【朗読台本】一人暮らしの料理
ゆずしおこしょう
第1話 ため込み癖のチーズリゾット
商店街の中を木枯らしが吹き抜けていく。
街灯の明かりが付き始め、空は赤みを失いつつある。
自転車を押して歩く男子大学生、青果店の店先で立ち話をする高齢者、肉屋でコロッケが上がるのを待つ親子、ファストフード店の扉を開く女子高生たち。
ここにはいつも通りの穏やかな日常がある。
ぶわっと吹いた冷たい風が商店街を通り抜けていく。
身体が縮み、無意識にコートのポケットに手を突っ込む。
風が通り過ぎると、そこら中の飲食店から美味しい匂いが漂ってくる。
夕飯はどうしようか。
路地を曲がって通りの裏手の方に顔を出す。
古びた建物の小さなスーパーはそれなりににぎわっていた。
店の前で中高年の女性が井戸端会議を繰り広げていた。
「みんなちょっとずつ残すから冷蔵庫がいっぱい」
「うちも煮物とか作るとみんな手を付けなくて困ってるよ~」
実家の冷蔵庫の中も賞味期限の切れた特売シールがいっぱいついていた。
特売品を買いすぎなんじゃないですか。
と言ってしまったら大変なことになるので黙っておく。
冷蔵庫の中、そういえば先週買った牛乳とベーコンがまだ残っていた気がする。
チーズとマッシュルームをカゴに入れ、レジに向かう。
「今夜は……チーズリゾットかい?」
母親くらいの年齢のパートの女性が尋ねて来る。
「正解」
いつも思う。このおばちゃんは探偵業をやった方がいい。
鞄の中に食材を入れて、足早に自宅に帰る。
手洗いうがいを済ませ、台所に立った。
冷蔵庫からみじん切りにした玉ねぎのオーリブオイル付け、ベーコン、牛乳を取り出す。
フライパンを火にかけ、玉ねぎをオイルと一緒にとりだしたら軽く炒める。
玉ねぎの焼ける香ばしい香りが顔を包み込む。
『しゃあっしゃあっ』と音を立てながら炒め、タマネギの色が透き通ってきたところでベーコンを一口大に切って放り込む。
ベーコンの脂がじゅわりと溶け出し、タマネギに染み込んでいく。先ほどと違う動物的な脂の焼ける匂いが空腹を刺激した。
軽く炒めたあとで、生米を合わせて再び炒める。
フライパンを振るのはよくないと聞く。
それでも、硬い米が立てるマラカスのような『しゃっしゃっ』という音が気持よくて、つい振ってしまう。
塩胡椒を振り、一気に水を入れる。
幸せな香りのする湯気がじゅわーっと立ち込め、冷たくなった顔が温まる。
焦げが溶け出し茶色くなった水の中に牛乳の残りと刻んだマッシュルームを加える。
蓋をしたら、炊けるまで少し放置する。
待ち時間で風呂を沸かしに浴室に向かった。
浴室乾燥の洗濯物を取り込んでベッドに放り投げた。
弧を描く衣類から目を離したとき、机の上のパソコンと教科書が視界に入ってしまった。
(課題、明後日までだっけ……)
うんざりした気分がどっと湧き上がる。
冷蔵庫の特売品も課題もため込んでもいいことはない。
「はぁ……」
小さくため息が部屋の中の静寂に溶けていく。
重い足取りで台所に向かう。
ぐつぐつと煮えたリゾットにチーズを入れて火を止める。
軽く混ぜ合わせたら、器にどろりと盛る。
チーズの濃厚な香りとベーコンとタマネギの香ばしい香りが合わさって口の中に唾液が溢れる。
仕上げに粒胡椒と塩を振りかけてテーブルに持っていく。
冷蔵庫から缶チューハイを取り出してぷしゅっと開ける。
「いただきます」
濃厚なチーズの香りが口の中いっぱいに広がっていく。
芯を少しだけ残した炊き上がりだから、米の粒が溶けた層から形を残した中心まで食感のグラデーションを描いている。
噛むほどにベーコンやタマネギの香ばしさ、マッシュルームの旨みが出て来る。
アルコール度数の低いレモンチューハイで口の中を流して、再びリゾットを入れる。
自画自賛。
フライパンにはまだ少しだけ残っている。
食べてしまおうか。明日の朝食べようか。
冷蔵庫の中はまだ余裕が
「……明日でいっか」
机の方はなるべく見ないことにする。
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