魔法学園の令嬢生徒会長は、生意気な新入生ガールにお仕置きのキスをする

東紀まゆか

魔法学園の令嬢生徒会長は、生意気な新入生ガールに、お仕置きのキスをする

 ディジランテ魔法学園。

 入学式を前に、緊張の面持ちの新入生と、入学式の準備に追われる上級生が行きかう中。

 

 校門前に止まった馬車から降りたヴィクトリアは、いつも通り周囲の視線を浴びた。


「見て、生徒会長のヴィクトリア様よ!」

「素敵……。領主様のご令嬢だけあって、威厳ある美しさね」


 学園の女王然として、堂々と歩きながら。

 ヴィクトリアは、うっとりした目で自分を見つめる生徒たちに「ごきげんよう」と満面の笑みで挨拶をしながら、心の中で呟いた。


 あ~、つまんねー。


 この領地を治める侯爵の、一人娘に生まれてから。

 周囲の大人には、何をしても褒められ。

 勉強も魔法も、適当に流しているのに。


 その身分と美しい容姿で。

 「麗しの侯爵令嬢」 として、周囲の喝采を浴びる。


 それは逆に、「本気の出し甲斐が無い」という事でもあった。

 一生懸命やっても、適当に流しても、周囲の反応は同じなのだ。


 いつしか、ヴィクトリアは悟った。


 私の人生は、私のものじゃない。

 私に憧れを投影する、皆のものなんだ。


 その日から彼女は、真摯に生きる事を止めた。


 何事も適当に。

 何事も、うわべだけ。


 今日だって、皆が期待する生徒会長を演じて、入学式を適当にこなせば……。


 生徒の自主性を重んじるこの学園では、入学式の様な行事も、生徒会主導で運営される。

 その為ヴィクトリアは、教室ではなく生徒会室に向かった。

 この生徒会室が、また面倒くさい事に、校舎裏に独立した建物としてある。

 ヴィクトリアが校舎裏に差し掛かった時。


「だからぁ!新入生総代の挨拶を、辞退しろって言ってるのよ!」

「へぇ。それは学校の意図ですか?」

「何ですって?あなた、新入生の癖に生意気よ」


 言い争う声が聞こえ、ヴィクトリアはピクン、と眉毛を動かした。

 校舎裏で、上級生たちが一人の新入生を取り囲んでいた。


「騒々しいですよ。何の騒ぎですの?」

「ヴィクトリア様!」

「こいつ、平民の癖に、新入生の総代挨拶をするんですよ!」


 そう言われている新入生に、ヴィクトリアは一瞬、目を奪われた。

 黒髪のショートで、男の子と見間違いそうであったが、整った美しい顔立ちの少女だった。


 彼女はヴィクトリアを見て、興味なさげに周囲の人間に尋ねた。


「あれ?この人が一番、偉いんですか?」


 不躾な言いぐさに一瞬、ムッとしたが。

 「麗しの生徒会長」を演じる為、ヴィクトリアは笑顔を保ち続けた。


 だいたい状況はわかった。


 このディジランテ魔法学園は、殆どが貴族階級や富裕層の子女で占められている。

 魔法の英才教育には、幼い頃から莫大な教育費がかかるからだ。


 だが平民の中にも。時折、突出した魔法の才能を持つ者がいる。

 そういう生徒を、学院は特待生として迎えているのだが……。


 今年は、この生意気な平民の特待生が、新入生のトップだった、と。

 それが貴族階級や富裕層の上級生には、面白くないのね。


 しかし学園の決定は、そんな事では覆らない。

 だから本人に、辞退を強要させようと。

 じゃぁいつも通り、このヴィクトリア様が問題を解決してやりますか!


