1章 16話 妖精の国イルバーナからの逃亡03

顔を伏せて不審者のように走ってきたのにも関わらず、

自動ドアのごとく閉ざされていた門が重たい音を立てて開いていく。


「勇者様の旅立ちに栄光あれっ!」


そんな大声で叫ばなくても聞こえているって。自信過剰だろうか?

町中のみんなが僕を見ている気がする。

あの門番たちも僕のことをきっと伝説の勇者様だって

勘違いしているんだろうな?

でも数分後には僕は偽勇者でしたってスキャンダルが拡散されて

不祥事を起こした芸能人みたいに栄光の眼差しから地の底に落とされていく。

それまでにイルバーナを脱出しないと心が崩壊して足が竦んでしまう。

あんな権力者の塊であるロザリナ姫に悪態をついたんだ。

今更恥ずかしかってどうする。僕のことをまだ勇者様だと思ってくれている

心優しい市民に顔を上げられなくて、この先も生きていけるかって。

今だけは僕はこの妖精の国イルバーナを救う勇者なんだぞ。

胸を張って堂々と歩かないと。


「……ああ、なんて綺麗な茜色の空なんだろう」


どんなにテレビやゲームの機の発達でポリゴンがきめ細かく表示されるように

なってもこの広がる自然豊かな大地にはきっと叶わないだろうな。

まるで寝付かない僕にお母さんが絵本を読んでくれた童話の

イメージのままの夢の世界で。自然と建築の融合。

木をビルようにくり抜いた窓から妖精たちが出たり入ったりして

松明の明かりを運び夜を迎える準備をしている。

その光景が幻想的で、子供頃に田舎で見たホタルを思い返すほど美しくて。

まだ機械が発展してなかった古き時代にタイムスリップしたような

気がさえ覚えてしまう。


「あのう、きっとあなた様は勇者様ですよね。この紙にサインを下さい」


「僕の方が先でしょう?」


「ココ、ココだって勇者様と握手したいよ~」


エサも隠し持っていないのに小さな妖精たちが

群がって来るシカ煎餅マジック。ロザリナ姫たちと明らかに大きさが違い、

微笑ましい握り拳サイズの赤、青、黄の透き通った羽根の妖精たちが松明を

持って優雅に僕を取り囲む。


「ごめんね。僕は急いでいるんだ。

 一刻も早く魔王を倒さないとみんなが平和に暮らせないだろ」


そのマジックの種明かしは至って単純で、きっとあのバカでかい門番の声が

僕の存在を知らせる合図になって一気に客寄せパンダ状態に

なったんだろうな。


「でももう直ぐに夜になっちゃうよ。

 わたしの家に泊まって行ってよ。勇者様」


「僕の家の方がナディの家よりも美味しい料理をご馳走できるよ」


「ココの、ココの方が美味しい料理作れるもん」


こんなキラキラしている妖精たちが眩しすぎて、正直目をそむけたくなる。

きっとあの純粋な瞳も数分後には灰にくすんだ色に濁っていくと思うと

心が締め付けられて。今頃ネット速報では僕は偽勇者だと祭り上げられて、

コメント欄も炎上してって……。

ああ、そうか。この世界はまだインターネットがないから

情報伝達のスピードが遅いんだ。異世界ではスマホゲームが遊べないこと

が唯一の欠点だと思っていたのに。

ネットがなかったことに感謝する日が訪れるなんて

ゲーマーとしては失格だよな。


「きっと夜になると魔物たちの動きは活発なると思うから

 その習性を逆に利用して魔王のアジトを探そうと思うんだ」


理由は何でも作ればいい。

とにかくイルバーナから早く離れないといけない。


「勇者様、あったまいいっ~」


「さすが勇者様っーーー」


しかし困ったものだ。

イルバーナは木の上に高くに国を築き上げていたなんて。

太い木と木の間の大きな隙間に移動しても霧に視界を防がれて、

全然大地が見えて来ない。どうする?

ここから飛び降りるのが正解なのか?

もし下が湖ではなく地面だったらそのまま複雑骨折して

絶対に助からないよな。


「どうしたの? 勇者様。急に前屈みになっちゃって。お腹でも痛いの?」


「僕は女の子じゃないからこのまま真下に飛び降りると

 トマトみたいに潰れちゃうんだ。

 それにちょうどマナも枯れ果てているから空も飛べない体なんだ」


さすがに潜在能力のマナ0でしたと打ち明けるのは

まだ一様勇者様の身として恥ずかしい。

だから曖昧な言葉で誤魔化さないと。

変にプライドだけは高いのは弱者の証明かもしれないけど……。


「ねぇ勇者様、勇者様。人間の女の子は男の子と違って強靱なの?」


「人間の女って強ぇーー。まるでゴリラじゃんっ」


「君たちは勘違いしているけど日本のアニメや漫画には

 空から降ってくる女の子の物語が多く残されているんだよ。

 奇跡的に女の子は助かって、男性と運命的な出会いをして

 そのまま恋に落ちるってね」


仮にこのままイルバーナに住み着いても惨めな思いをして暮らしていくことは

死ぬことより辛いかもしれない。目に見えてヒトの態度が変わっていく経験は

もうたくさんなんだ。ここは強運に任せて、命綱なしのレッツバンジーに

全てを託す選択肢しか僕には残されていないのか?

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