第4話 姉の秘密
有の目の前にいる、魔法陣から出てきた金髪の美しい女性に、彼は尋ねる。
「お、お姉ちゃん...ですか...?」
その女性は、何も言わずに有のそばに近寄る。そのまま有の顔に触れようとするが、その手は有をすり抜けてしまう。
「まだ、安定してないのか。」
その女性は悔しそうに言葉を発すると、今度は有の顔をじっと見つめる。有は緊張と気恥ずかしさで、視線を天井に向ける。
しばらく経って、その女性は床にどかりと座った。そして、どこか気まずそうに頬をぽりぽりと掻く。
「その...なんだ...。ただいま。」
そのぶっきらぼうな声に、有はその女性が明理であると確信した。有は、緊張と驚愕とがごちゃまぜになった不思議な感覚に包まれていた。
「お姉ちゃん、おかえりなさい。」
それでも、有は姉と再会できた事が、何よりも嬉しかった。
どうやら明理は、しばらくの間、この世界の物に触れる事ができないようだった。明理は、何度か有の顔に触れようとするも、いずれも失敗に終わってしまった。
「あー、だめかぁ。」
何度かの失敗で、諦めたように上を向く明理。
「お姉ちゃん!諦めちゃダメだよ!」
久しぶりの姉との触れ合いに、本当にテンションが上がっている有は、姉を励ます。そんな有を優しい目で見つめる明理。
「本当に帰ってきたんだな。」
有にも聞こえない声で小さく呟く。そして、明理はある事を思い出す。
「そういえば、有。お姉ちゃんの部屋って開けてないよな?」
有は大きく頷いた。
明理が、ヤンキーになり出した頃、なぜか彼女は家族に対し、執拗に、絶対に部屋を開けるなと言っていた。
明理の生前も有は、彼女の言いつけを守っていたし、死んでからは、姉が死んだ事を思い出して悲しくなってしまうため、明理の部屋のことは考えないようにしていた。
「よかった。」
そんな有の様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす明理。
しかし、そんな中、有は思ってしまった。姉はなぜヤンキーになってしまったのか、そして、その秘密は明理の部屋の中にあるのではないか。
考えてみれば、この状況が少しおかしいのだ。なぜ、悪魔を召喚しようとしたのに、姉が出てきたのか。有は何か裏があるような気がした。
というか、彼は姉と再会できた事でテンションが上がりすぎていたのだ。そして、そこに来て、"不自然な状況"と"秘密"というピースが揃ってしまった。
彼の中二病的感性をくすぐり倒すのには十分だった。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんの部屋を見よう。」
彼はすくっと立ち上がって言い放つ。明理は、驚いた表情で有を見る。すぐさま立ち上がって有を捕まえようとする。
「おい!それだけはダメだ!」
明理は有をなんとか止めようとするが、まだ有に触れる事ができない。その間も、有はズンズンと進み、姉の部屋に向かう。
「頼む!有!やめてくれ!というか、やめろ!!」
明理はなんとか有を掴もうとするが、どんなに手を伸ばしてもすり抜けてしまう。
「お姉ちゃん。安心してよ。僕が全ての秘密を暴くからさ。」
有は姉との再会で大変にテンションが上がっていた。ときおり、廊下に立ち止まりバッと振り返る有。
「気のせいか...。細心の注意を払わないとな。」
そんなごっこ遊びをしつつ、姉の部屋まで進んでいく有。明理は、半狂乱になって有を掴もうとする。しかし、悲しいかな。有を捕まえることはできない。
最終的に、有は明理の部屋の前にたどり着いてしまった。
「有!話を聞いてくれ!頼む!やめろ!!」
明理は全身全霊で、有を止めようとするが、その全身全霊がさらに有を加速させた。
「お姉ちゃん、絶対僕がお姉ちゃんを助けて見せるから。」
もはや目的がなんだったかも忘れている状態の有は、ただただこの状況が楽しかった。明理は最後まで諦めず有を掴もうとする。
