魔法使いになりたい俺とさせたくない彼女

トン之助

魔法使いって知ってる?


 この世に生まれ落ちて幾星霜いくせいそう

 どの位の苦行を積めば魔法使いになれるのか

 それを知る者を人はなんと呼んだか

 あぁ確かこう呼んでいたな


 賢者様




 ――――――




堅志かたしさぁ、そろそろ良くない?」


 3月だというのにタンクトップ1枚で俺の部屋の床に寝転がる女から急かすような声が聞こえる。


「何が?」


 ぶっきらぼうに答える俺は少し冷めているだろうか。きっと周りから見たらそうかもしれない。世間では女性を大切にしない男に何も言う資格は無いからな。


 だが待って欲しい。

 訂正……まではいかずとも言い訳をさせてくれ。


 タンクトップ女とはとどのつまり彼女様なわけで、有り体に言えば将来を誓い合った仲。もっと砕けた言い方をすれば強引にその関係になったという。


「アゲハさん。胸元を隠しておくれ」

「はっ?  誘ってるから隠すわけないじゃん」


 さて、優しいみんななら強引に迫ったのがどっちか察してくれるよね? よね?


「ダメだ。その格好で居られたら修行の妨げになる」

「修行って……アンタまだそんな事言ってんの? ウケる!」


 ウケはしないし、きっと言ってもわからない。


「いいんだよ、平々凡々には分からん高貴な修行だからな」

「ってかさぁ、この間やっと手繋いでくれたじゃん。付き合って1年で手って……ふざけんなよ?」


 だからタンクトップで迫ってくるなという。



 ここで簡単な自己紹介をしておこう。


 俺の名前は下好堅志しもすきかたし

 見た目は中肉中背で中世の貴族を思わせる中二び……けふんっ。高校生3年生さ!


 そしてタンクトップ女こと彼女様の名前は上揚あげあげアゲハ。名前が体を表したのか体が先に表したのかわからない女だ。


 幼少の頃より遊んだ仲、つまり幼なじみというやつだ。まぁ実際、俺達の住んでる島に居るほとんどが幼なじみで顔なじみだから今更という感じ。


「アゲハさん。だから上着を来てくれと言っているんだが?」

「あんなもん必要ないでしょ。今日の気温30度だし」


 3月なのにこの暑さ……冬が恋しいよ。


「んで、さっきの話の続きだけどさ。1年で手ってアンタふざけんてんの?」

「…………」


 蒸し返される話に無言を貫く。


「そんな調子だと私がアンタの子供産む頃には婆さんになってるっつの」


 シレッと爆弾を投下するのはやめてくれ。


「それはその……俺が魔法使いになってからでも遅くは」

「はい出たいつもの返し。魔法使いになってから〜魔法使いになってから〜……はぁ、一体いつなるんだよ?」


 きっと彼女は知らないのだろう。



 この世に生まれ落ち30年

 その身を清く保つべく

 汝、魔道の器あり

 さすれば魔法の使い手となろう



 うむ。先人の教えは偉大なり。




「ふ〜ん。30歳まで童貞だったら魔法使い、ね……アンタ本当に信じてんの?」

「――っ!?」


 いつからだ?

 なぜバレた?

 一体誰の仕業だ?

 どこかに監視者がいるのか?


「お前のパソコンの検索履歴そればっかじゃんかよ」

「あぁぁぁ……」


 いつの間にか俺のPCを立ち上げた彼女がニヤニヤしながらふんぞり返る。


「そんなん都市伝説に決まってんじゃん」

「そんな事はわからないじゃないか」


 嘘かもしれないし、本当かもしれない。

 シュレディンガーキャットさんも開けるまでわからないと教えてくれた。


「俺は魔法使いになるんだ」

「ふ〜ん」


 窓を開けた彼女は庭先の小鳥を見つめている。彼女の花の様な匂いともに3月のそよ風が部屋の中を満たし、俺の上へ覆い被さる。



「――私はさせたくない」



 さっきまでの声とは違い小鳥と似ている。白のタンクトップから覗くわきがとても扇情的で、鼻に残る香りはラナンキュラス。しっとりとした長い髪は絹織物の様な肌触り。落ちた彼女の汗が唇に触れると蜜の味。


 はからずも五感をすべて占領された俺は一瞬だけ過去の記憶を思い出す。




 ねぇ、魔法使いって知ってる?



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