19話 「クルマとジュエル」


 夜明け。


 アンシュラオンは調理をしていた。


 火気を使って火を起こし、ロリコン妻からもらった野菜などをフライパンで炒めて食べる。ちなみに少量の油ももらっているが、命気を使えば油代わりにも使えたりする。


 軽く一口味見。その味は薄かった。



「調味料をもらうのを忘れていたな…」



 調味料は神である。塩コショウがあれば、なんとか生きていけるくらいに貴重だ。


 アンシュラオンが地球で独り暮らしをしていた時も、「塩コショウ」は最強の調味料であった。鶏ガラも同様に神であると言いたい。


 強い武人なので無理に食べなくてもよいのだが、これからの人生は【楽しむための生活】である。味覚が正常であるかどうかも確認したいし、もし一般人のスレイブを手に入れた場合、彼女たちには食事が必要になるだろう。


 どんな場合にもそなえられるように、今から準備をしているのだ。



「こんな時、『味付け魔獣』がいればなぁ」



 そんな名前の魔獣はいないが、調味料に近い成分を分泌する魔獣は実際に存在する。体表に塩を固めていたり、アミノ酸をたっぷり含んだヒレを持っていたり、味のある花粉をまぶしていたりと多岐にわたる。


 調味料がない火怨山では、なかなかに貴重な存在であり、アンシュラオンも味付け魔獣として重宝していたものだ。


 だが、このあたりの魔獣は火怨山とはまったく違う。通り過ぎるのは普通の動物といってもよいバッファローとか、兎とか、鹿とか、そんなものである。


 たまに肉食動物も出るが、アンシュラオンには襲ってこない。もとより自分たちより速く歩く謎の存在を見てしまっては、敵だと認識しないのも頷ける。


 当然、アンシュラオンも彼らを食料とは見ていない。あまりに弱すぎて殺す気にもなれないし、地球上の動物に似ているものには若干の親近感も湧くものだ。


 食べるものは、できる限り「美味しそうに見えるもの」を選んでいる。それもまた強固な身体を持つ武人ゆえの、餓死しないという余裕からくるものだ。



「じゃあ、こいつを試してみるか」



 よって、食料は主に森の恵みである【植物系魔獣】である。


 魔獣といっても全部が襲ってくるわけではないし、そもそも動かないものもいる。


 今アンシュラオンが持っている「キノコ」も、その一つ。


 森の中で群生していたキノコで、大きさはやたらでかい。ドラム缶大のエリンギのような姿をしており、無害かつ普通の植物と変わりはない。


 たまに近くに止まった鳥などを襲って食べるが、食虫植物と同じく、通常は土中の養分だけで生きることができるタイプだ。


 火怨山にも似た種類のキノコが生えており、よく調理して食べたものである。なぜか醤油で味付けしたような味がするので調味料代わりとなる。


 ただそれは、火怨山でのキノコの話だ。ここでの味はわからない。


 が、イン。


 とりあえずフライパンで炒めてみる。火が通ったところで味見をしてみると、どことなく塩っぽい。



「うん。こいつは塩キノコだ。使えそうだな」



 また勝手に名前を付けるが、わかりやすいネーミングなのは事実である。塩キノコ。決まりである。


 それから自生している植物をいろいろ味見して、食べられそうなものは記憶しておく。いつかこの知識が役立つかもしれないからだ。


 ただ、アンシュラオン自身が『毒無効』であるため、どれに毒が入っているのかわからないのが問題だ。誰かどうでもいい『男』がいたら、適当に食べさせてみるのもいいかもしれない。まさに毒見役である。


 食事が終わると、いよいよ出立だ。一通り見て回ったので、もうここには用はない。



「うーん、昨日移動した感じだと地図の右側、東側に人が集まっているようだ。道っぽいのもあったし、一応通り道があるみたいだな」



 道路などは存在しないものの、人が歩く道は存在しているようだ。


 何もなくても何百年と人々が歩き固めれば、そこが道となる。まさに人生哲学のようである。



「人に紛れて動くのも悪くはないが、逆に目立っている気がするんだよね。なんでだろう?」



 アンシュラオンは目立つ。ブシル村でも老若男女問わず凝視されていた。


 少し髪を伸ばせば女の子のような可愛い顔立ち。シミ一つない綺麗な白い肌。一見すれば華奢な身体。声変わりしていない少年の独特の美しい声質。(見た目だけだが)溢れ出る清浄な雰囲気は、まさに天使そのものだ。人目を引かないわけがない。


 同年代はもちろん、特に婦女子の方々からの熱視線を感じる。下手をすれば昇天間近の方々からもお誘いを受けかねない。ゲイからお誘いを受けた日には切腹確定である。



「女性がいるのは嬉しい悲鳴だ。しかし、まだオレが求めるような女の子には出会えていないな。年齢は何歳でもいいんだけど…上なら姉ちゃんくらい、下は五歳以上かな」



 精神年齢が高いため、なかなかストライクゾーンが広いものだ。ただ、練気を見てわかる通り、この世界では歳を取っていても若い場合があるため、最悪年齢は気にしないほうがいいのかもしれない。


