女の子(フェアリー)が出た

「クソが……何で俺は昨日酒を飲んだんだ? 路銀が不足する事なんて当たり前だろう……」


 そう独りごちたところで俺にはどうしようもない。一番近い町であるモダン町までメルク村から金貨一枚だ。昨日エールを飲まなければ、もしも今朝の朝食を断っていたら、あるいは値切ることが出来たかもしれない。しかし昨日の一件は村から見てもドラゴンの出現という大層な出来事であり、みんなが俺を白い目で見ていた。あんな状況で値切りの交渉など無理だ、雰囲気が最悪にも程がある。


 もしかしたら召喚を繰り返して当たりを引いたらそれで脅すことも出来たかもしれない、しかし一回目の召喚でザコを引いたなら周囲からリキャストを止めるために総攻撃されるだろう。


 そんなわけでギルドで比較的コスパのよい『ゾンビドッグ討伐依頼』を受注して郊外の墓場にいる。瘴気がたまってアンデッドが出現しているらしい。出来ることなら捜索したが対象に出会わず前金だけもらって帰りたい。


 あるいは俺がもう少し品行方正だったらもう少しマシな魔術の先生くらいの職にありつけたかもしれない。召喚士にもちゃんと魔力はある。それも昨日のアレで全ておじゃんだ。


「大体あの村の料理が美味いのが悪いんだよ……」


 村に始めについたときに食堂に寄った。俺は新しいところに着いたときはそこの名物を食べることにしていた、それで大体の町なり村なりのレベルが分かる。美味しいというのにもいろいろあるが、大抵美味しい理由は二つ、『手間をかける金がある』か『高品質な食材の入手経路がある』かのどちらかだ。


 そこで食べた揚げパンというシンプルな料理がとても美味しかった。ただのパンに見えるのだがそれを豊富な油で揚げて貴重な砂糖がまぶしてあり、非常に俺の空腹に満足感を与えてくれた。そして俺はギリギリ隣の町くらいまでは行けるはずだった路銀を使い果たして食べていた。


 どのみち依頼は受ける気だったのでそれは構わない。しかし『ソロで』受けるのは非常に気が進まなかった。俺の戦闘スタイルは大きく守ってくれる仲間に依存している、単独で受けると初回で当たりを引けなければリキャスト出来るまで逃げ回るしかない。体力の無い俺には少々辛いものがある、しかも魔物は大抵身体能力に優れている、勝ち目は薄かった。


 この依頼の報酬は金貨二枚、一人頭の取り分で言えば昨日もらえる『はずだった』金額と変わらないが、昨日は五人パーティ、今日はソロ。難易度はその分しっかりと下がっているが、仲間のいない戦いはあまり好きではない。


 こんな事を考えていると昨日のさげすんだ視線が浮かぶが決して俺は失敗率が高いわけではない。大抵召喚した魔物に四苦八苦させられている。自由意志を持った魔物の召喚ほど不自由なこともないだろう。普通の召喚魔法なら召喚獣の統率をとることは基本だ、呼び出し死ぬ気で戦わせ、用が済んだら帰還魔法を使う。


 俺にはただそれだけのことが出来なかった。当たり前に出来ることが出来ないため、金銭での交渉になることが多い。召喚した対象に交渉をする、そう、土下座だ。


 俺の名誉のため、決して依頼自体の失敗はほぼ無い。数回も召喚すれば敵より強い何かを召喚できる。そして問題である帰還していただくために覚えた東方の国の技術が土下座だった。伝わる噂によれば額を地面にこすりつけることにより相手に譲歩を引き出すことの出来る交渉テクニックだと教わった。コレを教えてくれた剣士には今でも頭が上がらないだろう。


 恥などと言うものはとうに捨て去った。生き残るのを最優先にするためにプライドも金銭も捨て去って依頼をこなしていく。町なり村なりを去るときのお決まりに言われる言葉が『成功はされてるんですけどねえ……』だった。


 成功しても赤字になっては、なんのために命をかけたのか全く分からない馬鹿げた事態を数回も引き起こせば俺の居場所はなくなってしまう。そのため俺は定住地を持たない流れ者になった。


 そして寒空の下で俺は遠くに見える肉の腐った犬を眺めている。


「やっぱ居るよなあ……」


 目撃例のある魔物は大抵見間違いなどということはない。ギルドの依頼をするための前金だって金がかかる。どうしようもない事態にでもならないとギルドに依頼などせず自分たちでの駆除を試みる。つまりコレは失敗した結果流れてきた依頼だった。


「もうどうにでもなーれ! 『サモン』」


 光の奔流が迸り俺は渋い顔になってしまう。違う、ここで欲しいのはこんな上位の召喚獣ではない、大トカゲ程度で役をこなしてくれるんだ。間違って精霊なんて呼んだ日には帰還魔法を使うための交渉は難航を極める。頼むから適当に光るだけのザコであって欲しい。


