第20話 何を考えてるっちゃ? Mysteries Never End

 一週間後、虎部隊の襲撃を受け瀕死の重傷を負ったキャットは、冬眠から目覚めた。手元のパネルでカプセルを開いて、気持ちよさそうに大きく伸びをした。

 コクーンのAIがカプセルの信号を検知して、すぐさまアリエルが駆けつけた。


「キャット、目が覚めたのね!元気になって本当に良かったわ!」

「ありがとう、アリエル!わたし、パパ上に助けられたっちゃね?」

「そうよ。まだ麻酔銃が効いていたのに覚えてるの?」

 アリエルが尋ねると、キャットは華やいだ笑顔を浮かべた。

「うん。オーブに包まれた時にね。麻酔のせいでうろ覚えだけど、前にも会ったから間違いないっちゃ!」

 忘れもしない。フィールドトリップの土壌採取ポイントまで跳んで、匠に会ったのはわずか一か月ほど前だ(*)

「ねえ、あなたのお母さん、あのニムエアテナイア女王なのね!皆、びっくりしてるわ」

 第二世代はきっかけさえあれば、自分の過去生を思い出すことができる。輪廻転生は事実と知っているので、現代に転生した最初の第二世代の母娘が現れても、なんら違和感もなく受け入れていた。


「そっか、ママ上も来たんだね。ごめんね、アリエル。皆には隠しごとばかりで・・・」

 神妙な声で謝ると、アリエルは身体を屈めてキャットの肩を優しく抱きしめた。

「いいの。あなたがトリニティだってわかってたから!」

 アリエルが笑って答えると、キャットは青い目を見張ってペロッと舌を出した。

「なんだ、みんな知ってたの?こそこそして損しちゃった!」

「アスカに聞いたの。アスカはナラニに聞いたらしいわ。ねえ、シティではニムエ女王の家で過ごしてるんだって?」

「そうよ・・・」

 キャットはちょっと困って考えこんだ。

 過去生でニムエだったアロンダのことは知られたって構わない。元もとサンクチュアリで冬眠していたから。けれども、伽耶の存在は隠しておかなければならなかった。

 アリエルが言った。

「みんなにあなたが目覚めたって伝えて来るね。ケイコに食事を運んでもらう?」

「ううん、大丈夫。絶食の後だし自分で何か軽く食べるから」

 キャットはヒョイっとカプセルから跳び出して、石畳に降り立った。

「もう完全回復ね!みんな喜ぶよ~」

 アリエルは再度キャットをぎゅと抱きしめた。

「本当にありがとう・・・何だか涙が出ちゃう」

 キャットは涙ぐんだ。

 第三世代で伽耶の指示で動いているために、これまでサンクチュアリに溶けこめずに、孤独な日々を送っていた。今度の事件が起きて、皆が協力して自分を助けてくれたのが、この上なくうれしかった。

 これまでの行動や襲撃事件の詳細を問いただしたりせず、自分を受け入れて気づかってくれる。ここが自分の居場所で、皆が家族のようだと初めて実感したのだった。


 もうパパ上ともいつでも会えるちゃ!そうだ、みんなにお礼を言って軽く食べたら、シーダハウスに跳ぼうっと!

 浮き浮きしてきたキャットだったが、ひとつだけ気がかりがあった。アリエルが持ち場に戻った後、ケイコがまとめてくれた所持品を探したのだが、例の三日月刀が見当たらないのだ。

「あの不気味な黒装束に盗まれたのかな?シンに近づいて、ママ上とアキラさんまで動いて、やっと手に入れたのに・・・」

 キャットは首を傾げて独り言を漏らした。

「それにママ上ったら、どう見たってアキラさんとも恋人同士だっちゃ!パパ上は第二世代のフェロモンのせいで、これから女の人に追い回されるらしいし・・・これって複雑な家庭環境ってやつよね」

と、ちょっと悩んだのだが、生来の天真爛漫な性格からすぐに肩をすくめてつぶやいた。

「何とかなるっちゃ!」



 その日の午後、サンクチュアリからシーダハウスにテレポートしたキャットは、三日月刀が無事と知ってホッと胸をなでおろした。

「あの短剣ならラボにあるわ。コクーンであなたから回収しておいたの」

 開口一番、三日月刀の行方を尋ねると伽耶が答えた。

「あー、よかった!あの二人組に盗まれたかと思った!」

 とは言え、なぜあんな短刀が大切なのかわからずキャットは頭を捻った。

 理由は例によって明かそうとしないが、伽耶はあの三日月刀を執拗に探し求めてきた。よほど貴重な品らしいと思っていたキャットは、実物を手にして拍子抜けしたのだった。それは、刀身が錆びついて宝石はおろか装飾も施されていない古ぼけたシャムシールだったのである。