 と、話は移動に戻るが、目立つのは困る。


 木を隠すなら森、というレベルをとっくに超えて、かぐや姫の光る竹状態では隠れるどころではない。



「今日はひと気のない西側を行ってみるか。というか、西側にはまったく街がある様子がないが…どうなっているんだろう?」



 ということで、本日は少し西のルートを使って南下してみることにした。




 森を出て、西を意識しながら南に移動開始。


 百キロメートルほど走ったところで、目の前に大きな山脈と森林地帯が見えてきた。



(完全に人の気配が消えたな。それとも森に誰か住んでいるのかな?)



 このあたりはすでに『警戒区域』と呼ばれる場所で、強い魔獣が出現するポイントである。


 そのほとんどが第四級の根絶級魔獣であるが、一般人ではまず勝ち目のない危険な獣たちだ。近寄るわけがない。


 実はアンシュラオンもその魔獣たちを見てはいるのだが、何百メートルもある魔獣に慣れているため、「小動物が多いな」くらいにしか思っていなかった。


 彼らも自分より強い相手には襲いかからないので、それによって極めて平和な旅路が成立していたのである。


 移動中は目に付いたものを手に取って観察したり、童心に戻って岩を投げつけて楽しんでいたため、あっという間に時間が過ぎていった。


 ちなみに岩を巣穴に投げ込まれた魔獣は、その後に泣きながら修繕していたので、巻き込まれた彼らには同情を禁じえない。


 そうやって遊びながら、さらに百キロ近く南に移動したときである。


 もうすぐ夕方という時分、アンシュラオンは何か動く物体を発見。


 近づくにつれて徐々に形がはっきりしてきて、そこでようやく何かわかった。



「え? 『車』…なのか?」



 それは荒野を走る車のようなもの。二十メートル超の長箱状のものが高速で、およそ時速七十キロ程度で移動している。


 しばらく観察してみたが、生物の特徴である生体磁気がまったく感じられなかった。光沢感から考えても、あれは機械で間違いないだろう。


 その代わりに内部に生物の反応が一つだけある。それをもって乗り物、車と判断したのだ。


 ただし、地球に一般的にある普通の車ではない。


 見た目はトラックに似ているが―――



「あれって浮いてるよな? ホバークラフトか?」



 車と思わしきものは地表から八十センチくらいを浮いて進んでいる。車輪を回転させているものとは、だいぶ印象が違う。


 興味が湧いたアンシュラオンは、近寄ってみることにした。


 車の速度と合わせ、併走するように近づいていく。サイドガラスは透明だったので、そこから運転手の姿が見えた。



(おっさんだ。ロリコンよりは間違いなく年上だな)



 またおっさんである。この世界のおっさん率が高いのが若干気になるが、中にはロリコン妻のような女の子もいるので、そのあたりは割り切ろうと思う。


 アンシュラオンは、クルマのサイドドアをノック。



「もしもーし、コンコンッ。開けてよー。ん? 気づかないのかな? じゃあ、もうちょっと強く―――」



 一回では反応がなかったので、ちょっと強めにノックする。



 ガンガンガンッ―――ボコッ!



「あっ」


「どあっ―――!!」



 強めにノックしたのでサイドドアが凹んでしまった。交通事故にあったような大きな窪みが生まれている。


 運転席は左でも右でもなく中央だったので、幸いながら運転手にダメージはない。そもそも車のサイズが大きいので、片方に寄る必要がないのかもしれない。



「おいおい、なんだぁ!? どうなった!?」


「やあ、おっさん。ここ凹んでいるよ」


「え? マジかよ! この前、修理したばかりだぜ! あっ、ほんとだ! 今の衝撃か?」


「魔獣が当たったんじゃないの? 今、あっちに逃げていったやつがいたよ(嘘)」


「またかよ! ロードアルジャか!? 迷惑なやつらだぜ!」



 ロードアルジャというのは、このあたりの荒野によく出る魔獣である。ラクダのような姿をしているが、やたら速く走り、最高時速は百キロ近い。


 この魔獣は雄限定だが速く走るものにぶつかる習性があり、輸送船との事故が絶えないことで有名だ。速度を落とせば攻撃はしてこないので、第七級の益外級魔獣として認識されている。


