転性吸血鬼の創星譚(ミソロジー)

mame

揺籃の地

第1話 はじまり

――――ふと、目が覚めた。


水の中から明るい水面へと浮かんでいくような錯覚。


実際には水の中から見た水面は暗く見える、とは何かのテレビで見た雑学だったか。


益体もない考えが浮かんでは消える、夢うつつの狭間に意識を漂わせながら。


いきなり開けた視界に、これは夢だな、なんてつぶやいた。







目の前の風景は肉眼で見る景色とは明らかに違っていた。

VRで見るようなパノラマ風景というべきか。

視界の中に180°を超える範囲の景色が映っている。

もっとも、何もないただ真っ白な世界を景色というのであれば、だが。


おーい! と叫んでみようとした。

しかし叫ぶ前に息を吸い込めない。

そもそも自分に口がない、ということにようやく気付く。

視界は動く。首なんてものはないが、意識を向けると視界は横にスライドしていく。


ボクはどうなってしまったのか。死んで魂だけの存在にでもなったというのか。


焦る気持ちもわかないまま、そんなラノベのテンプレじみた事をまず想像するあたり、やっぱり自分はオタクだな、と笑う顔なんてないけど妙に楽しい気分になる。

……まあそれも、最初の視界の反対側に見慣れた物を見つけるまでだったが。




それは横倒しになった自転車だった。

サドルには見慣れたロゴマーク。車体は黒で、カゴのそばには黒革のリュックが転がっている。

そこまで認識したところで、不意にフラッシュバックする光景があった。




夜のいつもの通勤路。

点滅する街灯に照らされた、白線すらない田舎道。

眼前の道路に突如広がる暗い暗い水たまり。

その上を突っ切る瞬間、水しぶきを上げる代わりに果てしない穴へと落ちたのだ。

自転車に乗ったまま、暗闇にいくつもの光が舞い踊る空間を落ちていった自分。

そして落ちていく先にあった光が徐々に大きくなり、それに飲み込まれて――――。




とりあえず、現在に至るまでの経緯は思い出した。

といっても何も分からないのは変わらない。

あの水たまりのように見えた穴は、異次元への亀裂だったのだろうか、なんて考えてみる。

そうなるとあの光に見えたものは他の世界だったりするのだろうか。


――――異世界、にしては神様手抜きしすぎじゃないかな。


なんせただ白いだけの世界だ。草一本生えてない。

自転車が転がってることから地面があるのは分かるが、空も白ければ水平線も見えない。

視界が変に広いこともあって、作り物の世界を無理やり眺めさせられている気分。


体感で5分経ち、10分経ち、退屈を持て余しながら出来ることはないかと視界をくるくる回す。

視点の高さは固定されていて、視界は横にのみ移動可能。

体の感覚なんてものはなくって、瞬き一つできやしない。

むしろ瞼がないから視界を閉じることもできなかったり。

結局周りを見ること以外何もできないことしかわからなかった。


もう1時間は経ったかなと思いながら、自分の事を思い返してみる。

三十路を少し回った男性で独身。名前は加納皐月かのうさつき

しがない地方の病院勤めの医者で、駅まで自転車で通勤していた。

趣味はラノベとゲーム。あとは時々友人と遊ぶTRPGやテーブルゲーム。

症例集めが終わって専門医になり、なんとなく生活がルーチン化していた。

疲れていたのもあったんだろう。確かに何もかも捨てて異世界に行きたいなんて夢想がなかったわけじゃない。


――――でもこれはないんじゃないかな。


だって自分の体もなければ世界にも何もないのだ。

一緒に落ちてきた自転車とリュックがあるだけの白い世界。

むしろ異世界に行く前に神様が用意してくれるような場所だろう。


――――まあ、誰も来ないんですけどね。


もう体感で3時間は経過したんじゃないだろうか。

それだけ時間がたっても世界に変化はない。


――――ステータス。


念じてみても何も起こらない。


――――OK、S〇RI。


胸ポケットに入っていたはずのスマホに呼びかけてみた。意味はなかった。


――――もうなんか開け――――!


強く強く念じてみる。瞬間、


――――あっ。


自分が引き延ばされるような感覚。

何かにのだとはっきりと分かった。

そして、目の前に青く透けるウインドウが開かれた。

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