第44話
通路に入ってから、どれくらい時が過ぎただろう。
相変わらず娑加羅は、腰に下げた剣に触れようとはしなかった。
結界内である通路へ入る前と同じ、呑気と言って良いほど穏やかな表情を浮かべたまま、冴月むの瞳をじっと見つめている。
「……戦わなくてよいのですか」
言いながら冴月は身構えた。しかし、その件を持つ手はそれとわからぬほど細かに震え、娑加羅を見詰める青銀の瞳は、例えようもない悲しみと苦しみで満たされていた。
「これはすべて…飛竜様のご意志なのでしょう?紫龍に命じたと同じに…貴方も!!」
紫龍の告白によって判明した事実を、はっきりとそう口にしながらも、冴月の心はなお『信じたくない』という思いで揺れていた
ずっと、ずっと信じていたのだ。
あの優しさに触れた瞳と、微笑みと、その心を。
自らの命を、竜珠を、ためらいもなく預けてしまえるほどに。
「ええ。確かに飛竜様は私に、竜王の生き残り全員を連れて、四聖獣を討伐せよと、ご命令くださいました」
──ああ、やはり。
真実だったのだ。何もかもすべて。ずっと、ずっと信じてきたのに。
もはや認めるしかない。飛竜は死んだ。
自分の知るかつての飛竜は、遠い昔、死んでしまったのだ。
そう、冴月は絶望にも似た思いで、この辛い現実を受け入れようとした。だが、
「しかし紫龍への命令は違います。あれを我らに命じたのはメーガナーダ。そして彼女は自ら、あの役目を引き受けたのです」
「え………」
「真竜族の、いいえ、飛竜様のために。『自分にやらせてくれ』…と、そう言った時の彼女の瞳は、まるで、前世の彼女と同じでしたよ」
「………紫龍が…どうして」
「六千年前、紫龍に罰を与えたのは、外ならぬ彼女自身ということです」
「…………っ!?」
娑加羅は憐れむような表情を浮かべ、冴月の知らぬ真実を次々と告げた。
「飛竜様は彼女を責めはしませんでした。もちろん、飛竜様がそうお決めになった以上、我々もそれに従わざるを得ません。……どういうことだか、おわかりですね?青龍」
驚きを隠せぬ表情で見返す冴月に、娑加羅は微かな笑みを浮かべた瞳で応えた。
「でも、それじゃ、なぜ今は私達を…!?」
「今の飛竜様は、残念ながら、貴女や私達の知る飛竜様ではないから、です」
「??……そ、それはいったい…」
穏やかだった娑加羅の顔に、初めて苦悩の色が現われた。
それまでの呑気さも嘘のように影を潜め、その胸中に抱える苦悩の深さゆえか、彼はたった数秒で、何千歳も年を取ったかのように見える。
「それをお話しする前に、私は貴女にひとつ、話しておかなくてはならないことがあります」
「お話……ですか?」
見当もつかずに首を傾げる冴月に、娑加羅はゆっくり頷いてみせる。
学者めいた彼の端正な顔には、苦いような笑みが滲み出ていた。
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