ヴァンパイアとの戦い・3

――もし私が普通の司祭プリーストだったら、彼女達はギルドを出ていかなかったのでしょうか?


「イオナ、もうやめよう」


 ユーリが目の前に立ちはだかる狩人の恰好をした女性に呼びかけました。アリスさんが一人で行動し、私とユーリ、ミィナさんとカトウさんがペアになってそれぞれ別の方向に進んできたのです。食堂に入った時、彼女が私達の前に現れました。


『ふん、仲間にする価値もない役立たずが調子に乗るな。お前なんかそこの女が敵を倒しているのを見ていることしかできないくせに』


 イオナさんの姿をしたモンスターが、ユーリを侮辱する言葉を吐き弓に矢をつがえます。


――もし私が普通の司祭だったら、ヴァンパイアが良からぬことを考えたりせず大人しくしていたのでしょうか?


「……私は、ヴァンパイアが大嫌いです」


 手にしたメイスを振り上げ、攻撃の態勢を取ります。相手の気配から分かる、敗北の覚悟。彼女は私に勝てると思っていません。ただ最大限私達を消耗させることで主が勝利するための捨て石になることを、ためらいなく選んでいるのです。


 それがヴァンパイアの主従関係だから。


――もし私が普通の司祭だったら……この人は、死ななかった。


『シィッ!』


 相手は口から鋭い息を吐き、矢を放ちます。私はそれを難なくかわし、一足飛びに接近しました。目の前に苦々し気な顔があります。


「遅いですよ」


 私は、振りかぶったメイスに力をこめました。


 本当に、ヴァンパイアは大嫌いです。中身はもう完全にただのモンスターなのに、どうしてこんなに人間の姿を保っていられるんですか?


『くそっ、異端者め』


 やめて、その声で喋らないで。

 その目で私を見ないで。

 その顔で……人を傷つけないで!


――――――


 イオナさんは、私を狩りに誘ってくれた初めての人でした。


 私はこんなだから、ずっと誰ともパーティーを組まずに修行を続け、魔石を集めて一人でモンスターを倒し、教会に認められて司祭になりました。マリエーヌ様に憧れていたから、そこまで一人で頑張れたんです。


 でも、やっぱり寂しかった。殴りプリであることを嫌だと思ったことはないけど、一人で戦い続けるのは苦しかった。


 だから、あの時誘われて、まずいと思いつつも誘われた嬉しさに抗えず。結果としてがっかりされてしまったのだけど、私にとってあの初めてのパーティー狩りは特別な思い出になりました。


 その後パーティーを組むことはありませんでしたが、イオナさんはギルドで普通に話しかけてくれました。一緒に狩りをすることはなくても、決して嫌われてはいなかったのです。


「あの時はごめんね。ずっとヒーラー無しのギルドだったからティアーヌさんに変な期待をしてしまって」


 イオナさんがギルドを抜けたあの日。彼女は、私に謝罪の言葉を残していきました。期待に応えられなかったのは私なのに、彼女はそのことをずっと気に病んでいたのだと言います。


 とても、優しい人だったんです。


――――――


 メイスを振り下ろす瞬間、私は思わず目を瞑ってしまいました。どうしても、彼女の頭を殴りつけることに耐えられなかった。


 第一の魔石――審判の光ジャッジメント


 メイスから放たれた光がヴァンパイアの皮膚を焼く。ここでやっと、目の前にいるモノがアンデッドモンスターであることを感情が納得しました。もうはイオナさんなんかじゃないんです。頭で分かっていても、心が受け入れるまでに本当に時間がかかりました。


 本当に……本当に! ヴァンパイアは大っ嫌い!!


 次々と発動する魔石がヴァンパイアの身体を破壊していきます。凄まじい生命力を持っていると言っても、防御力が特別に高いわけではありません。蘇らないように止めを刺すことが大事なのです。


 第九の魔石――絶対零度アブソリュート・ゼロ


 ボロボロになったヴァンパイアの身体が、一瞬にして凍り付きました。これはチャンス!


 私は木の杭を取り出すために、一旦攻撃の手を止めて距離を取りました。そこに――


「イオナああああ!!」


 ユーリが突進してきました。その腕にトネリコの木の杭を抱え込んで。


『ギャアアアア!!』


 断末魔の絶叫が邸宅中に響き渡りました。ユーリが渾身の力で打ち込んだ杭はそのまま壁に突き刺さり、イオナさんの遺体をはりつけの状態にしてしまいます。凄い力でした。


 絶叫が収まると、その身体は灰のようになってボロボロと崩れていき……それを見ていた私は、その場に力なくへたり込んでしまいました。


「ごめんなさい……私が……私が司祭ヒーラーじゃなかったせいで!」


 戦いの緊張が、ヴァンパイアへの怒りが、抑えつけていた感情が一気に噴き出しました。目からあふれる涙が止まらないんです。まだヴァンパイアとの戦いは終わっていないのに!


――もし私が普通の司祭だったなら、一緒に笑える未来があったのに。


「……」


 ユーリは、泣き出した私の肩を抱いてしばらくそのまま一緒にいてくれました。

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