第065話 伝説の料理は食性をも変える

 新たな森人族達エルフを連れて深淵の森を抜けた俺たちは拠点へと帰ってきた。


「ガォオオオオオオオオオンッ」

『ウォオオオオオオオオオンッ』


 俺たちの匂いを感じ取ったのか、入り口を抜けた先には看板猫サイズのチャチャと数十匹の銀狼がお座りをして整列して待っていて、俺たちが門を潜り抜けるなり、一斉に天に向かって咆哮を上げて出迎えられることとなった。


 なかなか忠義の厚い奴らだ。


 町から空を飛んで帰ってきた時はこういうことはしないんだが、今回は森から歩いて帰ってきたからせいか、いつもと違う出迎え方をしたようだ。


 もしかしたら一緒に帰ってきている森人族達に誰がここの主であるのかが分かるようにしてくれたのかもしれない。


『ひょえええええええ!?』


 ただ、俺たちは当たり前だと思っていたが、新しく牧場に来た森人族達は、チャチャたちを視認するなり何故か悲鳴を上げて逃げようとする。


「だから先に言っておいたでしょう?あなた達、落ち着きなさい!!」

『は、はい』


 しかし、シルヴィアが逃げようとした森人族達を一括すると、彼らはシルヴィアが怖いのか大人しくなった。


「彼らはなんで逃げようとしたんだろうか」

「さて、我には分からぬな」


 ここには可愛いモフモフたちしかいないというのに逃げようとした彼らの行動が理解できずに呟く俺。その言葉に耳聡く反応したソフィも分からないらしい。


 シルヴィアのおかげで落ち着いたみたいだから気にしなくてもいいか。


 ようやく心が休まってきたので俺達は皆を連れて拠点へ戻る。そこからはチャチャが先導し、周りを銀狼が取り囲むように護衛しながら牧場まで案内された。


 俺は嬉しいが、少し過保護気味が気がしなくもない。


「こ、これは……」

「俺は夢を見ているのか……?」

「美しすぎる……」


 牧場にたどり着いたところで、俺の後ろでは今回連れてきた森人族がお互いに呆然とした顔を見せ合う。恐らくすでにシルの大樹があることに言葉を失っているのだろう。それほどにシルの存在はエルフにとって大きいものなのだ。


 泉の中にそびえる大樹なんてそれだけで心を奪われるような場所だ。


 ただ、周りが完全に畑が広がっている状態なので適度に木を植えて林のようにしたら、より素晴らしい景観になるかもしれない。


「今回は里に連れて行ってくれて感謝する。助かった」

「いえいえ、とんでもありません。今後ともよろしくお願いします」


 使い物にならなくなった彼らは放っておき、今回一緒に連れて行ってくれたソフィに礼を伝えたら、彼女は深々と頭を下げた後、新たにやってきた森人族達を一旦今ある家に分散させていく。


 それではここからが本番だ。


「早速伝説の料理を作ってみるぞ」

「うむ」


 俺とソフィは家の前にかまどを作り、ソフィのブレスで火をつける。その上に鍋をつるせるようにしておく。エルヴィスさんに言われたとおりに米を鍋に入れ、中指の第一関節ほどまで多めに水を入れて蓋をして火にかけた。


 それから数分で水が沸騰するのでムラがないことを確認し、たき火を弱くして、さらに十分ほど火にかける。


 これで手順は問題ないはずだ。


 俺は早速蓋を開けた。


 むわっと白い煙が立ち上り、俺たちの鼻に直接匂いの暴力が襲い掛かる。その匂いは今まで嗅いだことのないものだった。


「成功……でいいのか?」

「うむ。我もコッメは食べたことがない故分からぬが、見た目と匂いは悪くなさそうだぞ」


 俺もソフィもエルヴィスさんから言葉で教えてもらっているが、伝説の食べ物を見たことがないのでこれで正解なのかが分からない。


 それに、森人族達も炊いて食べるわけではないようで、聞くに聞けない。食べてみて試すしかないのだ。


 見た感じ表面に水分は残ってなさそうなので、しばらく蓋をして蒸らすという工程を挟む。


「一応完成のはずだが……」

「うむ」

「とりあえず手順通り作ってみるか」


 ここまで来ても出来ているのか分からないが、そのままエルヴィスさんに聞いた工程に従って作業を進める。


 お椀に炊いたホカホカのコッメを盛りつけ、その上にチキンバードの卵を割って乗せる。そして最後にショーユーを一回し程度かけて完成だ。


 卵と醤油の濃厚な香りがホカホカのコッメによって合わさって香ってきて思わず喉が成ってしまう。


「完成だ」

「うむ。早く食べたいぞ」

「それじゃあ、食べてみよう」

『いただきます』


 俺たちは完成したTKGを早速いただいてみることにする。


 まずは生卵の黄身を割り、ショーユーとご飯全体と混ぜ合わせて、全体的に混ざったらそれをスプーンですくいあげて口へと運んだ。ソフィも全く同じタイミングで口に運ぶ。


『……』


 俺たちの間に言葉はなかった。あるのはがつがつとTKGを掻っ込む音だけ。


『おかわり!!』


 気付けばお椀の中のTKGは姿を消し、俺とソフィは叫んでいた。俺はソフィに再び盛り付けてやり、自分にも用意して再びがつがつと食べ始めた。


「いや~、TKGおそるべしだな」

「うむ。まさかこれほどシンプルな料理がこれほど上手いとは思わなんだ」

「それな」


 ひとしきり満足するまで食べ終えた俺たちはお互いに感想を言い合う。ただ、周囲から凄まじい視線を感じて周りに見てみると、そこには涎を垂らした森人族と銀狼族とチャチャが待っていた。


 つまりそういうことだろう。


「食うか?」

『ウォオオオオオオオオンッ』

「ニャォオオオオオオオンッ」

『ぜひ!!』


 俺が尋ねたら案の定全員が食べさせてくれと前のめりに返事をするのであった。


 銀狼とチャチャはなんでも食べるイメージがあるが、森人族は生の野菜とか果物ばかり食べるのではなかったか。


 そんな疑問が浮いてきたのだが、森人族にも沢山のかまどを作らせて米を炊き、全員分のTKGを用意して食わせてやった。


『うっま!!』


 そしたら、銀狼やチャチャは勿論のこと、森人族までTKGの美味さに顔を緩ませる結果となった。


「これからは動物性の食材も食べますし、調理もします!!」


 まさに今日この日から、森人族が持つ果物や野菜をそのまま食べるという食性を変えてしまった。まさにTKGは伝説と呼ばれるにふさわしい一品であった。

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