第028話 今日の所はこのくらいで勘弁してやろう(第三者視点)

 アイギスが無の大地にたどり着いた頃、その気配を感じ取った者がいた。


「グルルルルルルルッ」


 その者とは獣の山の主。縄張りに入った者をすぐに殺すと言われる獣の王である。しかし、彼としては殺そうと思っている訳でなく、彼自身が強すぎて、人間が脆すぎるがゆえに、ちょっと威嚇しただけで死んでしまうというのが現実だった。


 彼はまたぞろ欲深い人間の一人がやってきたと呆れ気味に呟いては、山の頂上で再び丸くなって二度寝を決め込む。


 森に行くか、山に来るか分からないが、すぐに死ぬと思ってその時は気にしなかった。

     

「グルッ!?」


 しかしその日、自身にも匹敵する存在が突如として現れ、その気配に体を起こして無の大地を眺めると、空まで水が吹きあがっているのが見えた。


 おかしい。


 あそこには水源などない。それどころか地面は唯々まっさらな平地のはずだ。あの平地は自分でも穴は掘れない。にもかかわらず、水が噴き出している。


 そして、そこには高位古代竜と呼ばれる存在が居るのが見えた。その竜も人間同様にその場にとどまるらしく、山の王は少し新たに訪れた人間に興味を持った。


 その人間は、普通の人間なら入れば死ぬはずの深淵の森に入っただけでなく、平気な顔をして戻って来たと思えば、そのまま無の大地での生活を続けるようだった。街に逃げ帰る様子もない。


 獣の王はアイギスが何もない土地に本気で住むつもりであることを理解した。


「グォ!?」


 さらに翌日。朝起きて無の大地を確認することが日課になりつつある獣の王は、昨日は確実に存在していなかった大樹に目を丸くして驚きの鳴き声を上げる。


 最近やってきたばかりの人間によって無の大地がどんどん変化していく。自分が獣の山に君臨するようになってからは一切変わりのなかった無の大地の変化。これは信じられない出来事を見る思いだった。


 ただ、無の大地に住むことにしたらしい人間が一向に自分の所に挨拶にくる気配がない。


 アイギスが住む無の大地と獣の山は隣り合っている。と、いうことは獣の王である彼とはお隣さん。引っ越してきたのなら挨拶に来るのが筋と言うもの。


 ご近所づきあいも出来ない無礼者。これは直々に赴いてその驕り昂ぶった性格を叩き直してやろう。


 獣の王はそう思った。


 山の主は、竜もアイギスも寝静まる夜にその拠点に奇襲をかけて脅かしてやることに決める。


「グォオオオオオオオオオンッ!!」


 主は山の獣たちに少しだけ縄張りを離れることを伝え、無の大地に向かって駆けだした。十メートルはある巨体と、獣の王であるだけあって、そのスピードは馬車などとは比べ物にならないくらいに速い。


 ものの数分で山の頂上から麓までを駆け下り、無の大地に足を踏み入れる。それからさらに一分もしない時間で、気づけばアイギスの拠点へとたどり着いた。


「グオンッ」


 ここがあの人間が住み始めた場所か……。


 山の主はアイギスが住み始めた場所を見回して呟く。


 バカな……!?


 そこにはソフィが初めて見た時と同様に、山の主にとっても信じられない光景が広がっていた。


 誰も破壊できないはずの地盤が割れ、地面から湧き出しているだろう泉に、聳えたつ大樹。その泉から海に向かって水路が伸びていて、近くには畑らしき耕作地まであった。


 しかもたった数日と言う期間で。


 それは余りにもありえない大事件である。


「グォオオンッ」


 そしてその所業を目の前のこんじまりとした小屋に住んでいる人間がやったというのだ。


 ただ、自分が出来ないことを成し遂げた人間にはあまりに不釣り合いな建物。こんなみすぼらしい建物に住んでいる人間に負けたなど思いたくはない。なんだか腹立たしくて破壊してやることにする。


「グォオオンッ」


 この小屋を壊してやれば、人間も反省してもっときちんとした建物を建てるに違いない。


 そう考えた主が前足でその小屋を殴る。


―バキッ


 殴った瞬間に辺りに乾いた音色が響きわたった。山の主は家に亀裂が入った音だと確信する。


「ギャオオオオオオオオオンッ!?」


 しかし、なぜか手の先がジンジンするので、恐る恐る手の先を見ると、変な方向に曲がっていて、自覚すると共に痛みで大きな声が出てしまったのだ。


 ただ、仮にも獣の王。痛いなどと言う訳にもいかない。


「グォオオオッ!!」


 めげずに攻撃する獣の主。ドンドンドンと何度もその攻撃を受ける小屋。絶対壊してやるという気持ちで殴り続けるが、何度攻撃してもダメージを受けるのは自分自身。


 目の前にある小屋には傷一つ着くことなく、徐々にその勢いは衰えていき、しまいには止まってしまった。


 山の主の両前足からは血が滲み、指が変な方向にひしゃげてしまい、可笑しなことになっている。


「グォオオオンッ!!」


 今日の所はこのくらいで勘弁してやろう。


 家を破壊するどころか、逆に自分が手痛いダメージを受けただけだったのだが、どこかの三下のようなセリフを吐いて、獣の王は山へと帰った。


 「んあ?何か大きな気配が近くにいたような?……気のせいか……」


 獣の王が帰った直後、ソフィが目を覚まして上体を起こして辺りを見回すが、特に何も感じなかったので再び眠りについた。

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