第5話 窃盗

 有識 明理は弟が大好きだった。幼い頃からいつも後ろをくっついて歩き、事あるごとに、お姉ちゃん!と自分を頼ってくる弟が可愛くてたまらなかった。


 そんな弟への愛情は日に日に大きくなり、いつしか彼女は弟を邪な目で見るようになっていった。

 

 そして、明理は思春期に突入していった。弟への度を超えた愛情と世間一般の常識との板挟みに大変苦しんだ明理。結果として、彼女はグレてしまった。


 しかし、そんな風にグレてしまっても明理が有を愛しているという事実は変わらなかった。変わらないというより、その愛情は抑圧によって更に強力に、歪になっていった。


 彼女が初めて物を盗んだのは、中学の頃だった。深夜、皆が寝静まるのを待ち、計画を遂行する。行き先は、もちろん有の部屋だった。


 真っ暗な部屋の中に忍び込む明理。まずは、落ち着かせるために深呼吸をする。しかし、ここは有の部屋なのだ。グレてからというもの、有と少し距離を置いていた明理にとって、その有の空気は劇薬だった。


 一瞬にして、明理の脳内には快楽物質が噴き出す。危うくあげそうになった声を必死に手で抑え、その場にへたり込む明理。


 とにかく落ち着いて体勢を整えようとするが、呼吸の度に湧き上がる幸福と快楽。余談だが、この日以降、明理はこの空気をビニール袋に入れて校舎裏で吸い込むことになる。


 そんな明理にとって最上の空気を吸い込みながら、なんとか腕のみで床を這い、ほふく前進の要領で進んでいく明理。


 手の震えは止まらなくなり、有の姿をした天使が視界の端に見え始めた頃、彼女はようやく有の部屋のタンスにたどり着く。


 タンスをゆっくりと開けると、そこには光に満ちた宝(パンツ)があった。彼女は確信していた。この光に顔を突っ込んだ時、間違いなく自分は死んでしまうと。


 なるべく見ないように、その中の一枚を掴むと、タンスをゆっくりとしめる明理。そこからまたドアまで這っていく。空が白み始めた頃、ようやく明理は出口にたどり着き、逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。


 罪悪感と興奮で、動悸が止まらない明理。危うく過呼吸になりかけた彼女は、あろう事か自分の手の中にある有の宝(パンツ)で、自分の口元を塞いでしまう。


 明理の視界はそこでブラックアウトした。




 はっ、として辺りを見回す明理。辺りを見回すと、そこは久方ぶりの自分の部屋であった。明理は、自分がビデオの編集作業をしていた事を思い出す。


「途中で寝ちゃってたか...」


 彼女は夢の内容を思い出し、少しだけ苦笑いを浮かべる。そして、明理は膝の方に目を落とす。

そこには、可愛らしい寝顔ですやすやと寝息を立てている有の姿が。


 悪魔との契約における制約として、召喚者と悪魔は、その距離を2m以上離してはいけない。そんなこともあり有を撮影した後、少しでも早く編集をしたかった明理は、撮影で疲れた様子の有を膝の上で寝かしつけ、編集作業をしていたのだ。


 霰もない姿の有が映る児童ポ◯ノを見ながら、明理はこれからの事について考える。明理は、ヤンキーになってから有と距離をとってしまったことを死んでからもずっと後悔していた。


 だからこそ、彼女はこのチャンスを逃しはしない。なにしろ有と2m以上離れる事ができないのだ。その制約のせいで、仕方なく一緒に学校についていくし、仕方なく一緒にトイレに入るし、仕方なく一緒に寝るし、仕方なく一緒に更衣室に入るし、仕方なく一緒にお風呂に入るし、仕方なく...。


 明理の妄想は止まらなかった。ふふふふふふふふふ。という不気味な悪魔の笑い声は夜が明けるまで続いた。

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