第2話

 黄色い砂が、見渡す限りどこまでも続く枯れた大地。

 

 紫色の空は雲一つなく、赤く輝く大小二つの太陽は、容赦なく乾いた大地を照り付けている。


 生ある全てのものを、死へと誘う灼熱の地獄。それでもわずかばかりの生命にとっては、生きていくための大切な世界であるこの砂の楽園を、今、小さな四つの影が移動していた。



「あっちいよ~~」

「うるっせーな…」

 影はマントを頭から被った人間だった。背の高い二人の男と、小柄な男、それよりさらに小柄な女。フードからのぞく顔は、みなどれもまだ若い。少年と言っても差し支えないほどだ。とくに女は、そこに浮かべた表情はともかく、その外見はまだ年端もいかない少女のものである。


 彼らはある目的を持って旅していたが、この暑さに閉口してか誰も無口だった。一人不平を漏らした少年でさえ、その後はずっと口を閉ざしている。


 そう。彼らの旅は、あの日に始まった。


 それはいつもと同じ、表面上は平凡で平和な、そしていささか退屈な一日だった。

いや、正確に言うならば、そうなるはずの日の、その午後のことであった。



「透ぅ…透~、ちょっと来てみなよ!」

 教室内は昼休みとあって騒がしい。皆、弁当を食べたりお喋りしたり、はたまた集団で騒いでみたりとその様子は様々だ。

 冷暖房完備の教室でも、こう喧騒に満ちていては有り難みも半減以下というものだろう。現に冷房だけでは足りなくて、下敷きで仰いだりベランダに出て涼んだりしている生徒もある。

 そんな中、透と呼ばれた少年は、まわりの喧騒も、室内の蒸し暑さすらも気にならない様子で、一人静かに本を読んでいた。まるでその体の周りに、目に見えない壁でもあるかのような、涼しげな顔をして。

「おーい、透~。本ばっか読んでねーで来てみろって。面白いぜ?」

 ベランダから顔を覗かせ、再び彼に誘いかける少年───名を風間あきらといって、彼、大地透の親友なのだが───は、とかくお祭り騒ぎが大好きで、たびたび問題を起こしては謹慎処分を受けたりする結構な問題児だった。

「またか」

 盛大な溜息と呆れた表情をお供にして、透がしぶしぶ手にした本を閉じる。

 聖とは幼稚園の頃からの長い付き合いだが、彼がこんな声で『面白い』などと発言する時、透はたいていろくでもない騒ぎに巻き込まれてしまうのだ。

「…で?今度は誰と誰が喧嘩してるって?」

「大輔のアホ。ほら、二年の団体さんと。…なあなあ、行ってみっか?」

 いかにも楽しげな聖の指差す先に、校舎の裏へ団体移動する男子生徒の姿があった。そしてその先頭を恐れげもなくスタスタ歩くのは、確かに透と聖二人にとって一年年少の親友緋川ひかわ大輔である。

「心配は要らん。大輔も楽しんでるみたいだしな」

「誰が野郎の心配なんかするか。そうじゃなくて」

「黙れ。お前は大人しくしてろ。ついこの間、停学処分を受けたのを忘れたのか?いい加減にしないと、本気で退学させられるぞ。……良いから『奴ら』の『処理』は、大輔に任せておけ」

 不満そうな聖を沈黙させると、何ごともなかったように席に着いて、透はまた本を読み始めた。聖もしばし未練らしく外を眺めていたが、クラスの女子に呼ばれると喜んで未練を断ち切った。

「はいは~い!!何かな、美人さんたち~!」

「んも~、風間くんったら、調子良いんだから~」


 彼は喧嘩騒動も大好きだが、女の子の方がもっと好きだったのだ。

優先順位がどちらにあるかなど、言うまでもないことだろう。

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