第4話 ディヴィジョンの街

「あ~、馬車の運転楽しかったわ。とても爽快ね。まるで風になったみたいに早かったわ」


 盗賊たちを撃退ししばらくたった後、ふたりは運転を交代した。


「お嬢様はどうやらかなりのスピード狂らしい」


「早ければ早いほどいいじゃない。だって、逃げていたんだから」


「ですが、弓を射るこちらのことを少しは考えて欲しかったですよ」


「大丈夫よ。あのくらいの揺れで外すような人じゃないって信じているから」


「どうやら、私はとんでもないお嬢様の元に雇われてしまったようですね」


「あれ、不服?」


「いえ、とても度胸がありますよ。普通の令嬢なら怖くて震えているはずですからね」


「盗賊なんかが怖くて、あの公共な場で王子から喧嘩を買って、多額の慰謝料をふんだくるなんてできるわけないでしょ。なめないで。むしろ、初めての馬車の運転で興奮していたくらいよ」


 ラファエルはそう言って恍惚な表情を浮かべる令嬢を見て苦笑いをする。


「頼もしい限りですね」


「あら、惚れてくれたの?」


「女性としてではなく、器の大きさに……」


「それはちょっと、女として傷つくな」


 傷つくなんて言いながら、公爵夫人は楽しそうにからからと笑っている。こんなに楽しそうに笑う彼女は、3年間の中でも初めて見る。すべての重荷を取り払って、人生を楽しむ女の子を見て、これでよかったのかもしれないと執事は安心した。


「でも、さすがに緊張しちゃったからか疲れちゃったわ。あとどのくらいで目的地かしら」


「えっと、たぶん1時間くらいでしょうね」


「なら、少しうたたねさせてもらうわ」


「わかりました。荷台に仮眠用の毛布を入れているので、使ってください」


「何を言ってるの?」


「えっ?」


「こんなにお天気がいい時に、暗い荷台で眠りたくないわ。ひなたぼっこしなきゃ……」


「ですが、ここでは眠りにくいですよ。枕もないし」


「枕ならあるでしょ。ここに?」


 ラファエルの肩を指さす。


「まさか」


「主人命令よ。少しの間、肩を貸しなさい?」

 そう言って問答無用で、頭を預ける彼女と焦る男。ラファエルは、女性特有の甘いにおいに鼻をくすぐられて何とも言えない気持ちになった。


「ドキドキしてる?」


「さぁ、どうでしょうか」


「その答えは絶対にドキドキしているわよね」


「……」


「図星ですね。おやすみなさい、ラファエル様?」


「はい、お嬢様」


 ふたりはそのまま1時間ほど馬車に揺られた。


 ※


 街の入り口に馬車を預けて、ふたりはディヴィジョンの街に入った。

 ディヴィジョンの街は王国の中央部にあり、歴史的に見ても交通の要衝として発展している。他国との交易の要衝でもあり、豊かな場所と知られている。


 周辺は広大な農業地域で、道路と緑豊かな景色の中に突然大きな街が出現する様子にふたりは感激し興奮していた。


「ここは街のどこらへんなのかしら?」


「私たちが入場したのは、街の北門ですね。ここの近くには、市場や公園が集中している場所になりますね。さっそくですが、昼食にしましょうか?」


「ええ、市場にも行ってみたいわ。王都の市場には行ったことないから是非とも見学したいの」


「わかりました。では、市場をぶらぶらしながら、近くのレストランにでも入りましょう」


「最高ね。じゃあ、行きましょうか」


 ふたりは市場に向かって歩く。露天商がフルーツや野菜を販売している。この地域は周辺が農牧地帯であるため、比較的に商品数はたくさん陳列されている。


「すごい綺麗ね。トマトやキュウリ、パプリカが彩り豊かに並べられている!! ねぇ、ラファエル様。あの白くて大きいのは何?」


「ああ、あれはチーズの塊ですよ。量り売りしているんでしょうね。店主に言えば、切り分けて売ってくれるんです」


「あれがチーズなのね!! 王都では切り分けられたやつしか見たことがなかったのに。それにいろんな種類があるわ。こんなにたくさんのチーズがある。すごい、感動しちゃう!!」

 まるで幼い子供のようにはしゃぐマリアを見て笑顔になる。


「何を人の顔を見て笑って。もしかして、子供っぽいとか思ってる?」


「いえ、思ってません」


「嘘だ。絶対にバカにしている。もう、いいじゃない。こんな市場なんて初めてなんだから興奮しちゃっても……」


「ええ、どんどん楽しんで下さい。せっかくの旅行です」


「ねぇ、本当に私子供っぽくなかった? 大丈夫??」


「大丈夫ですよ。とても微笑ましいので、続けてください」


「やっぱり、バカにしてる! 主人をバカにするなんて失礼しちゃうわ!!」


 そう言ってわざとらしく不機嫌になる主人を見て執事は嬉しそうに笑った。


「では、お嬢様……せっかく市場に来たのですから、市場らしい食事をしませんか?」


 食事と聞いて不機嫌な演技をすぐに終わらせて、嬉しそうな顔になった。


「市場らしい食事!!」


「ええ、きっとお嬢様は驚きますよ。今日は屋台ランチにしましょう!」

 マリアは今日一番の笑顔を見せて笑った。

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