第057話 近年稀に見る変わり身の早さ

 チキンバードを怯えさえないようにこっそりと少し離れた場所から様子を窺っていた俺達だが、方針が決まった。


 しかし、餌付けをするにしても逃げられてしまっては元も子もない。


「俺が正面から行くから、チャチャとソフィは逃げられないようにあっちとあっちに回り込んでくれ」

「よかろう」

「ニャニャ!!」


 ソフィとチャチャに指示を出してチキンバードの逃走経路を塞いでもらうことにした。二人は俺の指示を聞いて引き受けると、各々目的の場所に向かってひっそりと別れてチキンバートを囲むように回り込んでいく。


 幸いにしてチキンバードは危機意識が低いのか、泉に夢中になっているのか分からないが、俺たちに気付いている様子はない。


 ソフィたちが回り込むのを待ち、ソフィが持ち場に付いたのを確認すると、俺は正面からチキンバードの方に近づいていく。それに合わせてソフィも同じように泉に近づいていった。


「コケーッケッケッ!!」

「コケコーッコッコッ!!」

「コッケッケーッ!!」


 泉まであと五メリルほどのところでチキンバードたちが俺たちに気付いた。しかし、彼らは逃げることも、威嚇することもなかった。


 それなら何をしたのかというと、羽で器用に俺を指して見下すように笑っていた。

 確かソフィは臆病だと言っていた気がするんだが、気のせいか?

 それにいったい何がそんなにおかしいのだろうか。


「おい、お前達。おれの牧場に来ないか?」


 俺はよく分からなかったのでとりあえず勧誘してみる。


「コケ?」

「コッケケケコ?」

『コッケーッケッケッケッ!!』


 こいつ何言ってんだ。

 バカじゃねぇか?

 行くわけねぇだろバカが(嘲笑)


 ということを言っているのがまるわかりのように俺を小ばかにする。


「ほほう。どうやら痛い目を見たいようだな」

「コケ?コケッコケッコー!!」


 俺が少し威嚇するように彼らに近づきながら指を鳴らすが、全く効果がなく、出来るもんならやってみろ、と言いながら尻を突き出してたたいて挑発してくる。


 どうやら相手もそのつもりみたいじゃないか。

 ははははっ。受けてたとう。


―トンッ


 しかし、俺がチキンバードを懲らしめようと思って彼らの下に歩いていると、突然何かに阻まれるように見えない壁にぶつかった。


『コケケケケケケケッ!!』


 その姿を見るなりチキンバードたちはさらに俺をバカにするように笑いあっている。


「なるほど。そういうことか」


 チキンバードは本来とても臆病だという話だ。


 しかし、ここにいるチキンバードの中に、守りや回復を得意とする僧侶や神官と呼ばれる役職に相当する探索者が得意とする、悪意のある者や攻撃の侵入を防ぐ結界を使える個体がいた。


 おそらくその個体が結界を張ることで今まで外敵に侵入されるということがなかったのだろう。だから、ここにいるチキンバード達は警戒心が低いどころか、自分たちが絶対的な安全圏にいるものとして、捕食者が絶対に自分たちを食べることはできないと高をくくって調子に乗っているということだ。


 確かに結界はモンスターは侵入できないし、攻撃も防いでくれるが、それはあくまでその結界を張っている者の技術や魔力量に比例する。だから、敵がその結界を張っている存在の技術や魔力量よりも強い力を持つ者や衝撃が加われば破られてしまう。


―パリーンッ


 俺がグッと少しだけ力を入れて踏み込めばあっさりとその見えない壁は、ガラスの割れるような音とともに消え去った。


『ギョエッ!?』


 今まで出したことのないような声でチキンバード達が鳴いた。


「コケェエエエエエエエエエッ!!」


 しかし、その中の一体がすぐに我に返ったのか、大きな鳴き声を上げ、体を光らせる。すると、その体から半透明の幕のようなものがドーム状に広がり、彼らを包み込んでいく。


 どうやら再び結界を張ったらしい。


―パリーンッ


 しかし、それもむなしくその結界はすぐに割れてしまった。ただ、それをしたのは俺ではなくソフィだったが。


「何か、壁のようなものを感じたが、気のせいか?」

「おそらく結界を張っているらしい」

「ほほう。チキンバードが結界を張るとは珍しい」


 奥からやってきたソフィが首をひねっているので、俺が推測を話すと彼女は興味深そうに目の前にいるチキンバード達を見つめた。


 彼らは別方向からも外敵がやってきたことで身を寄せあって守りを固めている。その上、一匹だけでなく、何匹も光はじめ、いつ層にも重なる結界を構築し始めた。


 数十羽ものチキンバードが全員で結界を張ることができるなら確かに危機察知能力が低くなってしまうのも無理はなさそうだ。


―パリーンッ


「ニャーンッ。じゅる」

『ギョッ!?』


 さらに結界を破り、自分たちの聖域とも呼べる場所に入ってきた猫を見た途端、彼らはさらに驚愕を顔に張り付けた。その猫はチャチャ、チキンバードが美味そうなのか、涎を垂らしている。


 それが彼らの恐怖を助長してしまったらしい。


―パリーンッ

―パリーンッ

―パリーンッ

―パリーンッ

―パリーンッ

……


 俺たちは三方向から徐々にチキンバード達に近づき、逃げられないように包囲した。


「どうだ?このモロコシーを毎日たらふく食べさせてやるから、ウチの牧場にきてくれないか?」

『コケッコーッ!!』


 びくびくと怯える彼らに、俺はできるだけ優しい声と表情を意識してモロコシーを差し出す。


 チキンバード達は、先ほどまで俺たちを小ばかにしていたとは思えないほど従順な様子で、まるで上官に従う一兵卒の兵士のように礼を取って牧場にくることを了承してくれた。


 俺はその変わり身の早さに若干呆れるとともに、彼らをモフモフできる未来を想像して満足するのであった。

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