 ちなみに食肉としても利用される魔獣であり、背中のコブは脂身なのでいろいろな用途がある。



「ねぇ、これって車?」


「ああ、クルマだぞ」


「戦車って意味?」


「なんで戦車だ!? クルマはクルマだろう」


「クルマっていったら、当然アレでしょ? 大砲でモンスターと戦うやつでしょう? 犬とか連れて」


「なんだそりゃ!? 武装するやつもいるが俺のには付いてないぞ。犬もいないからな」


「これ、浮いてるね。どうなってんの? どんな仕組み?」


「あ? クルマってのは浮くもんだぜ。浮かないクルマは、クルマじゃねえ」


「そうなんだね。全部のクルマが浮くの?」


「全部ってわけじゃないが、だいたい浮くな。あまりに路面が悪い場所は、逆に浮かないほうがいいから、タイヤとかキャタピラとかを付けた専用車もある」


「へー、そうなんだ。面白そう! ねぇ、クルマに乗っていい?」


「荷台なら空いてるが―――てっ!! ええ!? お前、走って!? ええ!? 走ってんの!? この速さで!? 何なの、お前!?」


「孤高の陸上選手なんだ」


「こんな荒野でトレーニングするなよ!?」


「わかってないなぁ。荒野だからいいんじゃないか。誰にも迷惑かけないしね」



 現にクルマに被害を及ぼしているのは気にしないことにする。



「お前、武人か?」


「武人を知っているの?」


「それくらいの知識はあるさ。いくら武人でも長時間走るのは疲れるだろう。乗りたければ乗っていきな」


「荷台でいいよ。いくら? お金ならちょっとはあるよ」


「金なんているか。乗ってけよ。困っているやつがいたら助ける。乗りたいやつがいたら乗せる。それが荒野を走るクルマの流儀ってもんさ」


「あんた、いいおっさんだね」


「おっさんじゃねえ。ダビアだ」


「オレはアンシュラオン。よろしく」


「おう、よろしくな、ボウズ」



 アンシュラオンは荷台に飛び乗る。


 荷台にはいくつかの積荷があったが、ほとんど空であった。



「何か運んでいたの?」


「ああ、ここいらは辺鄙なところだからな。運搬で飯を食っている」


「馬車じゃないんだね」


「さすがにこの距離じゃ、馬が先にへばっちまうよ」


「ロリコンは馬車で移動していたけどね」


「ロリコン!? 誰だそれ? 犯罪者か?」


「犯罪者予備軍…いや、やっぱり犯罪者だよ。いいやつだけどね」


「いい犯罪者? よくわからんが…たしかにこのあたりじゃ馬車のほうが一般的だな」


「そういえば、このへんって馬車とかいないね。人もいないし」


「こっちは正規の『交通ルート』じゃないからな。安全なルートはもっと東だ」


「あの道って、ちゃんとした交通ルートなんだね。ガードレールも標識もなかったけど」


「付けてもどうせ魔獣に倒されるから意味がないのさ。地元の連中にガイドを頼めばちゃんと連れていってくれるぜ」


「じゃあ、ダビアはなんでこっちを通っているの? あっちのほうが安全なんでしょ?」


「あっちは迂回路なんだよ。無駄に時間がかかっちまう。あとは盗賊が出やすいのもあるな。それに比べてこっちは危ない分だけ人も少ない。盗賊たちも魔獣に襲われる危険性があるから、あんまり近寄らないのさ」


「魔獣と人間、どっちが怖いか、か。どっちも危険なら時間が早いほうがいいかな」


「お前さんは、どうしてこっち側に?」


「なんとなく広々としていたから」


「はは、気持ちのいい答えだな」


「こっちに来てよかったよ。クルマにも出会えたし」



 アンシュラオンは、改めて【クルマ】を見る。



(う~ん、中世みたいに思っていたけど、案外そうでもないなぁ…)



 ブシル村を含め、アンシュラオンが見てきた村々は、あまり発展しているようには見えなかった。まさに田舎であり、文明レベルも低いように思えた。


 が、こうしてハイテクのクルマがある以上、ただのんびりとした文明というわけでもなさそうだ。



「さっきの続きだけど、どうやって浮いてるの?」


「メカニックじゃないから詳しいことは知らんが、『ジュエル・モーター』で風を生み出しているんだ」


「ジュエル・モーターって?」


「知らないのか? まあ、東側じゃまだ普及していない場所もあるからな。ジュエルを使ったエンジンだな。ジュエルは知ってるよな?」


「こういうやつ?」


「ああ、そうそう。そういうやつだ。それを磨いたり術式を付与すれば、ジュエルの完成だ」



 革袋から、ロリコンに買い取ってもらえなかった青い原石を取り出す。どうやら、これがジュエルで間違いないようだ。



(じゃあ、ロリコン妻のやつもそうか…)



 スレイブ・ギアス〈主従の制約〉もまた、ジュエルに術式を施して制約を課している。


 このことから、ジュエルが【媒体】としての役割を果たしていることがわかる。術式を一般生活レベルで保存、活用するために生まれた技術なのだろう。


 言ってしまえば、このクルマという存在も術式で浮いているようなものだ。


 モーターを回すエネルギー源なのか、あるいは浮かせている力そのものを発生させているのか。どちらにせよ、この世界で独自に発展した技術なのは間違いない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る