「皆さんは、この学園に、身分を誇りにきているのですか?」


 案の定、生徒たちは、ヴィクトリアを、いつもの輝く目で見つめ始めた。


「私たちは学問と魔法を学び、将来、国を背負って立つべく、共に努力する仲間ではありませんか」


 周囲を見渡し、言葉を続ける。


「生まれた家の違いなど、何の意味がありましょう。さぁ、あなた。自信を持って新入生総代を勤めなさい」


 黒髪の少女に手を差し伸べた自分を、一同が尊敬の眼差しで見る。

 決まった、と思ったヴィクトリアだが。


「あ、そういうの別にいいんで。総代は他の人にして下さい」


 黒髪少女の、その言葉に。

 顔では微笑みを絶やさぬまま。ヴィクトリアはカチン、と来た。。


 なに、こいつ。

 あんたが総代を辞退したんじゃ、私の面子、丸つぶれじゃない。


 そんなヴィクトリアの胸中を知らず、黒髪の少女は言葉を続けた。


「生徒会長さん、ですかね。私はゾーイ・クリストフ。平民の私が入学できただけでも、ありがたいんです。新入生総代とか興味ありません。他の人にどうぞ」


 何ですって。

 私の言葉が否定されるなんて、何年ぶりかしら。


「入学式の挨拶だって、学校にやれって言われただけですし。私を気に入らない人がいるなら、他に代わってもらった方が」


 感情を表には出さず、ヴィクトリアは、にこやかに言った。


「遠慮する事ないのよ、ゾーイさん。入学試験でトップの成績だったのだから、自信を持って挨拶をなさい」


 肩をすくめて、ゾーイは言った。


「後でグチャグチャ言われても面倒くさいですし。あなたも貴族ですよね。平民の苦労はわからないでしょ」

「あなた、ヴィクトリア様に失礼ですわよ!」


 割って入った生徒を、手を上げて制し、ヴィクトリアは思った。

 ちょっと、この子、面白いじゃない。

 久しぶりに、本気になろうかしら。

 満面の笑顔で、ヴィクトリアは言った。


「わかりやすく、こうしましょう。私と簡単な魔法対決をして、私が勝ったら、あなたが新入生総代を務めなさい」

「はぁ?何故そんな事をする必要が?」

「この魔法学園は実力主義です。生徒会長の言葉に従う気が無いのなら、実力で捻じ伏せなさい」

「まったく、総代から降りろと言ったり、やれと言ったり、お貴族様は面倒くさいなぁ……」


 ゾーイは頭をかくと、ギロッ、とヴィクトリアを睨んだ。


「火の粉が降りかかるなら払います。本気、見せますよ。いいんですか」


 その視線に、ヴィクトリアはゾクッとした。


「望むところよ」

「それで、勝負のルールは」

「三本勝負。先に相手に、二回キスをした方が勝ちよ!」


 ヴィクトリアの言葉に、一瞬ぽかん、とするゾーイ。

 その隙をついて。

 ヴィクトリアは、彼女の懐に飛び込んだ。


 周囲から驚きの声が上がる。

 さっきまで優雅に歩いていたのに。まるで獲物を狙う野生動物の様なヴィクトリアの俊敏さ。


 だがゾーイも、地を蹴って後ろに飛びのいた。

 校舎裏にそびえる大樹の側に着地し、警戒のポーズを取る。


 距離を取り、ゾーイを観察しながら、ヴィクトリアは思った。

 魔法は火、水、木、金、土の五つの属性に分かれる。

 入学試験でトップを取るくらいなら、恐らくは二つ以上の属性を使えるはず。


 さて、この子は何の魔法を使う?


 大樹の横に立つゾーイは、ニヤッと笑った。

 まさか!


 ゾーイは右の手刀で、大樹の幹を力いっぱい叩いた。


「うわっ!」


 ヴィクトリアをはじめ、その場にいた全員が、両耳を塞ぎ、苦しみもがいた。

 ゾーイが木の幹を叩く音が、頭の中で二重三重に反響する。


 木の属性魔法「木霊響き」。

 木の幹を叩き、その音を反響させると同時に。

 樹木の魂を呼び覚まし、霊的な魔法音波に変える。

 その魔法音波は、聞く者の三半規管にダメージを与えるのだ。


 この子、こんな高度な技を使うの?

 バランス感覚が崩れ、フラッと倒れたヴィクトリアを。

 ゾーイが受け止め、軽く頬にキスをした。


「一本目は貰いましたよ。お貴族様」


 我に帰ったヴィクトリアは、慌ててゾーイから距離を取り、魔法を発動させるべく集中した。


「木霊響き」は、木の属性魔法でも、かなり高度な技。

 それを使うとは、この子出来る!


「面白いじゃない」


 ちょっと懲らしめるつもりが、逆にしてやられた。

 意外な展開に、だがしかし、ヴィクトリアの胸は躍った。。


 今まで、誰にも負けなかった私に。

 ううん、誰も本気で相手をしてくれなかった私に。

 この子は初めて、敗北を味あわせた!


「負けるって、意外と楽しいわ」


 呟くヴィクトリアの背後に。

 グワッ、と、巨大な土の塊が盛り上がった。


「生徒会長は、土属性の魔法をお使いよ!」


 ヴィクトリアの後ろに盛り上がった土は、人の形に固まり、ゴーレム……土の巨人として歩き出した。

 これだけの大きさのゴーレムを瞬時に創れるなんて。お貴族様、口だけじゃないな。

 そこまで考えて、ゾーイは気づいた。


 お貴族様、どこ行った?


