1章 13話 いざ、聖剣の間へ03
「待って下され、ロザリナ姫。この水晶で秘められたマナを測定すれば
一目瞭然で勇者様のその溢れ出る未知なる力を数字化出来ますぞ」
せっかくいいムードだったのに。
「まぁ、フォルクス様ったらわたくしたちの仲を邪魔する真似をして
仕方ないですこと。玲音もそんなにムキに怒らないで」
「ほらほら勇者殿も力まずに肩の力を抜いて、抜いて」
袖元から丸い不気味な水晶を取り出して、僕らの仲を強引に割ってくる
フォルクス。爺さんも混じった初体験とかもうやめてくれよな?
「さあ、ゆっくりと目を閉じてもう一度お名前をお聞かせ下さいませ、勇者殿」
「……僕の名前は篠染玲音」
「それでは参りますぞ、勇者篠染玲音殿っ」
名前を待ってましたとばかりにフォルクスは僕の額に
目がけて強引に水晶を押しつけていく。
あ~おでこに水晶の冷たさそして神秘の安らぎを感じる。
胡散臭い爺さんだがその言葉を信じてやるよ。
今は情けない場面しか披露していないから実はとても悔しかったんだ。
僕の真の力よ、今ここで解放してロザリナ姫達に勇者篠染玲音ここにありって
全ての妖精達に見せつけてやるんだ。
「ふむふむ、これは……」
「どうですか? フォルクス様」
「このワシの目が間違えるとは?
マナ0で勇者殿ではなく石ころ以下のただのゴミですな。
やはり中古いやゴホン……ゴホン、
早急に道具を揃えたのには無理がありましたかな?」
「そこら辺に落ちている人工物の小石さえ、微々たる量ですが
マナがあるって言うのに……」
「はい? 嘘ですよね、大賢者フォルクス様。
もう一度よく水晶を見て下さいって~」
水晶に映り出されていたのは長年共に歩んできた
愛着ある見慣れた顔のままで。
お世辞でも恥ずかしいことに勇者の風格も待ち合わせていない
普段と同じラフの姿で。
「……何度見てもこの水晶の結果は変わらんぞ。
そもそもお主の肉体と魂が違うではないか?
イルバーナを滅ぼすヒトの皮を被ったこのバケモノめっ!
誰か塩、清めの塩を持って来るんじゃ」
「この水晶もきっとあの大きな砂時計のように欠陥があるんだよ。
そうだ、そうですよね、大賢者フォルクス様」
「バカ者ぉーーっ! お主は物のせいにする気か?」
「あ、あんたがそれを言うなよっ」
「2人とも醜い争いはお止めなさい。
これからこの者をどう処罰しましょうか? フォルクス様」
ロザリナ姫の表情がまた初対面の悪役令嬢に急変していく。
嘘だ、嘘だと誰か言ってくれって。
僕はツンデレは好きだけどデレツンは大嫌いなんだ。
裏からドッキリ大成功ってカンペを持ったスタッフが
どうせ隠れているんだろ?
早く出てきてこの茶番に終止符を打ってくれよって。
「こやつは偉大なるワシのことを疑ったんじゃ。即処刑が妥当かと?」
自分の気にくわないことを見つけたらスフレのように死刑、死刑って。
あんたはそれでも全てのことを知る大賢者かよ?
「……そうだロザリナ姫。さっき続きで僕と剣の勝負をしましょうよ。
そしたら僕を勇者だってここにいるみんなが認めて……」
「まだ戯れ言を抜かすのか? この偽勇者めっ」
「篠染玲音はおとなしく異世界に帰れっ」
帰れって……そしたら車に跳ねられて死ぬだけじゃんか。
「偽勇者っ、偽勇者っ……」
部外者を殺せ、殺せってばかりのアウェーの重圧。
この光景はあの時と同じだ。
何度も僕が言っても勉強ができるヤツの味方に先生は跪く。
そして内心点欲しさから先生にペコペコするクラスメイト。
誰も味方などいない。友達だと思って信じても直ぐに裏切られる。
だから薄汚い学校が嫌で閉じこもってゲームに没頭していたのに。
何でまた異世界行っても同じ目に合うんだよ。
「またバカな真似をするつもりですか? 篠染玲音。
さっきから言葉そして足がガクガクに震えていますよ」
「これは日本古来の武者震いってヤツで……」
ピンチな状況になれば無意識に覚醒してきっと僕はゲームの主人公みたいに
無双する力を得るはずなんだ。そうでないと命が助かったのも報われない。
「その怯えがまさに勇者様ではない証拠なのに。
自らが身を持って証明するなんてほんとバカな男ですこと。
わたくしの前から早く消えなさい、篠染玲音」
「しかしこの男をみすみす逃がすと逆恨みでロザリナ姫のお命が危ないかと」
「いくら偽勇者と言え彼はこのわたくしの命を救ったのです。
これ以上わたくしに恥をかかせないで下さいませ、フォルクス様」
「ですが、ロザリナ姫っ」
「いったい何を狼狽えているのですか? フォルクス様。
こんな僅かのマナを持たないゴミクズにわたくしが殺されるとでも
お思いですか? 皆もそう思うでしょ?」
「フォルクス殿。我が国の防衛力を舐めては困りますぞ」
「我がイルバーナのマナは世界一ィィーーーッ!」
そうだ、そうだと次々に湧き上がっていくかけ声。
このままロザリナ姫たちに笑われて逃げたら、もうそれは勇者ではなく
生きる価値の役立たずだと僕自身が認めることになるから嫌なんだ。
「まだ居たのですか? とても目障りです。早くわたしの前から消えなさい」
「こ、これで……」
一瞬喉が渇いて上手く声が出せない。
「……まだあなたは情で命拾いしたことが分からないのですか?
これだからマナ無しの人間は無能しかいないのです」
でも言わないとこの気持ちを押し殺さないで伝えないと。
僕はいつまで経っても弱者のままなんだぁーーー。
「こ、これで勝ったって思うなよ~」
一瞬で周りの空気が凍り付くのが分かる。
その隙に一目散に180度回転して僕は走り出す。
ロザリナ姫を侮辱したことで兵士が逆上して背後から
斬りかかってくるかもしれないから。
だがその不安も的中せず、みんなの笑い声だけが永遠に続くように聞こえた。
でも生まれて初めて死ぬ覚悟で権力者に楯突いた勇気ある行動。
まさに今だけは正真正銘本当の勇者になったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます