第022話 助けた亀(色だけ)に連れられて……

 奥に進むにつれ、先程までとは打って変わって静かになっていく。


「この先に何があるんだ?」

「キュイッ」


 ドライアドに尋ねたが、振り返る彼女の言葉が分からず、何を言っているのか分からなかった。


 ただ、俺の袖を引っ張って付いてこいと言っていることは分かるので、俺とソフィーは手を繋いだままドライアドの後を付いていく。


 動物もいいけど、こういう可愛らしい生き物がウチの牧場に居てくれるのもいいなぁ。


 俺は時折俺達の方を振り返りながら、付いてきているか確認するドライアドを見てそんなことを思う。


「虫の気配が完全に感じなくなった」

「本当か?この森の中では我の感知も働かぬ故分からぬが、お主がそういうのならそうなのだろうな。この森の中で我の感覚は当てにならぬ」


 辺りからさっきまで俺達を襲ってきていた虫の気配が完全に消え去った。俺の言葉にソフィが苦笑いを浮かべて返事をする。


 霧の中ではドラゴンも迷うって言ってたもんな。

 それは方向感覚だけでなく、探知能力にも影響を及ぼしているのか。

 こういう時は俺が出来るだけ警戒した方がいいだろう。


「この先に何か大きな気配がある」


 神経を研ぎ澄ませると、進行方向に大きな力をもつ何かが居るのが分かる。俺が感じる限り、悪い気配は感じない。


「もしかしたらドライアドの幼生体が上位の精霊に命令を受けている可能性も十分にあり得る。気を付けよ」

「了解」


 俺の言葉に、ドライアドが俺たちを嵌めようとしている可能性はなくなっていないと警告するソフィ。


 確かにその通りではあるが、仮に罠が待ち受けていたとしても注意する以外に何が出来るわけでもないので、気を付けながら進んでいく。


 それから数分ほど歩いた所で、急に視界が開け、草原が目の前に現れた。


 周りを森の木々に囲まれていて、太陽の光が射し込み、先程まで日の光も射さないような深い森のいたので、その光がひどく眩しい。


 今の今まで確かに森の中にいたはずなのにどうなっているんだ?


 眼前の光景に、俺は頭に疑問が浮かぶ。


「おっ。霧がなくなったではないか。それに、ここでは我の探知も働くようだぞ?大きな気配はあの真ん中に立っている大樹から発せられているようであるな」


 草原に出るなり、ソフィがハッとした表情になった後、辺りをキョロキョロと見回してから、少し先に聳えたつ大木を見つめながら述べた。


「そうか。それならもう大丈夫だな」


 ソフィの目から見て霧が晴れ、探知が正しく働いているようなので、俺はソフィの手を離した。


 視界が開け、探知ができるようになったのならいつまでも手を繋いでいる理由はない。少し慣れたとはいえ、繋いでいるとドキドキすることに変わりはないからな。いつまでも繋いでいるとこっちの心が持たない。


「あっ……」


 手を放した途端ソフィが悲し気な声をあげる。


「どうかしたのか?」

「い、いや、なんでもない」


 俺は何かやってしまったのかと、気になってソフィの方を向いて尋ねるが、ソフィーは首を振った。


 なんだか右手がスース―する。


 ああ、そうか。ずっと手を握っていたから、二人の体温でかいていた汗に風が触れ、冷たさを感じさせているのか。


 風が通り抜けていく感覚が、少しソフィの手の名残惜しさを感じる。とはいえ、今から何の必要もないのに再び手を握るのは難しい。


「キュイッキュイッ」


 俺がソフィの手の感触を思い出していると、ドライアドが俺達を呼ぶように少し先で飛び跳ねながら鳴いて俺たちを呼び寄せる。


「今行く」


 俺はドライアドに返事をした後、俺は頭を振り、手のぬくもりの恋しさを振り切って大樹を目指して歩きだした。ソフィは何も言わず俺の後を付いてくる。


「こりゃあデカいな」

「うむ。しかし、これほどの存在にしては弱っているな」

「やっぱりそうなのか……」


 大樹の許に辿り着くと、その木はとんでもない太さだった。人間が何十人も集まって手を繋いでようやく一周できる程だ。


 しかし、それほどの大樹にも拘らず、葉は既に全くなくなっており、枯れ木のような状態になっている。確かに見た目からして元気とは言い難い状態だった。


 それでもその存在感に圧倒される程だ。


「キュイッ」


 俺達が大樹を見上げていると、ここに連れてきたドライアドが木のすぐ目の前に立ち、一声鳴いた。


 すると、その姿が光り輝き、その形と大きさを変えていく。


 光が、人型、それも大人の女性の体形へと変化し、その光がガラスが割れるように消え、緑で統一され、植物があしらわれた服を纏う美しい女性が現れた。


「バカな!?最上級精霊だと!?」


 その姿を見るなりソフィーは驚愕する。


「最上級精霊?」

「そうだ。精霊の中でも最も力のある者で、人の姿をとり、実体を持つと言われている。その力は我にも匹敵する。しかし、人前に姿を現すことは滅多にないはずなのだがな」


 俺が聞いたことのない名称に首を傾げると、ソフィーが驚きながらも丁寧に説明してくれる。


 なるほど、分かりやすい。


「その竜の言う通りです。私は木の最上級精霊のシルと申します。優しき人よ」


 ドライアドだった彼女が、俺に自己紹介をしながら丁寧にお辞儀をした。その所作はまるで貴族のように気品に溢れている。


 お辞儀の後で見せた彼女の顔には慈愛に満ちた笑顔が浮かんでいた。

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