのなら、もっと話しかける勇気があったのなら……。



 私は唇を噛みしめ、涙を飲み込んだ。最も、私に涙腺なるものは既になく、涙を作ることさえできないのだが。



 貴方は再び立ち上がり、しばしの躊躇いの後、くるりと向きを変えると、墓場の入り口となるに向かって行った。しかし、に立ち入る前に貴方は立ち止まり、もう一度辺りを見回した。一瞬、私達の視線が交錯した。だが、貴方はまるで私などいないかのように、私の姿を透かした先を眺めている。別れの傷みをその身に沁み込ませ、貴方は淋し気な表情を覗かせた。やがて、貴方はの横を通り過ぎ、重い足を引き摺りながらでこぼこにへこんだ車に戻る前に、再びマッチ箱を取り出すと、指の間に挟んだ一本の煙草に火をつけた。



 今日は十一月末のTotensonntagトーテンゾンターク、つまり慰霊の祝日だ。この日、人々は亡き者を悼み墓参りをする。低い太陽に照らされて、影は妙に細長く伸びている。秋は最期の息を吐き出そうとしていた。これから冷たい風が吹き荒れ、人々を家の中へ追い立てて行くのだ。



 昔、私達は一緒に雪の中で遊んだものだった。私達は一緒に雪だるまを作った。私は雪うさぎを、貴方は象を作ったわね。ミトンに包まれた手で建てたかまくらの中で、私達はこっそりろうそくに火を灯した。ろうそくの火に照らされて、数多のストラスで煌びやかに飾られたクリスマスツリーのように、雪がキラキラ輝く、まるで御伽噺の世界に迷い込んだような光景に私達は目を丸くして魅せられていた。



 墓参りを済ませた貴方は家族の元に戻って行った。Totensonntagトーテンゾンタークを経た一週間後、キリストの到来を待つAdventアドヴェントの時期、つまり待降節になると、死者と生者の世界が妙に近く感じている。そんなAdventアドヴェントの時期になると、貴方は私達が親しんでいたジョン・フィールドのピアノ協奏曲ハ短調をレコードプレイヤーの上に乗せ、スピーカーからその荘厳な旋律を響かせた。ヴァイオリンが綺麗に鳴りつつオーボエの穏やかな声はティンパニと合わせて、ほのかな音色に染まったアレグロ・マエストーソを唄い始めた。



 部屋をアレグロ・マエストーソの第三主題の堂々たるヴァイオリンとシルクに触れるようなピアノの音色に満たしつつ、貴方は曾祖父から受け継いだクリスマス飾りを組み立てて並べていく。細いろうそくの熱気で羽根を回転させる飾りのクリスマスピラミッド。貴方はこの人生でゆかりのあった魂を弔いながら、クリスマスピラミッドに立てたろうそくに一つずつ火を灯していく。



 ところが、貴方は私のためにろうそくを灯してはくれなかった。ちょうど第四主題ののどかにながれていた旋律が鳴りやみ、代わりに第五主題の歪んだ響きが私の心を痛いほどに鋭く突き刺した。



 ……貴方は私のことを忘れて、記憶から切り抜いたのだ。

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