第3話 最初の目的地
ふたりはゆっくりと田舎道を進んでいた。ラファエルが馬車を運転し、隣でマリアが景色を楽しんでいる。
あのパーティーのあと、ふたりはすぐに屋敷と家に戻り荷物を整理した。そして、面倒ごとにならないように翌日の朝すぐに出発した。婚約破棄の噂はすぐにでも広まるだろうし、王子が逆上して何か妨害でもしてきたら大変だ。
なるべく高位な貴族であることを隠すために、質素な服に着替えて旅人がよく使うであろう馬車を使っての旅行。いつも王族専用の馬車と数多くの護衛によって守られていたマリアにとってはとても新鮮な旅路だ。
「馬車の外をこうしてゆっくり見るなんて初めてよ。お外はこんなに空気が澄んで、風が気持ちいいのね!!」
「お嬢様、あまり身を乗り出さないでください。危険ですからね」
「わかっていますわ、ラファエル様! でもね、昨日までかごの中の鳥だった私にとっては世界のすべてが新鮮に見えるのよ。緑の平原、飛んでいる
「まあ、仕方ありませんね。しばらくは、代わり映えしない風景ですが、これなら退屈もしないでしょうね」
「ええ、見ているだけで楽しいもの!」
ラファエルは子供のようにはしゃぐ主人のことを幸せそうに見つめた。たしかに、自分も今まで仕事続きで景色を楽しむ余裕がなかったことに気づく。
「意外とお嬢様に与えてもらってばかりなのかもしれないな」
「なにが?」
独り言で言ったつもりの言葉を聞かれて少しだけ驚くも、彼は笑って否定する。
「独り言ですよ」
「そう? ならいいけど。それにしても楽しみね。ディヴィジョンの街! 一度行ってみたかったのよね」
ふたりが向かっているのは、王国の中央にあるディヴィジョンの街だった。
「一度、公務で行った時はあんまりゆっくりできなかったから、今度はちゃんと観光がしたいわ。ラファエル様は行ったことある?」
「ありませんね。ですが、美食の都として有名ですからね。近くには有名なワイナリーもたくさんありますし……最初からそんな街に行けるなんてとても嬉しいです」
「ええ、とりあえず街についたらご飯を食べましょう。それでどこかに宿を取って、次の日は街の観光よ。3日目はワイナリー見学とかしたいわね」
「いや、すごい豪遊ですね」
「お金の方は大丈夫だから、少し高い宿に泊まりましょうよ。大きな街だから、為替所もあるだろうし……」
「わかりました。とても楽しそうだ。ん?」
「どうしたの、ラファエル様?」
「後ろの馬車の様子がおかしいですね。さっきからずっとこちらをつけてきます」
「まさか、王子の追手?」
「いや、運転している者を見たところでは、兵士というよりも……」
その言葉を聞いて、マリアはすぐに後ろを振り向いた。眼帯をつけた体格の良い男が3人にいた。その馬車が猛烈なスピードでこちらを追いかけてきた。
「盗賊ね」
「間違いありません。完全に狙われていますね」
だが、ふたりは思った以上に冷静だった。
『そこのカップル。止まれ。ここは俺たちの土地だぞ。通行料を払いやがれ!』
盗賊たちは叫んでいた。
「あらら、私達カップルに間違われているわよ?」
「恐れ多いですね」
「本当は嬉しい?」
「……」
「嬉しいんだ?」
「バカなことはやめてください。向こうに追いつかれます」
「大丈夫でしょ。だって、あなたのようなボディーガードがいるんだから」
ふたりが話しているとそれを邪魔するかのように山賊たちは怒号を上げる。
『命が欲しければさっさと止まりやがれ!! ここでは俺たちが法だぜ!』
「ねぇ、この状態なら間違いなく正当防衛は成立するわよね?」
「ええ、もちろんです。命がないと言っていますからね。ですが、あんな奴らを捕まえて当局に引き渡すのには時間がかかるし手続きが面倒です。もしかしたら、王子に居場所を知られるかもしれません」
ふたりは、なら方法はひとつだけだという考えで合意した。
「馬車の運転は、私が代わるわ。大丈夫よ、貴族たるもの、馬の扱いには慣れているからね。だから、ラファエル様はあいつらをやっちゃって!」
「はい、お嬢様。仰せのままに」
マリアは手綱をつかんだ。
「一度やってみたかったのよ。馬車の運転!! 今日は飛ばすわよ」
「お戯れを!!」
荷台に飛び移ったラファエルは、自分の道具袋から弓を取り出した。
『おい、あの男! 一丁前に弓なんか取り出してきたぞ』
『当たるわけがない。あんなに馬車が揺れてるんだぜ』
『それに結構距離もある。女の前でカッコつけているだけだ。あんな奴はつかまえてひんむいてやれ!』
ゲスが! 普段は冷静なラファエルはが怒りをあらわにした。青く美しい髪が振動で揺れていく。
「相変わらず、美しいほどの所作ね」
ちらりと荷台の方を見て、マリアは感想をつぶやく。そこには、まるで止まっているかのように張り詰めた空気と、丁寧に弓矢を引くラファエルがいた。
「東の風。やや強く、距離400。足元は悪い。最悪の状態だが……」
まるで、夜の空にたたずむ
そして、次の瞬間、サジタリウスの矢は正確無比に後続の馬の前右足を撃ち抜いていた。
『なんだとっ、ぎゃああぁぁっぁああああああああ』
盗賊たちの馬車は、馬のコントロールを失い猛スピードで地面に崩れるかのように叩きつけられていく。
「お見事!!」
主人は誇らしそうに執事を褒めたたえた。
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