コミッションズレポート

天酒之瓢

依頼1 『ラビットダンス』


「さぁやってまいりましたアニマボット・グランドサバイブトーナメント! 堂々の決勝戦は奇しくもラビットランナー同士の戦いだァ! 勝負の行方を左右するのは装備選択とAIの度胸! 魅せてくれよウサギちゃんたちィ!」

 大仰なアナウンスが人影のないビルの谷間に響き渡る。戦闘の舞台として建てられたこれらのビル群は、既に何度かの使用を経てずいぶんとくたびれていた。

 剥がれて穴だらけのアスファルトをリズミカルな蹴り音が打つ。ぴょんぴょんと愛らしい動きを見せて走る動物を模した兵器――それがアニマボット・ラビットランナーたちである。

「😆😆😆」

 軽量小型のボディに搭載された人工知能は既にアッツアツ。全力稼働した冷却器の排気を鼻息よろしく勇ましく吹きだし、機械のウサギたちは戦場を駆ける。

「😎😜😁」

 三機編成のチームのうち特に長い耳を持つスカウトタイプ、スカウトスリーからさっそくのご機嫌な報告――敵さん足音丸聞こえ。

「😄😄😄」

「😄😄🤪」

 チームチャットにスタンプを打ち返しながら残る二機が跳ねた。

 先頭を進むのは隊長機であるリーダーワン。耳を翼よろしく左右に広げ、丸っこいお尻からつきでた排気ノズルが炎を吐き出す。ジェットタイプである彼の身体が大空へと舞い上がった。彼はビル街から一気に上空へと飛び出して、報告にあった敵の姿を捉えようとして。

「😶😲😱」

 そこにあったのは一直線に空へと伸びる軌跡。何が飛んでいる? それは砲弾です。

 リーダーワンからの悲鳴じみた警告はちょっとばかり遅かった。たたらを踏んだスカウトスリーの眼前に榴弾がコンニチワ。大爆発がアスファルトと一緒くたに彼をふっ飛ばす。憐れスカウトスリーはビルにめりこみ目を回すはめになった。

「😬😬😬」

 慌てて機首を返そうとしたリーダーワンだったが、鼻先を掠めた銃弾に急制動をかけさせられる。今の角度、発射元は地上からではない。そんな彼の予想を裏付けるようにビル街に爆音が木霊した。林立するビル群の合間から顔を出す機影。自慢の耳を回転させながら空を飛ぶ――ヘリコプタータイプ! リーダーワンのようなジェットタイプに比べて最高速で劣るが小回りでは圧倒する。近寄られた時点でアドバンテージはないも同然だった。

「😱😱😱」

 チームチャットに踊る救援要請に、チームの残る一機が急いだ。

 背中に乗っけたヘビーなガトリング砲。装甲だって他のメンバーより一回りは分厚い、重さと硬さが売りのガンナーツーだ。足の遅さだけは勘弁な!


 さても上空ではヘリとジェットの空中戦が繰り広げられている。対空砲火なら任せろー! と彼が思ったかどうかは定かではないが、その照準はぴったりとヘリコプタータイプへと合わせられ――スピンアップするガトリング砲が火を噴く前に、横合いから飛んできた巨大な刃物がガンナーツーに襲い掛かった。デカい! 回転しながら飛ぶそれはブーメランである。さすが重装甲のガンナーツー、真っ二つにはならなかったが装甲に真一文字の傷跡を刻まれる。

 軽快なホバー音と共に躍り込んでくる影。くるくると回るブーメランが戻ってゆき、かしゃりとその耳の位置に納まった。格闘型のソルジャータイプだ。チューンナップした足回りに物を言わせて、一気にガンナーツーの懐へと飛び込んでくる。させじとガンナーツーが迎撃用の小火器をバラ撒いた。


 空中、地上で一進一退の攻防が繰り広げられるビル街の中心から少し距離を置いて。

「↓←↓😤」

 無限軌道がギャリギャリとアスファルトを噛む。ラビットランナーにあるまじき巨体から威嚇的に突き出す長大な砲身。大口径榴弾砲を備えたアーティラリータイプ――敵チームリーダー機である。