 ゾーイが、そして周囲の人々がゴーレムに気を取られている隙に、ヴィクトリア本人は姿を消していた。


「召し取ったりー」


 楽しそうな声がしたかと思うと。

 ゾーイの背後の地面から、ヴィクトリアが飛び出し。

 そのまま後ろから組み付き、うなじにキスをした。


「!」


 たじろぐゾーイの目の前で、ゴーレムがボロボロと土塊に戻る。

 あれは囮。

 ゾーイがゴーレムに気を取られている隙に、ヴィクトリアは「土の魔法」で地中に潜り、地下を移動して、ゾーイの背後に回り込んだのだ。


「これで一対一よ。勝負は振り出しに戻ったわね。あは、あはあはあは!」


 顔に制服、髪までも土まみれにして。ヴィクトリアは楽しそうに笑った。

 それは、彼女の人生で初めての経験だった。


 必死に知恵を絞り、誰かと何かを競い合い。

 人生で初めての「本気の勝利」を手に入れたのだ。


「くそっ!」

 

 ヴィクトリアの手を振りほどくと。後ずさり、ゾーイは身構えた。

 一対一。もう後はない。

 魔法使い同士の戦いでは、一度、見せた魔法は通じない。


 となると、残された魔法は……。


 ゾーイが、ゆっくり回す両腕の軌跡に。

 鮮やかな、紅色の炎が出現した。


 ヴィクトリアは思った。

 見事な炎。この子やはり、かなりの魔法の使い手ね。

 何か考えないと……私ですら負ける!

 どうすれば勝てるの?どうすれば……。


 考えを巡らせたヴィクトリアが、ニヤリ、と笑うと。

 地下から何本もの、水の柱が吹き出た。


「ゾーイは火の、ヴィクトリア様は水の属性!」

「正反対だ。魔力の強い方が勝つぞ」


 全身に炎をまとったゾーイと。

 水をまとったヴィクトリアが真っ正面から激突する。


 水と炎がぶつかりあい、凄まじい蒸気が発生。あたりは真っ白になった。


「うわっ!」


 蒸気が視界を遮る。

 キョロキョロするゾーイを見て、ヴィクトリアは思った。

 案の定、周りが見えなくて狼狽えてるわね。


 でも水の魔法も、あくまで囮。

 ゾーイの懐に飛び込むと、ヴィクトリアは囁いた。


「これが本命、恋の魔法よ」

「え?」


 たじろいだゾーイの唇に。

 ヴィクトリアは、素早く自分の唇を重ねると。

 まるで恋人にする様な、濃厚なキスをした。


「むっ!」


 反射的に、離れようとするゾーイの頭を両手で抱え込み。

 ヴィクトリアは舌を絡ませ、敏感な口内を愛撫する、熱烈なキスを続けた。


 これが私の、隠し武器。

 侯爵令嬢たる者、相手を篭絡するキスが出来ないと。


 初めてだったら、ごめんね。

 次のキスを誰としても、もう物足りなくなっちゃうかも。


「勝負はどうなったんだ!」


 視界を遮っていた蒸気が晴れた時、人々が見たものは。

 目をトロ〜ンとさせ、魂を抜かれた様に座り込むゾーイと。

 その横で、勝ち誇る様に立つヴィクトリアだった。


「三つ目のキスは、私がいただきましたわ!」


 その声に、歓声が上がる。


「さぁ、約束は果たしていただきましてよ。新入生総代を努めなさい」


 ハンケチで唇を拭いながら、ヴィクトリアは周囲の人々に言った。


「この私を、ここまで追い込んだゾーイ・クリストフよ!新入生総代に、文句がある者はいないわね?」


 元からいた生徒は勿論。

 対決を見て集まってきた野次馬たちも、一斉に喝采を上げた。


「凄かったぞー!」

「あのヴィクトリア様と、互角に戦うとは!」


 賛美の声は、ヴィクトリアにも向けられた。


「さすがヴィクトリア様ですわ!騒ぎを収める為に、あんなお姿にまでなって!」


 あんな……姿?

 そこで初めて、地中に潜り、水魔法を使ったヴィクトリアは、自分が泥だらけである事に気がついた。

 

 あちゃ〜、どうしよう。

 私も入学式で、生徒会長の挨拶をしなきゃいけないのに。


 そう考えたら、改めて、おかしさがこみ上げて来た。


 人生って楽しい!

 かしこまって、深窓の令嬢を気取るよりも。

 思う通りに動いて、全力でぶつかる方が愉しい!


「これからは、楽しい学園生活になりそうだわ!」


 泥だらけの姿で、ヴィクトリアは笑い続けた。

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