第078話 襲来
「モォオオオオッ」
「いいぞぉ!!もっと出してくれ!!」
「モォオオオオッ」
「うむ。今日もいい放出っぷりだ」
俺とソフィは日も登らない早朝から牛舎と鳥小屋の掃除をし終え、チキンバード
達の生みたて卵を回収し、ウシモーフ達の搾乳を行っているところだ。
三百六十五日出し放題で今日も素晴らしい勢いで噴射している。これなら次の納品も問題ないだろう。
ソフィにやり取りしてもらい、一頭当たり毎日樽一つ分絞っていいことになっている。九十匹ほどに数を増やしたおかげで、約三分の二は販売し、残り三分の一をウチの牧場で消費していた。
ただ、今の所は問題ないが、また七日も経てばエルヴィスさんの物凄く申し訳なさそうな表情と土下座をしてくる未来が見える。それまでにまた余裕を作られないと、俺の平穏な牧場生活がやってこない。
なんとしてもまた新たな労働力を確保しなければならない。
またエルフたちみたいにここを訪れてくれる人たちがいればぜひとも勧誘したいところだ。そんな上手い話が何度も続くことはないのに、ついつい願ってしまう。
「ぼーっとするでない。搾乳の後はブラッシングが待っておるのだぞ!!」
「へいへい!!」
ちょっと考え事をして絞る手が遅くなったのを目敏いソフィーに発見され、俺はすぐに目の前の仕事に集中して作業を終わらせる。
『くぅ~!!』
俺とソフィ、エルフたちは一仕事終えた後で、それぞれの器に入れたとれたての牛乳を飲む。
ソフィもチャチャも銀狼も、森人族もチキンバードもウシモーフもウチの牧場にやってきた皆は、俺がこの牧場を作ってから誰一人として病気にかかっていない。
それはこの牧場で取れた栄養満点で凄く美味しい食材たちのおかげかもしれないな。
「それじゃあ、仕事を再開しよう」
『了解』
しばらく休憩をした後で再び仕事を再開するはずだった。しかし、その時、俺たちの頭上を数回光が遮られた。
気になって俺達はみんなそろって空を見上げる。
『ド、ドラゴンッ!?』
そこにはソフィにちょっとだけ似ているフォルムの五体の真っ赤なドラゴンらしき生命体が旋回している姿が俺の眼に映った。
―バッサバッサッ
ゆっくりとドラゴンたちが降下してくる。
俺とソフィとチャチャ以外の仲間たちがたちまち怯えてガクガクと体を震わせ、種族同士で身を寄せ合って怯え始めた。
俺は皆の先頭に立ち、仁王立ちでドラゴンを睨みつける。
「あやつらはどうやら我の客のようであるな」
俺の横にソフィが並び、ドラゴン達を見上げた。
「そうなのか?」
「うむ。姪の配下の者たちだ。我がここにいることを感知して迎えを寄越したのであろう」
「そうか。ここでお別れか」
なるほど。お迎えが来たと言うことはここでソフィとの暮らしもお別れか。寂しくなるし、色々大変になるだろうけど、エルヴィスさんに相談してどうにかしてもらおう。
できればもっといてほしいところだけど、それはただの俺の我儘だ。快く送り出そう。
「何を言っておる。以前言っていたであろう。一度は我の作った国を見てみたいと。行く時になったら連れて行ってやろう」
「え、いいのか?いやでも、今仕事が忙しくてここを離れられそうにないしなぁ」
そんな俺の決意もむなしく、ソフィからまさかの提案を受け、俺は一瞬気分がとても高揚した。ただ、今の忙しさでは離れることなど出来そうにないことに気付いて落ち込んだ。
「そう落ち込むな。おそらくすぐに国に向かわなくてもいいはずであるし、その間にまた従業員を増やせばよかろう。もし増やせなかったとしても、あ奴らを倒して下僕にしてしまえば、それなりの人数分は働いてくれるはずであるし、我よりも細かい魔法が得意だ」
そんな俺を見かねたソフィが苦笑いを浮かべながら俺を諭す。
「まだ時間はあるんだな」
その時間を使って何としても時間を確保し、俺とソフィがここを離れたとしても、経営にはなんの問題もないようにしなければならない。
まずはドラゴン以外の存在を探すとして、空を飛べる大きな鳥やペガサスなんかがあげられると思うけど、見つからなければソフィと同類のドラゴンであれば代理としては十分だろう。
「うむ。それに恐らくあ奴らが我を呼びに来たのは何かの人間が関わる用事があるからだ。それが終わればまた手伝ってやろう。心配するでない」
「……また来てくれるのか?」
自分の国に一度帰った後で戻ってくるのは大変だろうに、またここにいてくれるというソフィ。俺は思わず彼女は問い返してしまった。
だってここには農作物と畜産物、そしてお土産やお菓子以外なにもないからだ。そんな場所に再び来る理由にはならないだろう。
「ふふふっ。お主は面白いからな。我の生の中で類を見ぬほどに。我らにとって人ひとりの人生など一瞬だ。そのくらいであれば付き合ってやろうではないか」
「まさか俺が死ぬまで一緒にいるつもりか?」