 そして眩しい光が収まったあとに存在したもの、それは『少女』だった。


「え!? あれ!? 私は?」


「危ない!」


 俺はなんとか一匹の魔物のかみつきを落ちていた木の棒を口に突っ込んで止める。なんだか分からないが外れだったらしい。リキャストまで二十五秒、なんとか食い止めないと……


「え? 貴方は一体?」


「それはいい! 離れてろ!」


「ふぇ? ああ、その犬を倒せばいいんですか?」


 自分の状態がゾンビドッグに襲われていると気付いたのだろう、少女は手のひらに杖をひゅんと出現させ、そのロッドから光をまき散らしてアンデッドを一体も残すことなく消し去った。


「なにが……?」


「ふぅ、貴方が今の召喚陣を出してくれたんですか?」


 よく分からないがこの子が俺に召喚されたことは事実らしい、しかし人間を召喚したなど聞いたことが無い。


「君は一体……?」


「自己紹介がまだでしたね、私はファルです、名字はありません」


「え!?」


「自己紹介ですよ?」


 俺はつられて自分のことを話す。


「俺はラック、召喚士だ」


 少女は俺をしげしげと眺めてから笑った。


「ははは……なるほど、私が召喚されたんですか! 笑えますね……人間扱いされないと思ったら今度は召喚獣扱いですか、我ながら笑えますね」


 少女の目には涙が浮かんでいた。とにかく討伐は終わったのでこの子には穏当に帰ってもらうために交渉をする他ない。


「ごめんなさい! すぐに元の世界に戻すので許してください!」


 俺はいつもの土下座をしながら許しを請う。ここから金額の交渉になるだろうか、出来ることなら安くあげたい、少なくともあんな高度な魔法を使う人間に支払う対価など持っていない。前金の金貨二枚ではとても足りない。


「もとに? 許して? もしかして貴方は召喚士なのに帰還魔法を使えないんですか?」


 俺は情報公開は惜しまない。帰還が双方の合意があって初めて成功するということを伝えて払うものは払うので帰って欲しいと頼み込んだ。


 顔を上げると少女……ファルはとても愉快そうな笑みを浮かべていた。


「なるほどなるほど、つまり私が帰ろうとしなければいいと……地獄に仏とは何処の言葉だったでしょうかね……」


「?」


 俺はさっぱり状況が分からず困惑した。


「私は帰る気はありません。貴方が帰還魔法を自由に使えないなら私はここに居座りますよ」


 堂々とそう宣言したのだった。


 ひとまず村の俺がとっている宿に戻った。彼女を帰還させるにせよさせないにせよギルドに突然今まで居なかった女の子を連れて行ったら困惑させることは間違いない。とりあえず状況を整理しよう。


「それで……ファルちゃんだったかな?」


「そうですよ、私がファルちゃんです!」


 調子が狂うな……


「それで帰還魔法を使わなくていいってホントか?」


 今まで帰還をさせなかった召喚獣は確かにいる。先日ウォーウルフの胃に収まったスライムなどだ。要するに死んでしまうと帰還も何もなく消滅してしまう。


「ええ、ここは私の居るべき世界のようですしね、ところでフェアリーってご存じですか?」


 唐突な質問だったが俺は答えた。


「ああ、森の奥深くに隠れ住んでいるとは知っているが……」


「あなた、人間は召喚したことが無いんでしょう?」


「無い……な」


「私はファル、ハーフフェアリーのファルです」


「ハーフ? フェアリーとの?」


「そーですよ、多分私が人間じゃ無いから呼べたんでしょうね」


 なるほど、確かに純粋な人間で無ければ召喚魔法の対象なのかもしれない。前例こそ少ないものの、王立軍では最高位召喚士が天使と人間のハーフを召喚したと噂が流れていた。アレが本当だったとすればあり得ることだ。


「ところで、『居るべき場所』っていうのはなんだ? 帰りたくはないのか?」


「帰りませんよ、あのクソみたいな世界にはね。知ってますか? 純血種以外が全て迫害されるような世界ってあるんですよ?」


 ファルは目尻に涙を浮かべながらも笑いながらそう言った。深く訊くのは気が引けたのでそれはそれでいいという事にした。


「ところで君はこれから生きていくあてはあるのか?」


「ファルと呼んでくださいよ、君とか言われると名前で呼ばれなかったのを思い出すんですよ」


「ファルはどうやって生きていこうとか考えてるのか?」


「さあ、少なくとも貴方が私を忌避しなかったって事は少なくとも迫害されるわけでもなさそうですしね。ところで貴方はどうやって生きてるんですか? 謝罪芸ですか?」


 辛辣なことをいわれるものの日常茶飯事なので気にもならない。


「俺は冒険者として魔物を狩ったり素材を採取したりして日銭を稼いでるよ。もっとも、このスキルのせいでロクに稼げないんだけどな……」


 大体察してくれたようで慈悲深い目をこちらに向けてきた。


「ラック、あなた、戦力は欲しくないかな?」


 それは俺にとっての恒常召喚獣が一つ増えるという宣言だった。

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