ヒーラーがいない

 ギルドに入って一日が経過しました。そういえばギルドの名前を知らずに加入したのでギルド名を聞いてみたところ『ディアリスお茶会事件』という、危険な香りのする名前でした。何が事件なのか気になりますが深く考えるのはやめておきましょう。


 というか、今後は「ディアリスお茶会事件のティアーヌです」と名乗ることになるんですね。


「ティア、狩りに行かないか?」


「いいですよ、行きましょう!」


 今日もユーリに誘われて狩りに行きます。殴りプリと分かっていて誘ってくれる人はこれまであまりいなかったのでなんだかとっても新鮮。狩りと言うとハンティング的な印象を抱きますが、冒険者の言う狩りとは善良な住民を襲う危険なモンスターを駆除することです。モンスターを食べたりはしません。


「狩りに行くにゃ? みぃも行くにゃ!」


「拙者も行くでござる」


 昨日仲良くなったミィナさんとカトウさんも一緒にくるようです。この構成だと、やはりヒーラーが欲しいですね。私はあまり得意ではありませんし。


「どなたか、支援を専門にやっている司祭の方も誘った方がいいと思いますよ。私は殴りプリですし」


 私がそう提案すると、メンバーの皆さんが顔を見合わせました。


「いやー、それがそうもいかないんだ」


「このギルドに司祭はティアしかいないにゃ。回復ができるのもティアだけにゃ」


「拙者が秘薬を作れれば……ぐぬぬ」


 えっ?


「司祭がいないんですか!? だいたいどこのギルドにも司祭は余るほどいるって聞いているのですが」


 そうです。この国、いえ、この世界には聖職者がとても沢山いて、他の冒険者とパーティーを組めずに暇をしている司祭や、司祭だけで集まって不死者アンデッド狩りをする集団が生まれるような状態になっているのです。それでも司祭の需要は常にあるので困ることはないのですが。


 そんな状態なのに、どうしてこのギルドには司祭がいないのでしょう?


「うーん、なんでだろうね?」


「特に理由はないにゃ。集まったメンバーに司祭がいなかっただけにゃ」


「東方ではこういう状態を『類は友を呼ぶ』と言うでござる」


 カトウさんの言葉の意味はよく分からなかったのですが、何となく言いたいことは理解しました。


「まあ、いないのなら仕方ありません。皆さん、怪我をしないでくださいね!」


「そこは回復は任せろって言って欲しかったにゃ」


「無理です!」


 殴りプリは攻撃に全力なのでせいぜい自分の傷ぐらいしか癒さないのです。とりあえず敵を殲滅すれば後でゆっくり回復できますからね。


「大丈夫、俺がみんなを守るから!」


 ユーリが輝くような笑顔で言いました。さすが騎士様! 昨日なぜか吹っ飛んでましたけど、こんな立派な鎧を着込んだ騎士がそうそう敵にやられるはずはないのです。あれは敵の攻撃がたまたまクリティカルヒットしたのでしょう。


「じゃあ壁になるにゃ。みぃが魔法でモンスターを薙ぎ払うにゃ」


 盗賊のミィナさんが魔石の付いたナイフを振り上げて火の玉ファイアーボールを撃ちました。あれから調べましたが、魔法盗賊は意外と世の中に沢山いるみたいですね。殴りプリよりも多いらしいです。


「よーし、行こう! 今日の敵はコボルトだ」


 コボルトは犬のような顔をしたモンスターです。人間に危害を加えることは少ないのですが、最近街道に現れて野盗まがいのことをしているらしいですね。


「ふふん、犬ころ風情に拙者の手裏剣はかわせぬよ」


 カトウさんが不敵な笑みで変わった形の刃物を取り出しました。なんか……あれです。海にいる生き物のヒトデみたいな形です。




「ぐわあっ!」


 そしてコボルト狩りにやってきたところ。敵が振り回したハンマーを食らってユーリが倒れました。


「ユーリ!」


「食らうにゃ、ファイアーボールにゃ!」


 ミィナさんが火の玉を発射して追撃しようとするコボルトを攻撃します。


「ギャウン!」


 一瞬で身体が炎に包まれたコボルトが悲鳴を上げて地面に倒れました。どうやら本当に魔術師並みの威力で魔法が使えるみたいです。


「はぁっ! 毒剣!」


 カトウさんがヒトデを投げつけると、食らったコボルトがその場に倒れました。思ったより強い!?


「グッ、グフッ」


 口から泡を吹いています。これは、毒! って、カトウさんが自分で言ってましたね。


回復ヒーリング! からの……」


 第一の魔石――審判の光ジャッジメント


「ギャギャギャ!」


 私が棘メイスでコボルトを殴りつけると、放たれた光を受けたコボルト達が悲鳴を上げながら逃げていきました。これに懲りて人間を襲うのをやめてくれればいいのですが。


「ユーリ、大丈夫ですか?」


「ああ、平気さ。ティアが回復してくれたおかげだ」


 ユーリは元気に笑って答えました。なんか思っていたのと違うのですが、確かにユーリが敵の攻撃を受けて他のメンバーが敵を倒しましたし、そういうのもアリ……なんですかね?


「壁役お疲れさんにゃ」


「さすがユーリ殿は敵に狙われるのに長けておりますな!」


 な、なるほど……カトウさんの言葉で気付きましたが、コボルトは一斉にユーリを目掛けて攻撃してきていました。確か昨日もそうだった覚えがあります。敵の注意を引き付けることに全力を注いでいるのですね。


「でも、こんなに攻撃を食らってばかりでは怪我が絶えないんじゃ?」


「ああ……俺は自己回復力の高さだけが取り柄でさ、どんなに大怪我をしても一晩寝れば治っちゃうんだ」


 どんな身体!?


 トロールの血でも受け継いでいるのでしょうか。それでも防御力はあった方がいいと思うのですが、私が言えることじゃないですね。


 何はともあれ、仲間達の個性も把握できたしコボルトも退散して狩りは成功です。楽しいギルド生活が満喫できそうですね!


――その時の私は、ユーリの笑顔にひそむわずかな影に気付くことができなかったのです。

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