ギルドへ登録

「はい、モダン町への馬車ですね、午後には出発ですのでお待ちください」


 馬車の席を二人分借りて次の町への切符を買った。この村に残りたいかといえば無理そうだった、それなりの俺の悪評が立っているので見知らぬ町へと経歴ロンダリングをするために移動することが決定した。


 ファルは文句の一つも無く移動に賛成してくれた。そもそも俺についてくる必要すら無いと言えるのだが、俺の召喚で出てきたということで『召喚獣の面倒を見るのはマスターの義務』と言われ、否応なく旅を一緒にすることになった。


「さて、午後にはこの村を出るわけだが」


 ファルはポカンとしている。俺は村を出る前にやっておきたいことがあった。


「ファルの名義をギルドに登録するか」


「へ? 私ですか?」


「そうだよ、登録しておけば身分証代わりになるしな、それに……いや、何でもない」


 ファルは俺を穿った目で見る。金髪がふわりと風に揺れた。


「マスターは私に何か隠してますね?」


「それは……いや、まあ言っておくのがパーティだな」


 俺は一呼吸置いてから言った。


「ここで登録すれば町で登録する必要が無い」


「それに何の意味があるんですか?」


「俺にパーティメンバーが居るなんて疑われることが間違いないからな。ここで登録して依頼を受ける前に町に行けば詮索するやつはいなくなる」


 ファルは楽しそうに俺の言葉を聞いてから言った。


「マスターはパーティメンバーが居るだけで疑われるほど信用が無いんですか?」


 はっきり言ってくるやつだ。だがまあ事実なので俺は頷く。


「ああ、俺の悪評からして噂が立つのは避けたい。悪評が立っているところで登録するのはまっさらな履歴で登録するのより疑念があまり無く受け入れてくれる」


「つまりは元々悪評が立ってるなら少々奇妙に見られても平気というわけですね」


 物わかりのいい子だとは思う。立つ鳥跡を濁さずという言葉があると聞いたことがあるが、どうせ濁りきった足下なら派手に水をぶちまけながら去って行っても気にする人は居ないだろう。


 そして俺たちはギルドへ向かった。俺のことを知っている人間は好奇の目を向けてくるが、あと数刻後にはこの村を去ることを考えれば気にしてもしょうがない。無視してギルドの扉をくぐる。


「いらっしゃいま……ええと……何のご用でしょうラックさん……」


「登録をしたい、共通ギルドにこの子の情報を登録してくれ」


「へ!?」


 ファルの方を見てポカンとしていたかと思うと頷いて申請書を出してきた。


「何処であんな可愛い子を見つけたんですか……?」


 こっそり書類を受け取ろうとした俺に話しかけてくる。召喚で出てきたといって信用されるだろうか? 無駄な話はしたくないので書類を受け取ってファルに渡す。言語は召喚時に精神改変で理解できるように変換されている。


「あなた……随分な扱いのようですね」


 ファルが俺に三白眼を向けてくる。


「しょうがないだろ……俺に信用は無いんだよ」


「それで……お二人の関係は?」


「付き合うことになりました、ファルです。よろしく」


「へっ!?!?」


「え!?」


 受付の子も俺も盛大に驚く。何を言ってるんだ?


「ちょ……ファル、あんまり目立つことは……と言うかなんで付き合ってることになるんだよ……」


 ファルに耳打ちすると俺にこっそりと意図を返してくれた。


「付き合ってるってことにすれば一緒にいてもおかしくないでしょう……? それとも……私が無理矢理貴方の戦いに付き合わされているって話した方がいいですか……?」


「いや……それは……」


「あのー……ファルさんですか? この方は戦闘スタイルがかなり独特なのですが……ご存じですか?」


「ええ、私は問題無いと思いますからね。大体戦闘に付き合うのでは無く男女の付き合いなら戦闘スタイルなど関係ないでしょう?」


「え、ええ……そうですね……」


 今にも崩れそうな笑顔をなんとかこちらに向けて保っている受付さん。混乱を招きそうなので事情について話すのはやめておいた方が良さそうだ。


「ではこちらに血判をお願いします。親指のものを一つで結構です」


「はい」


 躊躇無く自分の指をナイフで切るのを見て、ファルはそういったことに慣れているのだろうとあたりはついたが、それを深く追求するのはやめておいた。多分デリケートな事情なのだろう。


「はい、では署名をお願いします……はい、これで結構です」


「で、ではこちらでクエストを受注なさるのですか?」


「いいえ、私たちはもうじきここを去りますのでお気になさらず」


 コクコクと頷いて面倒事から逃げられるのを心底感謝している顔をして俺たちを最後まで笑顔で見送ってくれた。物わかりのいい人でよかった。


「では行きましょうか、ラック」


「そうだな、行こうか」


 ファルは可愛いのでギルドで絡まれるかとも思ったが、俺に関わるリスクを考えて皆遠巻きに見ているだけだった。俺の召喚で神話世代の魔物でも出てきた日には辺り一面が滅んでしまうからな。百パーセントそうなるわけでは無いが、リスクをとってまで一人の少女に絡もうという度胸のある人は居ない様子だ。


「しかし、こちらでは随分と身分証が楽に手に入るんですね」


 ギルドでもらったカードを目の前にかざしながらそう言う。


「まあ冒険者なんて何か事情のある人間の集まりみたいなものだからな、血の繋がりとか調べたら思わぬ所に繋がったりしちゃうんだよ……貴族とかな……」


「貴族が冒険者なんてやるんですか?」


「余裕があるところはしないんだがな、食い詰めているか旧貴族の所に外れスキルを持って生まれたら放逐されることもあるんだよ、全部闇に葬るからギルドへも関わるなってお達しが出てるんだ」


「ふーん……」


 なんだかしみじみとその説明を頷きながら聞いて俺の方を向くファル。


「でもこれで私も立派にこちらの住人ですね!」


「冒険者は立派な身分じゃないがな……」


 俺は苦笑して答えた。魔物相手に人海戦術に使われるような人材だがそれでも住人は住人だ、最低限の権利はある。


「ところでこのギルドカードは越境しても使えるんですか?」


「ああ、通信魔法でギルドの統括をしているところで管理をしているからな。地方から王都まで何処で登録しても問題無いんだ」


「へー……便利なものですね……ところで……」


「なんだ?」


「私の種族とか記入されていないんですが、こちらでは種族でああだこうだとは言われないんですか?」


「ああ、まともな職に就くんだったらエルフだのドワーフだのもちろんフェアリーだのといったことも問われるんだがな……なにしろ冒険者だ、まともな職で生きていけない食い詰めものの集まりだ、全員が種族にせよなんにせよ事情を抱えてるんだ。だからその辺を細かくいうと全員に問題が出るからな、その辺は緩いんだよ」


「なるほど、ねえラック?」


「どしたー?」


「私を召喚してくれてありがとう!」


 心よりの感謝をしている顔で俺の方に笑顔を向けるファルに、俺はやけになって召喚したら出てきただけだ、とは言えなかった。

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