第049話 動き出す勢力(第三者視点)
―コンコンッ
ロマネスク様式に近く、木材を使った落ち着いた雰囲気の部屋にノックの音が鳴り響いた。
「入れ」
その部屋の主は机に上にある小さな球体の水晶がはめ込まれた装飾品に手を置きながら入室の許可を出す。
この水晶は魔道具であり、中の声を外に届けるものだ。外に声が漏れないようになっているこの部屋ではそう言った道具が必要になる。
「失礼します」
入室してきたのは金髪で青い瞳の二十台前半程の若い男。軍服を身に着けており、腰には剣を佩いている。
彼はこの国の軍人であった。
そして部屋の主である男は、四十代後半程の偉丈夫で、グレーの髪に蒼い瞳を持っている。
エルヴィス以上に仕立てがよく、さらに煌びやかさもある軍服を身に着けていた。
「それでどうしたのだ?」
「はっ、陛下。無の大地にて異常が発生したという報告がありました」
「なんだと……?」
陛下と呼ばれた男は世界最大のダンジョン都市を持つ、クーデル王国の国王であった。
目の前にある書類を見つめながら部下に用件を話させると、動かしていた手を止め、顔を上げて部下を訝し気な視線で見つめる。
「どうやら一月以上前に、突如として無の大地の辺りから水らしき柱が天まで立ち昇ったようです」
言外に目で先を話すように促した国王により、部下の男はそのまま現状分かっている内容を国王に伝えた。
「それは本当なのか?」
「現地の兵士だけでなく、情報に敏い商人たちや現地民たちも口をそろえて確かに見たと言っているようなので、嘘、ということは考えられないかと」
無の大地と言えば一切何も変わらないことで有名な平地。そこに変化が現れるというのは信じがたいことである。国王が困惑して問い返すのも無理はない。
部下は国王の疑問を解消すべく、聞き取り調査の結果も合わせて答えた。
「なるほどな。確かにそれはきちんと把握しなければならないな」
「はっ」
「それでは誰に行かせるべきか……」
その異常事態は国として放っておくことはできない。誰かに調査をさせる必要があった。
そして、国王には一人の人物が頭に浮かんだ。
「あやつに行かせることとしよう」
「いいんですか?」
「うむ。あやつなら何があっても死にはしまい」
「分かりました。そう伝えます。それでは、失礼します」
「うむ」
クーデル王国からの調査隊の派遣が決まった。
■■■
そこは深淵の森のさらに西に広がる森の中。人の家よりも太く高い大樹の内部がくりぬかれ、家として利用されていた。
「……神樹様の気配がなかっただと?」
「はい。神樹様の森に伺いました所、存在を感じられなくなっておりました。霧も薄くなり、我らであれば問題なく進めるでしょう。また虫や植物たちも秩序を失っていて荒れておりますが、神樹様がおられなくなった影響か、弱くなっているようです」
中では三十代半ば程のの男と、二十代前半の男を対峙している。
どちらも女性が見れば、誰もが見とれてしまうような整った容姿をしていた。そしてさらに特徴的なのはその耳。人間とは違い、尖っている。
彼らは
「どうやら神樹様は別の場所に移動されたようじゃの」
「はっ。まだ神樹様の森を調べ切ったわけではありませんが、おそらくおっしゃる通りかと」
三十代のエルフはこの森で長老と呼ばれる最高権力の一人。六百年ほど生きており、祖父母と親の世代にシルに選ばれた森人族の子孫だ。
そのことからシルが移動することを知っていた。
「探せ。神樹様は我らが我らがお世話するのがふさわしい」
「しかし、もし人間の領域に根を張られていたらどうするつもりですか?」
「知らぬ。領地は人間どもが勝手に決めたもの。我らは神樹様をお守りするのみだ」
「はっ」
そして、彼らは自分たちこそが木の最上位精霊であるシルにふさわしいと疑っていなかった。そのため、シルの移住先に人間がいようと関係がない。もし仮に人間がいるのであれば、殺して自分たちがシルの世話をするつもりなのだ。
そして彼らには人間以上の魔法適性があり、長い生の中で研鑽されたそれは人間には脅威であった。
こうしてエルフのシルの捜索隊が組織された。
■■■
「叔母様はどこをほっつき歩いているのかしら?」
神殿という言葉ふさわしい建物の一室で、一人の女性が呟く。彼女はこの世界では珍しい黒髪黒目を持っていて、十代半ば程の美少女だ。その容姿は誰かによく似ていた。
「全くもう。起こしに行ってもう十年。私たちの感覚では一瞬の時間とはいえ、人間の国としてはそうもいかないのよねぇ。早めに起こしたからまだ時間はあるけど、もうそろそろ儀式も近い。叔母様にも参加してもらいたいから、連れてきてもらうしかないわね」
―リーンッ
彼女はさらに独り言を言った後にベルを鳴らす。
「お呼びでしょうか。我らが王よ」
直後にやってきたのは赤髪の四十台ほどの男。
「ええ。ちょっと叔母様を連れてきてもらいたいのよ。なんだか無の大地あたりにいるみたいだから式典に間に合うように連れてきてもらえる?」
「承知しました」
彼女は叔母のいる位置を把握することができる能力を持っているため、後は誰かに連れてきてもらえればよかった。
指示を出すと、男はその場から立ち去った。
「それじゃあ、私たちもそろそろ準備を始めないといけないわね。はぁ……面倒だわ……」
少女は独り言ちて神殿の奥へと姿を消した。
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