第091話 奇跡の牧場(第三者視点)
「はぁ……ホント強く見えねぇんだよなぁ……」
バッカスはアイギスの後ろ姿見てぽつりとつぶやく。
自分の力に自信があった。それがこの牧場に来てからというもの、打ちのめされてばかりで自分の小ささを実感していた。
しかし、この牧場で誰よりも強いのが、自分と同じただの人間で、それほどの強さを感じさせるような覇気を纏っていないガタイが良いだけの男だったのが、彼に劣等感を与えている。
「まぁ悩んでも仕方ねぇ。ここにいりゃあ、つえぇ奴が沢山いる。俺ももっと強くなれるはずだ」
ただ、バッカスはあまり思い悩む性格ではない。すぐに悩むのを止め、自分よりも強い相手がいるということは、その相手から技術を教わることが出来る機会があると捉えて酒をグビグビと呷った。
それはここで厄介になる気満々であるが、そのことをアイギスが知る由はない。
「ぷはーっ。うめぇ!!しっかし、酒のつまみが生野菜はねぇだろうよ……」
酒を煽ってドンとテーブルに置いた後、コップの他にザルに盛られた生野菜を見て文句を垂れる。
出されたものに文句を言うのはひどく失礼だが、バッカスはそういう感覚を持ち合わせていなかった。
「はぁ……まぁ仕方ねぇ。何もくわねぇよりも良いだろう」
そう思ってバッカスはキャベッツを丸ごと一個を持ち上げ、適当に塩を振ってかぶりついた。
「~~!?」
口の中に取り込んだ途端、その旨みに目を見開いた。
それなりに年齢を重ねていて王都で兵士をしているだけあって、これまでいろんなものを食べてきたバッカスだが、それがまるで生ごみだったかのような錯覚を受ける。
勿論今まで食べてきたものが不味いわけじゃない。今口に入れているキャベッツが余りに美味すぎるだけだ。
「なんじゃこりゃぁああ!!」
キャベッツを飲み込んだバッカスが第一声で叫ぶ。
「あ、わりぃわりぃ……」
その瞬間、周りにいた存在達がバッカスに鋭い視線を向ける。
それはシャイニングバード、セイクリッドモフィ、ベヒモス、シルバーフェンリル、森人族、竜人、ドラゴン。
バッカスはそれぞれがただのモンスターではないことは内包する力から分かっていたし、森人族や竜人たちもすさまじい力を持っていることが窺えた。
流石にそれだけの数の戦力囲まれた状態で睨まれては流石のバッカスも弱腰にならずを得なかった。
「ここ……ダンジョンのモンスター部屋よりも恐ろしいんだが……?」
少し小さくなって酒を煽るバッカス。しかし、生来の性格からだんだん気にならなくなっていく。
とんでもない図太さである。
「それにしてもこのキャベッツはうめぇな。どうなってんだ?」
晩酌に集中し始めたバッカスが気になったのは、キャベッツの美味さ。これほどのキャベッツはいまだかつて見たことがない。
一体どうやって栽培されているか興味を引いた。
「明日は調査がてらこの牧場の農業を見せてもらうのがいいかもな」
実質追放に近い今回の任務だったが、バッカスとしてはこんな面白い場所と人物を知ることが出来て万々歳だった。
だから、少しだけ任務をこなしてやる気になり、明日は野菜の栽培過程を見せてもらうことに決める。
「まぁ今日の所はこれで晩酌させてもらおう」
「コケッ」
そんな風に晩酌集中しだしたバッカスの許にシャイニングバードが寄ってくる。
「ん?なんだ?」
「コケッ」
バッカスがシャイニングバードを見て首を傾げたら、シャイニングバードは羽を器用に使って卵を差し出した。
「くれんのか?」
「コケッ」
「そうか、あんがとな」
どうやらシャイニングバードはバッカスに卵をプレゼントしたかったらしい。バッカスは礼を言って受け取った。
シャイニングバードは礼を言われて満足するとその場から立ち去る。
「って生卵を渡されてもなぁ……」
ただ、困惑しているのはその卵を貰ったバッカス本人。生卵をそのまま飲む趣味はない。
とはいえ他にできることもない。
「こちらをどうぞ」
さらに別の人物が現れ、別の品物を持ってきてテーブルの上に置いた。その人物はシルヴィア。この牧場で働く森人族の代表だ。
その料理は煙を上げ、温かいことが分かる。
「これは……」
「コッメを炊いたものです。これは生卵とよく合います。最後にショーユ―を好みで掛けてください」
バッカスは今まで食べたことない食べ物に反応に困るが、シルヴィアが食べ方を説明する。
「お、おう。ありがとな」
「言っておきますが、あの方以外の人間となれ合うつもりはありません。くれぐれもあのお二人、いえ、アイギス様を怒らせることのないように。国が滅びますよ?」
突然現れた二人目の来訪者にしどろもどろになりながら礼を言うバッカス。
バッカスとしては森人族が人間嫌いだということは嫌というほど知っているので、自分に話しかけてきたことに驚いた。
「あ、ああ」
ただ、それが自分のアイギスに対する態度が少々目に余るので忠告にきたのだということが分かると、呆然としながらも理由に納得する。
「それでは……」
シルヴィアは理解してもらえたことを確認して去っていった。
「とりあえず食ってみるか……」
バッカスはご飯の上に生卵を乗せ、ショーユーを掛けて少しかき混ぜて木のスプーンですくって口に運んだ。
「うんめぇえええええええええええええ!!」
その瞬間、バッカスの叫びが辺りに響き渡る。それからも来訪者が何人、何匹と訪れてバッカスにつまみを提供していった。
バッカスの中でここはあまりに美味い物が揃う奇跡の牧場としてインプットされた。そして、もうずっとここにいよう、そう考えていた。
「どうなってんだこれ?」
「我にも分からぬ」
戻ってきたアイギスとソフィはバッカスが料理に囲まれてご満悦で酒を飲んでいる姿に、首を傾げるのだった。
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