21話 「戦艦の脅威」


(動いた? 大地が動いている?)



 クルマも移動しているので気づくのに遅れたが、何かがかなりの速さで移動しているのがわかった。


 それは最初、大地が動いているように見えたが、目を凝らして見るとまったく別のものであることがわかる。


 距離は、およそ五キロ離れた地点だ。



(クルマ? …いや、フォルムも違うし、もっとでかいぞ)



 この距離なので小さなものが動いているようにしか見えないが、アンシュラオンの目はその姿をはっきり捉えていた。



 それは―――戦艦



 現在の地球で使われている空母とは違う、昔の戦争で使っていたような「大和」とか「金剛」とかいわれそうなタイプの戦艦である。


 それが陸を走っている。



(戦艦! 戦艦が走ってる! しかも陸だ!! すげえええ!)



 その光景に心がときめくのを感じた。


 やはり男たるもの戦艦には憧れるものである。祖国にも数多くの戦艦があったので懐かしい気持ちにさえなる。


 興奮冷めやらぬ様子でアンシュラオンはダビアに問いかける。



「ねえ、あれって戦艦?」


「戦艦だぁ?」


「あそこだよ、あそこ! ここからだいぶ先だけどさ! ほら、すっげー! 本当に走ってるや! こっちの戦艦は陸も走るんだね!」


「んっ…ちょっと待て」



 ダビアは双眼鏡を取り出して、アンシュラオンが指した方角を見る。


 暗くてよく見えないが、何かが小さく動いているのは間違いない。



「まったく気づかなかったぞ。よく見つけたな」


「距離があるからね。しょうがないよ」


「本当に戦艦なのか? なぜこんな場所に?」


「戦艦って、ここらでよく見られるものなの?」


「そんなことはない。南側の入植地にはあるが、北部では初めて見た」


「あれは個人で所有できるもの?」


「そういう金持ちもいるとは聞くが、船の種類によるな」


「やたらでかい主砲が三門。副砲もけっこうある。オレが知っている戦艦より口径がでかいな」


「見えるのか?」


「ああ、はっきりと。やる気が違うしね」



 目を強化すれば多少遠くても見える。これは誰でもできることではなく、目の質が良くなければできない芸当だ。



「民間が持てるのは輸送船が中心だ。武装はあっても、そこまで大きなものはあまり聞かないな。大規模な武装組織とかなら持っている可能性もあるが…このあたりにいるとは思えない。それに主砲が三門もあるのは完全に軍事用だ。その規模だと巡洋艦クラスだろう。普通の組織が持てるものじゃない」


「じゃあ、軍隊ってことかな。ここの国のかな」


「ここは自由自治区だ。あるのは都市だけで、領主はいても国とは規模が違う。グラス・ギースとハピ・クジュネの領主が戦艦を持っているとは噂でも聞いたことがない」


「秘密裏に持っていたとかは?」


「ないとは言えない。西側との交渉で手に入れたり、自分たちで製造することもありえる。ただ、現在のハピ・クジュネの造船技術では、戦艦レベルのものが造れるとは思えないぞ」


「鉄缶を試作しているくらいだしね」


「武装輸送船は商人も持っているが…戦艦か。やはり【国家】の可能性が高いな」



 この時代には国際連盟は存在しない。よって、国家というものを誰が決めるかも定まっていない。


 中規模以上の国家ならば自分で名乗って国境線を武力によって維持できるが、それ以外の小さな国や地域はその限りではない。


 たとえばこの東大陸の西部は人が住みにくい荒地が広がっており、一部を除いて今まで明確な国家は存在していなかった。


 存在しているのは、古くからその土地に暮らしていた原住民たちが独自に築いた自治区、集落、集団といったもの。いわゆる豪族という存在であり、彼らによって多様な自由自治区が形成されているのが現状である。


 この火怨山があるエリアもそうで、明確な国家は存在せず、グラス・ギースにいる領主(豪族)が惰性支配しているにすぎない。


 特殊な事例もあるが、自治区に軍隊と呼べるほどの戦闘集団は存在しない。彼らの主戦力は、自ら育成した構成員や衛兵、金品で雇った傭兵たちであり、戦艦を持つほどの勢力は稀である。


