ユーリアンの過去
ユーリアンは騎士の家に生まれた。騎士は王に認められて叙任される他に親から受け継ぐこともあり、彼は世襲騎士だ。
騎士の世襲は通常、騎士である親がモンスターとの戦闘で命を失った場合のみ行われ、それ以外で騎士の子が騎士になるには本人が何らかの戦功を上げる必要がある。そういう手順を踏んだ騎士は世襲騎士とは呼ばれない。
ユーリアンも当然、正式に叙任されて騎士になることを目指していた。だが、彼は最初から少し変わった訓練をしていた。
この世界において騎士の多くは冒険者としてギルドに身を置き、モンスターを退治する。そして、騎士は高価な全身鎧を身に着けることができるため、多くの場合パーティーの先頭に立ってモンスターの注意を引きつけ、仲間を敵の攻撃から守る役目を果たす。だからこそ騎士はその身分以上に人々から尊敬を集めているのだ。
その中でも時折現れるのが、ドラゴンスレイヤーと呼ばれる、非常に強力な剣技を操って最強のモンスター種族であるドラゴンを一人で倒す英雄的な騎士だった。幼いユーリアンはそんな騎士に憧れ、ひたすらに剣技を磨いていた。生まれつき腕力がとても強かったことも、彼が攻撃面を伸ばすと決めた理由の一つだ。
それはユーリアンが十二歳の時だった。既に剣技で大人を圧倒するほどになっていた彼は、早く騎士になる資格を得たい一心でモンスター狩りに向かう。
「僕はもう大人にも負けないんだ、モンスターだって倒せるさ」
ユーリアンは自信に満ちあふれていた。既に彼より強い人間は周囲にいないのだ。年若い少年が増長するのも無理はない。実際、この時も彼は難なく見つけたモンスターを倒して意気揚々と家に帰り、親に報告するのだった。
だが、倒した相手が悪かった。
ユーリアンが倒したのは、マンティコラという人食いのモンスターで、その戦闘力はバジリスクにも勝るほどである。いくらユーリアンが剣の天才であったとしても、十二歳の子供が一人で倒せるような相手ではない。倒せたのは、それがまだ幼い子供のモンスターだったからだ。
マンティコラは通常体長3メートルほどもあるライオンの身体にサソリの尻尾を持つモンスターだが、ユーリアンが見つけた個体は大型犬程度の大きさだった。それでもユーリアンの目にはとても大きく見え、まだ子供のモンスターだなんて思いもしなかったのである。
子を殺されて怒り狂わない親はいない。
次の日には、彼の住む町に大人のマンティコラ二頭が襲撃してきた。強力なモンスターが二頭もやってくれば、町はたちまちにして滅亡の危機に陥る。ユーリアンの父は妻や子を安全な場所に逃がし、防衛に向かった。ユーリアンは同行を申し出たが、却下された。
「ユーリ、お前は母さんや町の人達を守るんだ。みんなを安全な場所まで連れていくのも騎士の重要な仕事だぞ」
自分のせいで町が危機に陥っているのに、町を守ることもできずに逃げるしかないユーリアンは泣きながら護衛の任務をまっとうした。騎士たる者何よりも優先すべきは人の命を守ることだと父から教え込まれてきたのだ。
その父は、救援に来たギルドの冒険者達と共にモンスターを見事退け、戦闘中に受けたサソリの毒にやられてこの世を去った。これにより長子のユーリアンが騎士を継ぐことが決まり、十二歳という若さで騎士号を得ることになる。
この日から、彼は自分の手でモンスターを殺すことができなくなってしまった。
剣の修練はずっと続けているが、どうしてもあの日の出来事が頭に浮かび、剣をモンスターに向けると身体がすくんで動かなくなるのだ。その上さらに悪いことに、自分の命を大事にすることもできなかった。罪の意識から、いつもどこかで自分を死に向かわせようとしていた。
◇◆◇
「なるほど。だから全然攻撃しないし、防御もせずに吹っ飛ばされているんですね」
ユーリの話を聞いて、これまでの疑問が全て解けました。ヴァンパイアの怪力にも負けないあの力が、彼の本来の持ち味だったんですね。
「だから……俺が冒険者を続けても仲間に迷惑をかけるだけなんだ」
私は、そう言ってうなだれる彼に近づくと素早くその頬に平手打ちをしました。パァンといい音が部屋の中に響きます。ちょっと力が入りましたけど、トロール並みの体力があるユーリなら大丈夫でしょう。
「馬鹿なことを言わないでよ! ユーリがいなかったら、私はバジリスクの毒で死んでいた。町の人達だってもっと沢山犠牲になっていたでしょう。貴方がどれだけの命を救ったか分からないの?」
頬を押さえて驚きの顔を向けるユーリに、思いの丈をぶつけました。つい敬語がなくなってしまいましたが、今更言葉遣いを直すのもなんとなく気まずいので勢いに任せて言葉を続けます。
「私は異端者だから、ずっと一人で戦ってきた。ギルドに入った時も、こんな自分が受け入れられるのか不安で仕方なかった。貴方が声をかけてくれて、狩りの後も離れずにいてくれて、どれほど私が救われたか! 貴方の存在がどれほどありがたかったか! 迷惑だなんて思ったこともないし、これからも思うわけないんだから!!」
気がついたら、私の目から涙がこぼれていました。
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