「でも、伽耶が来なかったら、あの短刀ごとヤツらに拉致されてたっちゃ!隣の会話に気を取られて、いきなり麻酔銃を食らったから全然身体が動かなかった・・・」

 襲ったのは虎部隊らしいと伽耶から聞かされ、間一髪だったとキャットはゾッとした。

 信じられないスピードとパワーより、覆面から覗いていた虚ろで無表情な目の方が恐ろしい・・・あの二人組には、どこか非人間的な雰囲気がまとわりついていた。思い出すだけでも寒気がする。

 キャットは身震いした。あわてて気持ちを切り替えて尋ねた。

「伽耶はどこにいたっちゃ?マグレブは動いているから、テレポーテーションできないのに」

「動いていても同じマグレブにいれば、テレポートできるわ」

「えッ、あの列車に乗ってたの?でもテレポートできないっちゃ。監視カメラがあるもん」

「乗客じゃなかったの」

「あーッ、そっか~!伽耶の得意技だもんね、レジ係とか配達員とかウェイトレスに変装するの。誰に化けたっちゃ?」

 なるほど、とキャットが相槌を打つと伽耶がニッコリして言った。

「清掃員よ。静岡駅で乗りこんで用具室に隠れたの。監視カメラもないわ。あなたが一瞬テレパシーを飛ばしたから居場所がわかった」

「それで、あの化粧室にも入ったことがあったんだ。だからテレポートできたっちゃね。でも、虎部隊が来るってどうやって知ったっちゃ?」


「今にわかるわ」

 伽耶とキャットが異口同音に言った。

「一度、言ってみたかったっちゃ!」

 キャットはアハハっと朗らかな笑い声を上げた。伽耶も小さな白い歯を見せて笑うと、キャットをしっかり抱きしめた。


「回復して良かったわ。強い麻酔を打たれたのによく戦ったわ!」

「それなんだけど、ねえ、なぜ、伽耶が私を治さなかったっちゃ?パパ上より能力が高いからすぐ回復できるのに?」

「予定よりタクの覚醒を早めたでしょう?タクは必要な訓練を受けていないから、厳しい状況で経験を積むしかないの。あなたを助けられるかどうか試したの」

「伽耶がいたのにわたしを治さなかったって知ったら、ママ上はカンカンに怒るっちゃよ~。性格が女王に戻ってるもん。パパ上は頼りないって決めつけてるし・・・」

「大丈夫よ。アロンダは私がいたと気づいているはず」

 伽耶は動じることなくさらっと言ってのけた。

「そうなの?じゃあ、いざとなったら伽耶が助けるってわかってたのかな?それなら怒ったりしないね。ともかく、三日月刀が無事で安心したっちゃ!」


 でも、わからないことだらけ。

 キャットはいつもながら伽耶の話にモヤモヤしてしまう。

 なぜ伽耶はわざわざパパ上の個人情報を、あの機動歩兵に教えたのだろう?狙われるだけなのに・・・

 それに、昨年、まだプラウド配下のラガマフィンだったシンに、西の都に滞在中の大滝を襲撃させたのは伽耶だ。(**) あの時、伽耶はうちをシンと接触させて、ついでに大滝のDNAも採取させたっちゃ・・・

 その一年前に、伽耶の指示でママ上がラガマフィンに拾わせたあの装置は、伽耶の思惑通りシンが他のお宝と一緒に保管していた。(***) プラウドはあのデバイスに自動再充電機能があるのを知らないから、金庫室内を隈なく探査されたと気づかず売り払った・・・

 でも、三億円も払って取り戻したロボティックマウスを使ってまで、古びた短刀を見つけ出してラボで分析するのはなぜ?

 伽耶は何を考えてるっちゃ?


 そして、いつもながら同じ結論に達するのだった。

「まッ、いいかッ」

 それより、早くパパ上に会いたい!と、願うキャットであった。



* 「青い月の王宮」第18話 「黄金の少女 パート1」

** 「青い月の王宮」第8話「機動歩兵の憂鬱」

*** 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第9話「ストリートファイター」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る