1章 08話 いざ、聖剣の間へ(神々の双璧)03

「あはは、勇者様。ばっちいのです。汚いのです」


「はぁーはぁー……何が楽しいんだよ、笑うなよっ」


苦しんでいる時に笑われると腹が立つってよりも悲しくなるから嫌なんだ。


「……ごめんなさい。

 そろそろ服が伸びてはち切れそうだから、手を離しますね」


それってそのまま墜落してお前は死ねって意味じゃ……。

またやってしまった。反論せずにまた無感情の機械に戻れば

命が助かったかもしれないのに。


「ああああーーーーあってあれあれ?」


そのまま地面に真っ逆さまに落ちるって思っていたのに直ぐに体が静止して、


「今度は可能な限り揺らさないように背中から抱きついてバランスを取って

 ゆっくりと飛行しますね、勇者様」


妖精さんはそう言って僕を優しく抱きしめる。お腹の手前まで現れた小さな指。

田崎さんのお尻とはまた違った安らぎで花の蜜の匂いが

凄く心地良くて堪らない。


「まだ気分悪い、勇者様」


僕の表情も言葉も相当きつかったのだろう? 妖精さんの言葉も歯切れが悪い。


「だいぶと楽になったよ。ありがとう妖精さん」


もしかしたら妖精さんは僕と一緒でお人好しな性格かもしれない。

必死過ぎて周りが見えていなかったけど上から見下ろす景色も

絶景で空気もうまいときた。

無駄な行動だと思う登山家もこの素晴らしい体感を得るために

苦労も惜しまないんだろうな?


「あーそうそう大事なこと言うの忘れた。

 それで勇者様、ロザリナ姫の伝言です。

 『ヒトって羽のないゴキブリみたいですね?

 汗だくになって這い上がる姿がなんとも醜いこと』だそうです」


ふーーん、異世界にもゴキブリが生息しているんだ。

凄い生命力だなって僕、完全にバカにされていますよね?


「やっぱ聖剣の間に行くのやめようかな?」


「あわわ、ロザリナ姫いや妖精の本質できっといたずら好きは

 愛情の一種で全然悪気はないのですよ。もちろんわたしも含めてですから」


「ホントかな? 妙に顔が引きって見えるんだけど気のせいかな?」


「ははは、勇者様はロザリナ姫よりも意地悪なのです~。

 ってまた笑ってしまった。ごめんなさい勇者様」


「何で謝るんだよ。君のおかげで僕はこんなに元気になったのに」


「だってわたしが笑うと勇者様の顔がとても怖くなるから」


「赤の他人でも誰かが苦しんでいる時ぐらい心配して悲しい顔をするのが

 礼儀いや正しい選択だと思うよ」


「……でも笑顔の方がみんなに幸せを届けるってお母さんに教わったから」


確かに暗い顔よりも明るい笑顔が幸せを届けるって意味では間違いはない。

でも誰かが死んだ時に笑っていたらやっぱり周りは不謹慎だと思うだろうし。

もし笑っていても心が泣いている場合だったらどうだろう?

文化の違いや育った環境でそのヒトのと向き合った人生は十人十色。

僕が妖精さんの感情表現を縛ってもそれがベストとも思わない。

言葉って難しいな。


「妖精さんのお母さんは間違っていないよ。

 こんなことで怒る勇者の僕が間違っていたんだ」


きっとまだ妖精さんはヒトよりも寿命が長いから

死を見届けた経験がないんだろうな?

死に問答無用で直面したら、嫌でも悲しい顔を覚えると思う。

だから僕が強要して悲しい顔を今無理に覚える必要はないんだ。


「勇者様でも間違ったりするんですね」


「勇者様って言っても妖精さん達と同じように間違ったり悩んだりして

 色んな経験を積んでそれでも間違えるからヒトって愚かな生き物だよね」


「そうなんですね、勇者様。

 わたし、いつも物忘れが多くて直ぐにセアダスに怒られるの。

 塩、胡椒よりも甘い砂糖を入れた方が絶対に美味しくなるのに」


「……そうなんだ」


それってミスっていうよりも確信犯何じゃないかな?


「それでね勇者様、勇者様。この前ナディとね、

 たんぽぽの種飛ばしやったの。途中から風が吹いてきてね。

 何とびっくり、あははナディの顔が綿毛だけになったの」


無邪気な笑顔っていいな? こんなに誰かと話したのって何年ぶりだろう?

母さんが病気で死んだ時。いや犬の小太郎が殺された時だっけ?

一方的にテレビのようにトークを聞いているだけなんだけど

だんちに楽しさが全然違って。

この妖精さんと出会ってからたくさん勇気を貰った気がする。


「妖精さん、僕は必ず聖剣を引き抜いて新たなる魔王を倒すと約束する。

 この国イルバーナの森林も取り返すから応援してくれるかい?」


ピーターパンとティンカーベルのように僕は自立して

美しく空を駆け巡ることは出来ない。

でも妖精さんの肌の温もりを感じ、ヒトと同じように生きているんだって

確認できたから。

飛行魔法など使えなくて良かったなって思う僕がいる。

今は何でもチャレンジできる子供の姿なんだ。

この妖精さんのためにも頑張らないと。

そう言えば過去のことを思い出しても全く頭痛を感じなかったような……。

ヒトは嬉しいことで悲しい過去を塗り固めて忘れて行くのかもしれないな。


「もちろんです~。勇者様。全力で白旗を上げて応援しています」


白旗って日本では敗北、降伏って意味だけど……

またいたずらで言っているのかな?


「……うん、ありがとう」


でも誰かに純粋に応援されることはなかった人生だったから全然嬉しいや。

聖剣の間で剣を引き抜いて、篠染玲音個々にありって

みんなに証明してやるんだ。

待っていろよ、ロザリナ姫にフォルクス。

お前達の腐った根性を絶対に捻じ曲げてやるからな。

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