「🤬🤬🤬」

 ヘリコプタータイプからのチームチャットを元に着弾地点を設定。間を置かず砲煙を噴き上げて榴弾を投射する。


「😣😣😣」

 うっとうしくガンナーツーにまとわりついていたソルジャータイプがすっと退いてゆくのと、リーダーワンからの警告が届いたのはほぼ同時だった。覚えた疑問に答えたのは、入れ替わるように飛んできた榴弾。あっコレやべぇ、ガンナーツーが慌ててビルの影に飛び込む。むしろ爆風に後押しされてビルの間に放り込まれた。

 慌てて体勢を立て直す。悠長にしている余裕はない、既にソルジャータイプが斬り込んできているからだ。唸りを上げて飛んでくるブーメランを小火器で迎撃しながらガトリング砲の狙いをつける。しかしソルジャータイプはそう簡単に捉えられそうにない。ラビットランナーに特有の跳ねまわるような動きに加え、ホバー推進による滑りが緩急を生む。

「😠😠😠」

 こういうちょこまかしたの苦手なんだよな、と思いつつ得意そうなリーダーワンはといえば、ヘリコプタータイプに張り付かれて苦労しているようだ。仕方がない自分で何とかするしかないか、という意気込みはビルの向こうで打ちあがった榴弾を見た瞬間、どこかへ飛んでいった。

「😣😣😣」

 まずはこの榴弾による支援砲撃をなんとかしないと手の打ちようがない。またも爆風に転がされながらガンナーツーがぼやく。実を言うとどうにかする手段に心当たりがあるのはある。ただしその、どうにかできる奴が多分まだ目を回しているだけで――。

「↑→↑🤪」

 そんな時だった。視界の片隅にポップするチームチャット。発信元アカウントを確認した瞬間、ガンナーツーは猛然と走り出した。足が遅いだとか泣き言はこの際すべて無視。

 指示されたビルへと飛び込めば、そこにいた先客――ソルジャータイプがぎょっとした様子を見せた。初めて取れた先手。背後で榴弾が炸裂するのを感じながら、ガンナーツーはスピンアップ済みのガトリング砲をぶっ放す。限定された空間におけるガトリング砲の制圧能力は凶悪の一言に尽きた。悪あがきのブーメランも折り砕かれ、ソルジャータイプの装甲がチーズのように穴だらけになる。いやここはハチの巣のほうがいいかも? どちらにせよ兎の好物とは言い難いが。

 爆発し沈黙したソルジャータイプを前に、ガンナーツーは意気揚々とチームチャットを打ち込む。


 ラビットランナーの中でも特に長い耳がピコピコと揺れた。ガンナーツーは首尾よく相手を倒したようである。ひとつ胸を撫で下ろしたスカウトスリーは、チームチャットへと興味を戻した。

「😲😲🤔」

「😣😤😣」

 チャット欄を流れてゆく驚きを意味する文字たち。しかしそれらの発信元アカウントはどれ一つとして味方チームのものではなく――そう、彼が見ているのは敵チームのチャット欄なのである。

 これはスカウトスリーのような情報戦機だけが持つ特殊能力、ハッキングである。内容は敵のチームチャットを受信できるというものだが、起動中は移動も攻撃も出来なくなるなど制約も多い。

 戦闘開始直後に榴弾によってふっ飛ばされたと思われていたスカウトスリーは、上手いこと敵チームの監視から外れることができた。そうして仲間の二機が踏ん張っている間に持ち直したのである。

 単体の戦闘能力に劣ると侮られがちなスカウトタイプが隠し持つ牙、それが今、敵チームの喉笛を喰いちぎろうとしていた――。


 一体何が起こったのか。ヘリコプタータイプは混乱の極みにいた。

 戦いは順調に推移していたのではなかったのか。先手を取った一撃は上手くスカウトタイプを潰した。鈍重なガンナータイプは榴弾の良い的だし、それがジェットタイプの足を引っ張っている。追い詰めているのは自分達だったはずだ。それが何の間違いか味方が撃破され、今や数的不利を背負ってしまっている。

 考えている間にもリーダー機からは次の射撃地点の情報と、ソルジャータイプがやられた原因についての問い合わせが何度も送られてくる。理由がわかっているなら既に答えているというのに!

