第113話 結局こうなる
まず最初にやってきたのは牧場の中心に聳えて立つシルの大樹。
「うちの牧場の目印と言えば、この大樹だろうな」
「うむ。改めて見てもこれほど立派な木は見たことがないのじゃ」
「元々のあやつの大きくなっておるからな」
「そういえばそうだな」
あまり気にしていなかったが、毎日成長を続けているようで今では高さが百メリルほどはあるんじゃないかと思われる程巨大になっていた。
太陽の光を一身に受け、葉が青々と茂り、幹も枝も立派で、力強い生命の脈動を感じる。まだシルは姿を現さないが、元気に育っているのは間違いない。
それに伴って泉も大分手狭に感じてきたので、これを機に拡張したほうが良いかもしれない。
「あれ?アイギス様、どうされたんですか?」
俺達がシルを見上げているとシルヴィアがやってくる。
「ああ、シルヴィア。魔王が尋ねてきてな。案内しているところだ」
「そうなんですね。私はシルヴィアと申します。以後お見知りおきを」
俺が魔王を紹介すると、シルヴィアは礼儀正しく挨拶をして頭を下げた。
「はぁ~、まさかあの森人族、しかも古の系譜がこのような対応をする上に、ただの人間に付き従ってるとはの」
「お恥ずかしい話です。私たちはただの世間知らずでした。存在を前にした時、私たちは只人だと理解したのです」
何故かシルヴィアが挨拶していることに対して感心する魔王と、何故か頬を赤らめて苦笑を浮かべるシルヴィア。
二人の間で会話が成立している気がするけど、どうなってんだ?
「あの偏屈がここまで変わるとは一体何をしたのじゃ?」
「いや、俺は何もしてないが?」
「お主は一見普通に見えるが、やはりとんでもない奴なのじゃな」
俺の答えを聞いた後で俺とシルヴィアの間で視線を彷徨わせた魔王はフッと笑って心外なことを言う。
「なんでそういう評価になった?」
「あながち間違っておらんだろう?世界最硬の男なのだからな」
俺が不満に思っていたらソフィが横から会話に入ってきた。
「世界最高?」
「うむ。こやつにはどんな攻撃も状態異常も効かぬのだ」
「ああ、世界"最硬"か。そんなバカげた存在がいると?」
疑問に対する答えを聞いて魔王はいぶかし気な表情をする。
俺も未だに自分がそんなものだとは思えていない。しかし、今の所ソフィの言っているようにどんな攻撃が俺に効いた試しはない。だから否定することもできない。
「事実なのだから仕方がない。疑うなら試してもよいぞ」
「おいおい、俺の意思は無視かよ」
「別に減るものでもないし、よかろう?」
「まぁな。最近は俺も自分の力がどの程度か測るのにちょうどいいと思ってるんだ」
ここからはいつもの流れ。
俺も自分がどこまで何が効かないのか気になっているので実際ソフィの提案は願ったり叶ったりである。
「それじゃあ、妾の魅了を試してみようかの」
「おお。戦闘じゃないのは初めてだ」
これまで挑んでくるやつばかりだから魔王の提案は新鮮だった。
「純粋な戦闘力では妾はお姉さまには及ばぬ。しかし、妾は吸血鬼。身体能力も勿論高いが、人を魅了する魔法にも長けておるのじゃ。しかも妾の眼は特別製での、この瞳を直視して操れなかったのはそこのお姉さまくらいじゃ」
「へぇ~、それじゃあ、すぐにやってみてくれ」
俺は早く受けてみたいので特に考えることもなく魔王を急かした。
「……お主は怖くないのか?」
「ん?何が?」
きょとんとした魔王が俺に恐る恐る尋ねてくるが、俺はなんのことか分からず、聞き返した。
「お主が操られてしまえば、妾が何をしでかすか分からんのじゃぞ?お主を使って人間の国を攻め滅ぼすかもしれぬぞ?」
なるほど。そういうこともあり得るわけか。
でも、魔王は良い奴だ。あのくそ魔族の謝罪に自らがやってくるくらいには。
「ははははっ。魔王はそんなことしないだろ?」
だからこの幼女がそんなことに俺を使うとは思えなかった。
「かっかっか。まさかそのように思われているとはの。好ましいと同時に誰かに騙されないか心配になるな」
「それはもう手遅れだな。俺は騙されてここに来たんだから」
「かーっかっか!!それは傑作じゃな!!」
心配はすでに実際に起こっていたことだと知ってさらに笑う魔王。
「面白い男であろう?だから我はここに居るのだ」
「そうじゃったか。分からんでもないな。さて、それでは始めるとするかの」
「おう」
ニヤリと口端を釣り上げて同意を求めるソフィに、魔王も頷いた。笑いも納まったところで魔王が俺に魅了を掛けてくれることになった。
「ではゆくぞ?」
「いつでも来い」
「"
俺が許可をすると、魔王は一度目を閉じた後で目を開いた。その瞳は紫色の輝きを放ち、とても綺麗だった。
「アイギス。お姉さまを攻撃するのじゃ」
「なんで?」
魔王の突拍子もない言葉に首を傾けた。
「ふむ。本当にかかってないようじゃな?」
「どういうことだ?」
「魅了が効いていたら、そんな疑問も湧かずにお姉さまを攻撃する。意識がある時点でかかってはおらぬのじゃ」
「なるほどね」
どうやら魅了にかかっていないらしい。
「ちとまっておれ、シルヴィア。お主に魅了を掛けさせてもらうぞ?」
「ええ、かまいませんよ」
「では"
俺がいまいち実感していないことが分かったらしい魔王がシルヴィアに魅了を使った。
その効果は劇的だった。目がうつろになってビシリと動きが固まったのだ。
「シルヴィア、お手、お座り、ちんちん」
シルヴィアはまるで銀狼達がするように従順に魔王の指示に従った。
これが魅了か。恐ろしい力だな。
「"
「あれ?私は今何を?」
魔王が別の呪文を唱えるとシルヴィアは自分がなぜ今の格好をしているのか分からずに辺りを見回して事態を理解しようとする。
「これで分かったかの?」
「ああ。確かに俺はかかってなかったな」
「まさかお姉様以外にも魅了が効かない相手がいるとは思わなんだ」
魔王も自分の力がおかしくなった可能性を考えていたのか、シルヴィアに効いていることから安堵したと同時に、俺には本当に効かないんだということが俄かには信じられないらしい。
「こやつには深淵の森の状態異常を引き起こす果物さえ効かぬのだ。魅了など効くわけがない」
「それでは吸血による眷属化はどうじゃ?」
「やってみても良いが、お主の歯がどうなっても知らぬぞ?我の爪さえ通さぬ防御力を貫けると思うのであればやってみても良いがな」
「うっ。それはちと怖いのう」
もっと別のことを試したいみたいだったが、立派な八重歯が折れるかもしれないと脅されて魔王はこれ以上の実験は諦めるのであった。
少し中断してしまったが、俺たちは牧場案内を再開した。
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