有はついに、明理の部屋のドアノブに手を掛け、回した。その時だった。ついに明理の体は、この世界に現れた。やっとの思いで、有の腕をつかむ明理。その腕を思いっきり引っ張る。
しかし、残念ながら彼女は悪魔になっていたのだ。その力は人間には遥か及ばないほどの強力な物だった。轟音がとどろいたかと思うと、有を引っ張った衝撃で、明理の部屋のドアは木端微塵になっていた。
舞い上がる埃の中、有は視線を明理の部屋に向ける。有は目を見開いた。そこには壁一面に有の写真。有が失くしたと思っていた、シャツやパンツに靴下。それに有を模したぬいぐるみなどがあったのだ。
有はからくり人形のように、首だけを姉の方に向ける。
「あの、お姉ちゃん、これって...。」
姉はふらふらとうつむきながら、床に倒れこむ。そして、次の瞬間、明理は大泣きしていた。
「うわーーーん、有のバカーーーーー!!」
ヤンキーになってからというもの、ほとんど表情が変わる事の無かった姉の感極まった様子を久しぶりに見た有は、とにかく明理に謝り倒した。しかし、謝罪の言葉は全く明理の耳には届かない。
「うぅ...。そうだよ。どうせ私は、弟の写真を壁一面に貼って、弟の私物をパクってその匂いを嗅いだり、その、えっと、色々な事に使ったりする、ブラコンの変態なんだよ...。弟への感情が抑えきれなくなってきて、それが原因で思春期にグレてヤンキーになって、そっから戻れなくなった愚かなブラコンの変態なんだよ!!!」
さらに泣きわめく明理と明理の話した内容に、脳の処理が追い付かなくなる有。有の脳裏には宇宙が見えていたが、ハッとする。今はぼーっとしている場合じゃない。とにかくお姉ちゃんをなんとかしなくては。そう思った有は明理の傍に寄る。
「お姉ちゃん。その、ごめん...。」
有の謝罪に、明理はゆっくりと顔を上げて有を見る。
「僕は、お姉ちゃんがどんなにブラコンでも、全然大丈夫だよ。」
なんだかんだで有も明理のことが姉として大好きなのだ、たしかに部屋の中身は衝撃的だったが、この程度で姉の事を嫌いになったりする有ではない。
「うぅ...。有くん、ごめんね。こんなお姉ちゃんでごめん...。」
落ち込んでいる明理を慰めようと、有は明理を優しく抱きしめて、頭を撫でる。
「お姉ちゃん。大丈夫だよ。そんなことよりお姉ちゃん泣かないで。僕はお姉ちゃんが泣いていると辛いよ。お姉ちゃんの涙を止めるためなら、僕はなんでもするから。」
突如、有の胴体に伸びる両腕。有の体は明理の腕にホールドされた。
「有くん。ありがとうね。有くんは私の涙を止めるために、『なんでも』してくれるんだね。」
有の耳元で甘くささやく明理。有の表情は見る見るうちに青ざめてゆく。恐る恐る明理の方をみるとその表情はひどく艶やかで、美しかった。
「えっとー、お姉ちゃん?それは言葉のあやというか...」
そんな有の言い訳を遮って、明理は言葉を紡ぐ。
「そういえば、もう有くんと離れてから、何年か経つよね。有くんはどのくらい大きくなったのかな?お姉ちゃん、すべてをちゃーんと見てみたいな。」
言うが早いが、明理はベッドに有を押し倒す。お姉ちゃん!僕にはまだ早いよ! とわめく有を無視して、明理は詠唱を始める。部屋に魔法陣が現れ、漆黒の輝きに包まれる。
そして、その魔法陣から出てきたのは、まるでテレビ局にあるようないかにも本格的なビデオカメラだった。ベッドに押し倒された有。そして、魔法陣から出てきたビデオカメラ。それが何を表すか中学生の有は一番わかっていた。
記録される。有は恐怖した。
「お姉ちゃんね。有くんのすべてを収めないと、涙が止まらないよ。」
えーん。と泣きまねする明理に、もはや苦笑いしかできない有。
「さて、始めるね。」
あっという間に、真顔になり、ビデオカメラの電源を入れ出す明理。カメラのレンズを、有を模したレンズクリーナーで拭いている明理を見て、有は本当に悪魔を召喚してしまったんだなぁと思い知った。
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