 焦りの中に芽生えた苛立ちがヘリコプタータイプの動きを鈍らせていた。それは空中戦という状況においてあまりにも大きな隙となって現れる。

 猛攻に耐えながら、リーダーワンはじっとヘリコプタータイプの様子を観察していた。さきほど味方が敵を一機討ち取った、その動揺が現れる時がきっと来ると。果たして動きが単調になったところでここぞとばかりに推力最大で振り切る。ヘリコプタータイプがぎょっとしたのが伝わってくるようだ。直線速度では決して追いつけない。

 リーダーワンはそのままぐるりと旋回して、今度はヘリコプタータイプ目がけて襲い掛かる。ジェットタイプの得意な一撃離脱戦法だと見抜いたヘリコプタータイプが強引に勝負を決めにかかった。ずっと温存していた虎の子のミサイルを発射する。

 必殺のはずだったミサイルはしかし追い込みが甘かった。リーダーワンの機銃が唸る。ミサイルが全て迎撃され空中に爆発の華を咲かせた。すぐにヘリコプタータイプは己の失策を悟った。ミサイルの爆発が彼の視界を遮ってしまっている!

 直後、リーダーワンが爆炎を突き抜けて肉薄してきた。ヘリコプタータイプは致命的に出遅れている。最後のあがきに小火器をバラまくもリーダーワンを捉えるには至らず、逆に機銃をたっぷりと撃ち込まれた。装甲の薄さは飛行タイプ全般に通ずる弱点である。エンジンを撃ち抜かれ、ローターの役割を果たしていた耳が千切れ飛んだ。爆発を起こし、ヘリコプタータイプはそのまま落下していった。


「🙏🙏🙏」

「🙏🙏🙏」

 味方から次々と届く戦闘不能報告。リーダー機であるアーティラリータイプは追い詰められていた。このままでは彼一機だけで残る全ての敵を相手しなければならない。

「🤬🤬🤬」

 だがしかしアーティラリータイプの闘志は衰えなかった。榴弾砲による間接射撃能力だけではない、頭につきでた二本耳はそれぞれ大口径キャノンであり、アーティラリータイプの火力は完全にラビットランナー離れしているのだ。その重さから無限軌道を採用せざるを得ず、機動性にこそ劣るものの火力は随一。敵が何機いようと近寄られる前に討ち取ってしまえばいいだけの話である。

 決意し、迎撃態勢を整えるアーティラリータイプ。そんな彼の装甲をちょいちょいと何ものかが突っついた。

「😬😬😬」

 おそるおそる旋回した彼が目にしたもの。それはいつの間にやら間近にいた敵方のスカウトタイプであった。長い耳が楽し気に揺れる。この耳にかかれば相手の様子など筒抜けも同然。周囲の戦闘音に紛れて近寄るくらいお手のものだった。

「😖😖😖」

 アーティラリータイプが慌てて後退する――ぼけっと見送るスカウトスリーではない、護身用の小火器を浴びせかける。本来ならば威力が不足し、装甲に弾かれるだろう他愛のない攻撃。しかしその狙いは本体にあらず。アーティラリータイプ自慢の榴弾砲へと銃弾が食い込んだ。

 いかな重装甲とて砲身まで全て固めているわけではない。アーティラリータイプは慌てて砲身を切り離し――しかし僅かに遅かった。たっぷりと中身に詰まった榴弾に誘爆。衝撃はそのままアーティラリータイプの内部へと伝播してゆく。

「😱😱🙏」

 内側から噴きあがった爆炎が、アーティラリータイプの躯体を吹き飛ばした――。


「😆😆😆」

「😆😎😆」

「😏😆😆」

 ぴょんぴょんと兎の姿をした機体が喜び跳ねる。かくして勝利は彼らの手に渡ったのであった。


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