 となれば、考えられるのは一つ。


 どこかの国家。それも西側勢力の可能性が極めて高い。



「このあたりにも入植って始まっているの?」


「その話も聞いたことはないな」


「じゃあ、南から来たのかな?」


「国章は見えるか?」


「どのへん?」


「船体の目立つ場所にあるはずだ」



 正規軍ならば国章を戦艦に刻んでいるはずである。


 が、それは見えない。


 それどころか―――



「見間違いじゃなければ『削られている』ような気がする。そこだけ色が微妙に新しいし、塗り潰したのかも」


「目がいいんだな。そういやボウズは武人だったか」


「武人って人類全体でどれくらいいるの?」


「ギリギリ武人認定されるレベルのやつが全体の二割くらい。本当に強いやつは数パーセント程度だろうな」


「軍人は?」


「軍人ならばほぼ武人だが、国や組織によって違う。それもピンキリさ」


「あれが軍隊だったら、乗っているのは全員武人ってことだね」


「そうだな。少なくとも兵士や騎士になれる程度の練度と才覚はあるってことだ。そこらの傭兵とは格が違う」



(軍隊が基本的に武人で構成されているなら、軍人と一般人の差は相当ありそうだな)



 まだよくわかっていないことが多いが、村の人々の様子から一般人と武人の戦闘力の差は相当あるらしい。


 仮に軍人が武人だらけならば、普通の人間が対抗できる相手ではないだろう。そのうえ装備や武装も違うはずだ。


 貴重な情報である。まずは、そこを頭に入れておく。



「オレたちから近寄らないのはいいとして、相手が襲ってきたらどうするの?」


「襲う理由がないだろう。どこの国だろうが、俺はやましいことはしていない」


「ヤバイものとか運んでない?」


「それは…長くやっていれば潔白とはいえないが、軍隊を敵に回すほどのものは扱っていないぞ」


「それじゃ、相手のほうがやましければ? 国章を消すような戦艦がこんな夜中に移動しているなんて、きな臭くない?」


「…たしかにな。このあたりはすでに通常のルートとは違う。普段は魔獣くらいしか通らない荒野だ。そこをあえて移動しているのならば臭うな」



 もし知られて問題なければ、堂々と国章を晒しているだろう。それは身分証明であり、自己の正当性を主張するものだからだ。


 それを消している。


 ならば、知られたくない理由があるのだ。



「ライトを消す。ここから離れるぞ」


「もう遅いかも。よけて。左に」


「なっ! いきなりよけろって言われても!!」


「早く。照準を合わされたよ」



 戦艦の副砲が動き、火花のようなものが散った。


 それは放物線すら描かず一直線に向かってくる。



―――爆発



 クルマの右側、およそ十メートルの地点に当たって大きな爆炎が発生する。


 その衝撃でクルマが揺れた。飛んできた土でサイドガラスが真っ黒になる。



「うおお! なんだぁ!? 撃ってきたのか!?」


「ナイス反射神経。よけなければ直撃だったね。それにしても、思ったより命中率が高い。この距離を一発で合わせてくるなんて、この世界の戦艦もなかなかすごいな」


「乗っているやつも武人なんだ。目がいいんだろうさ!」


「なるほど。相手も同じか。次は加速して右に」


「そんなの急に!!」


「やらないと死ぬよ」



 クルマは急加速して回避運動。今度は五メートルの地点に爆発。


 さきほどより強い衝撃が起こり、クルマが回転しそうになるのをダビアが必死に抑える。



「まずいね。相手のほうが修正力が上だ。逃げたほうがいいかも」


「いや、すでに逃げているんだが…!」


「でも、相手は逃がしてくれない…か」



 次は副砲が三門、こちらに狙いをつけた。



(本気で殺しにきてるな。あの程度の威力なら迎撃してもいいけど、下手に防いで本気になられても困る。相手の戦力が不明なのも気になるし…しょうがない、【捨てる】か)



 そして、三発の砲撃が発射。


 完全に捕捉した攻撃は、迷いなくクルマに向かって―――



―――直撃



 クルマは砲撃によって粉々になって炎上。


 真っ暗な荒野に、小さな火が燃え続ける。


 まるで人の命が燃えるように、真っ赤に。


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