第45話

「私の鳳爆剣に耐えるとは…さすがね白虎」

「お褒めにあずかり光栄かな…って、ちぇっ、素人の按摩よりは効いたぜ、姉ちゃん」

 剣を床に突き立てて支えにしながら、聖はようやくの態で立ち上がった。


 摩那斯の技を受けたおかげで、身に纏った衣服は引き裂かれ、体のあちこちから血が滲んでいる。

口では軽口を叩いているが、摩那斯の技が、かなり堪えているようだ。

「そんじゃ俺も…そろそろ本気出すかな…」

 よろける身体をどうにか安定させると、聖はすらりと剣を上段に構えた。

ダメージを感じさせぬ、堂々とした構えだ。

 敵とはいえ女の前で『みっともない姿を見せられるか!』という、ナンパ男の一念が、この時の彼の気力を支えていた。

「まだ余裕がありそうね…いらっしゃい、白虎…次の一撃で楽にして差し上げます」

「舐めんなよ!!」

 あるだけの気力を振り絞って、聖は愛剣『しろがね』に神霊力を注いだ。白光がしろがねを満たし、エネルギーの強風が剣身を巻く。

 この時、同時に摩那斯もまた自らの剣に念を込めていた。聖と同じ条件で勝負しようとしたのか、はたまた彼の実力を甘く見ていたのか。

 結果から言えばこの時、彼女のは聖に時を与えず、一息に勝負を決めるべきであった。何故なら聖の弱点がまさに、念を集中しているこの時にこそあるからである。

 聖は変な所で不器用な男だった。

 頭に血が上って我を忘れた状態なら、念を無意識に集中できるのに、冷静な状態で下手に思考能力が残っていたりすると、途端に集中できなくなるのである。

 雑魚が相手ならそれでも一向に問題はないのだが、相手が強敵ともなれば、意識して念を集中するこの、たった数秒のために苦戦することになるのだ。

 まして相手は剣速を誇る瞬速剣の使い手、八大竜王摩那斯である。まともに剣を交わして戦えば、聖の勝てる確率などゼロに等しかっただろう。


 だが、純粋な神霊力の勝負ともなれば、話は全く別だった。


「勝負だ!白虎!!」

 摩那斯は念を込めるに十分な時間を、聖に与えてしまっていた。

 ために彼女は、自らの手に掴みかけていた勝利を、聖に譲ってしまったのである。 

「いくぜえ!!風伯ッ、虎狼斬!!」

 聖の身体を取り巻く風が、雷気を帯びて白い火花を散らした。

しろがねを媒介した白虎の神霊力が、奔流となって摩那斯に襲い掛かる。

「鳳爆剣!!」

 赤い光が再び羽を広げて、聖の放った神霊力とぶつかり合う。

 神霊力と神霊力の衝突。

 それまで無事だった壁や廊下や柱が、次々と吹き飛ばされ跡形もなく消滅する。

 造られた偽りの景色が消えた後、残されたのは闇だけだった。


「くっ……!白虎の神霊力…これほどとは!!」


 摩那斯も聖も一歩として譲らない。このままでは互いに力尽きて、共倒れになってしまうだろう。そんな均衡した勝負の中で、気力を振り絞って聖は吠えた。

「負けられねえんだよ!!」

 全身を一際、白く輝かせる聖。

 瞳だけが海のような青さで、摩那斯の姿を捉えていた。

 その瞳が決心したかのように、瞬間、スッと細く眇められた。

 前へ突き出された神剣から、さらなる閃光が生み出されたのは、まさにその時であった。

「…………ッッ!!」

 摩那斯は物も言えずに吹き飛ばされた。

 ぶつかり合った神霊力の均衡が、聖の追撃によって一瞬で崩れ去り、解放された神霊力が激流となって彼女を押し流したのだ。

 網膜を焼き尽くす光の中に、摩那斯の流麗な姿が消え、なにもかもが白一色に染まる。


「き……きつかったぞ、ちょっぴり…」

 爆発的な光が収まった時、闇の空間に立っていたのは聖一人だけだった。

 背景が何もないから正確には解らないが、数メートルほど先には、摩那斯が壁にでももたれかかるような格好で倒れていた。どうやらそこには、見えない壁があるようだ。

「おい、生きてるよな?」

 ピクリともしない摩那斯に近づいた聖は、手を差し伸べて彼女の呼吸をそっと確かめる。

「お前の勝ちだよ……この、お人好しが…」

 伸ばされた彼の手をがっしと鷲掴みにし、摩那斯は細く目を開いて微笑んだ。元が超の付く美人であるから、どんなに顔が汚れ髪が乱れていても、その笑顔は例えようもなく美しかった。

「女には優しくするっていうのが、俺の主義でね…立てるか?」

「では、その主義とやら、ここで返上して貰わねばならんな」

 掴んでいた聖の手を払うと、摩那斯は座ったまま、不審げな聖に言葉を継いだ。

「白虎、私に止めを刺せ。でないと、永遠にこの空間から脱出できんぞ」

「な………っ!?」 

 艶然と微笑む摩那斯を前に、右手に下げた愛剣しろがねが、聖の心中を映して小さく震えた。

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