離婚された侯爵夫人ですが、一体悪かったのは誰なんでしょう?

江戸川ばた散歩

第1話 離婚された侯爵夫人は語る(1)

「頼むマゼンタ、離婚してくれ。生活の方は保証する。だがもうお前とは一緒にやっていけない」


 そう、旦那様であるダグ・セブンス侯爵に、私が、テーブルに額を押しつけるようにしてまで頼まれたのは、三日前のことでした。

 今、私は、セブンス領内の別邸に移され、そこでぼんやりと、窓の外を眺めています。

 外は、良い日差しです。

 良い景色です。

 緑が、豊かです。鳥の声も、穏やかに聞こえます。

 でも、どうしてもわかりません。

 どうしてこうなったのでしょう。



 私とセブンス侯爵は十年前に結婚して以来、ずっと穏やかに暮らしてきました。


 私はもともとは侯爵の従姉妹の家庭教師でした。

 とはいえ、平民ではありません。

 子爵家の娘です。

 ただ父が資産をすっかり使い尽くしてしまったため、私や兄はそれぞれ仕事を見つけていかねばならなかったのです。

 生まれた時には大きかった家も、私達が大きくなる頃には売られ、使用人も全て解雇され、小さな家にひしめくようにして暮らしていました。

 兄が結婚してからは特に、私の居場所は無くなり、住み込みで働くことができる仕事を探しました。

 ですが、一応貴族の子女ということでできる仕事は限られています。

 その一つである家庭教師として、セブンス家の親戚であるリナイン侯爵家に勤めることとなりました。

 お嬢様達はとても元気でした。

 元気すぎる程でしたので、私は何かと苦労しました。

 ですがそれだけに、やりがいはありました。

 時々母から仕送りの催促もありました。

 兄に子供ができたから多めに支度金を送れ。

 今月はパンの価格が上がったからもっと多く送れ。

 毎月の様に何かしら理由をつけ、母は私が決めた仕送り額より多い金額を要求してきました。

 私は仕方がない、と送りました。住み込みで食事もついていたから良かったものの、服の一つも新調できない日々が三年ほど続きました。


 やがてこの家のお嬢さん方が、充分な教養を得たということで、次の家に紹介なり、もしくは少々の年金をもらって立ち去るなり、選択を迫られることになりました。

 そんな時、セブンス侯爵の若い当主が、私に結婚を申し込んできたのです。

 たびたび来る中で私のことを見初めたのだということでした。

 私も彼のことは憎からず思っていたので、勿体ないと思いつつ求婚を受けました。


 引退した先代侯爵もその夫人である母君も、本当に優しいいい方々です。

 ただ、この家でただ一人、私にとって理解不可能なひとが居ました。


 彼の妹です。


 エレネージュという名で絵描きとしても有名な女性で、離れにある彼女のアトリエには、常に色んな人々が入れ替わり立ち替わりやってきていました。

 男女が昼夜問わず、芸術談義に花を咲かせていたようです。


 絵だけではありません。

 音楽や彫刻の方面で名を上げている人々が、何かと彼女のところへ集まっていたようです。

 一度二度、用事があって、離れに赴いた時は、大きな壁にどれだけの彩りの花を咲かせられるか、というのがテーマだったらしく、筆を走らせる者、壁に鑿を入れる者、それに合う音楽を作るべくピアノに向かうもの、皆がそれぞれのことを無言でやっていて、一種異様でした。


 その時私は差し入れを持ってきたのですが、その中でも何とか気付いた一人が私の手からありがとうと差し入れを受け取ってくれました。

 けど私は固まっていました。

 その一人、――男性ですよ――上半身裸だったからです。

 いえ、絵具がつくから、という意味もあったかもしれません。

 ですが女性も居る中でそれはどうなのでしょう。

 エレネージュ自身は男もののシャツをまとい、上のボタンは外し、腕まくりをしていた状態なのですが。

 そんな目で見てしまう私が悪いのでしょうか。

 いいえそんなことはありません。

 私は旦那様の従姉妹達にお作法も教えていたのです。

 彼等の様な振る舞いが常に許されるなら、お作法など何の役に立ちましょうか。


 エレネージュ自身はと言うと、彼女も場によって使い分けているとのことです。


「何もいつもこんなことしている訳ではないわ。それに宮廷に出る時とかにはちゃんとわきまえているもの」


 どうでしょう。

 普段の行動はおのずと出てしまうものです。

 私はそういったことがあってから、離れには近寄らないようになってしまいました。

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