まさかそんな理由で俺の所に戻ってきてくれるなんてソフィって本当に奇特なドラゴンだよな。勿論ドラゴンのことなんてあまり詳しく知らないんだけどな。
それに俺の一生に付き合うなんていくら長い竜生とは優しく過ぎる。
「う、うむ。それならお主も寂しくはなかろう?」
「そうだな。ソフィがいてくれるなら寂しくなんてないさ。本当にありがとう」
なんだか恥ずかしそうだが、俺はソフィがいてくれるなら嬉しいので素直に感謝を告げる。
「き、気にするな。我がしたいからそうするのだ」
「それでもだ。ありがとな。これからもよろしく頼む」
「それ以上言うでない!!」
俺から目を逸らすソフィにさらに感謝を重ねたらなぜか怒られてしまった。
―ズシーンッ
『お久しぶりでございます。竜皇様』
俺たちの話の切りのいいところで五体のドラゴンが広場に着陸して、全員がソフィに向かって頭を垂れて、戦闘にいたひと際大きな赤いドラゴンがソフィに挨拶をする。
ソフィって本当に偉かったんだな。
俺はようやくその一端を感じることが出来た。
ここにいるとただの美少女にしか見えないしな。
「よい。我はもう隠居した身だ。かしこまる必要などない」
『それは出来ぬ相談という者です。あなたは我らの頂点に負わす方。そのようなことができるはずもない。ただ、無礼を承知で言わせていただけるのなら、そちらの人間や森人族などが竜皇様に従っておられないご様子。少々竜皇様に対して不敬ではありませんか?』
ソフィが頭を上げさせようとするが、五体の竜は頭を上げることなく、俺たちに視線を向けて威圧してくる。
ソフィよりも大したことがないので、俺には痛くもかゆくもない。
「お主は分からぬのか?」
『一体何をでしょうか?』
ソフィの問いかけに頭を下げながら首を傾げるリーダードラゴン。
「ここは無の大地ぞ?」
『~~!?』
ソフィがそう告げた途端、ドラゴンの顔色が変わった。いや、顔色の変化などわからないが、雰囲気が変わったのが分かった。
「ようやく分かってきたか?この大地を砕いたのはこ奴だ。我にもそのようなことは出来ぬ。それに我はこ奴に襲い掛かってもかすり傷一つつけることが出来なんだ」
『そ、そんなことがありえるはずが!?』
ソフィからもたらされた事実にリーダードラゴンは愕然とする。
「ありえるのだ。我はこ奴に負けた。そして森人族も銀狼もベヒモスも全てこ奴に従っておる者たちだ。我に敬意を払う必要がどこにある?」
『人間が竜皇様に勝つなど信じられぬ。そんな人間はいまだかつて存在しない』
「それでもそれが事実だ」
なかなか信じようとしないリーダードラゴン。
『えぇ~。その人間ってそんなに強いのぉ?私と勝負させてよ!!』
ピリピリとした雰囲気の中、後方にいた一番小さなドラゴンが元気のいい女の子の声を直接俺の頭の中に届けてきた。
『こら!!止めないか!!』
『えぇ~!!いいじゃないパパ』
『そんなことできるわけがないだろう』
そんなドラゴンをいさめようとするパパドラゴン。
「いや、よかろう。アイギスもそれでいいか?」
「ん?力比べか?別にいいぞ?」
「だ、そうだ」
しかし、ソフィは子供ドラゴンの提案を許可した。別に俺もソフィより弱いドラゴンに負ける気はしないので何も問題ない。
『はは。教育が行き届かず申し訳ございません』
「その子くらいの歳であれば仕方なかろう。お主の名は何と申す?」
パパドラゴンを宥めつつ、子供ドラゴンの名前を聞くソフィ。
『私はパパの娘のプリムだよ。本当に戦ってもいいの?』
「構わんさ。どうせ勝てはせぬ」
『ふーん。どうなっても知らないんだからね!!』
子供ドラゴンはプリムというらしい。
ソフィが挑発みたいなことを言うと、彼女は威嚇するような表情になりながらも頭の中に響く声が小さな女の子のそれで何ともやりづらい感じだ。
「ああ。思いきりやっていい。ただし、場所を移動するぞ」
『分かったよ!!おばあちゃん!!』
「なんだと……」
『ひぇ!?』
プリムを微笑ましく見ていたソフィだが、プリムが返事をした途端、表情が消えた。その表情に俺以外が悲鳴を上げた。
「なんと言ったのだ?」
ソフィがニッコリと笑ってプリムに聞き返す。ただし、その目は一切は笑っていない。
あれは怒っている目だ。
『あ、あのお姉ちゃんって言いました!!』
「そうか、ならばいいのだ。さて参ろうか」
ガクガクと震えながら言い直すプリム。
大人げないなぁ。でも、ドラゴンってそんなに年齢を気にしない性質な気がしたんだけど、ソフィはそうでもないのか?
いつも自分が数千年生きていると公言しているし。そうだとすると、おばあちゃんと呼ばれるのが嫌なのかもしれないな。
俺は彼女を怒らせないように禁句として脳裏に刻んだ。その後、俺たちは畑や拠点に被害が及ばない位置まで移動した。
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