赤いきつねが好きな彼女

春夏秋彦

きっかけは赤いきつね

 今日は休日。昨日は仕事で遅くなり、帰宅したのも深夜。

寝たのも遅かったので昼過ぎにやっと目が覚めて、今ボサボサ頭で

庭で遊ぶ2人の子供達の姿を見ながら、赤いきつねにお湯を入れた所だ。

楽しそうにしてる子供達の姿を見てると思わず


『幸せだな〜』


誰も聞いてないと思いボソッと独り言を言っていた。


『そりゃこんな時間まで寝てたら幸せよね〜』


急に背後から声がしてびっくり。聞かれてしまった〜と思い

振り向くと、最愛の妻がニヤニヤしながら腕組みして立っていた。


『あはは。おはよう。昨日寝るのも遅かったし中々寝付けなくてさ』


と私がボサボサ頭に手を当てて頭をフラフラさせて

寝不足をアピールしながら言う。


『うん。帰ってきたのは知ってたよ。遅くまでお疲れ様でした』


本気で心配してくれるのがこちらにも伝わってくる。


『それ食べたら元気でるよ』


と満面の笑みで赤いきつねを指差して彼女が言う。


『あ、おあげさん一口頂戴ね、あと卵もね』


いつものやり取りである。

彼女は赤いきつねが大好きなのだ。

私は彼女との接点が欲しくて赤いきつねを食べるようになり

赤いきつね、そして彼女が好きになった。


 出会いは大学時代。


お互い貧乏学生で、バイトしながら慎ましい学生時代を送っていた。

同じ学科で見た事ある程度でしかなかった彼女と話すきっかになったのは

私がバイト先に向かう途中で、彼女のバイト先であるカフェの前の通った時に

店舗前を清掃していた彼女とふと目があったのだ。


私は彼女に認識されているかどうかわからなかったので

なんとなく声を掛ける勇気がなかったので、ぎこちなく会釈して

彼女の出方を見てみた。

彼女も恐らく私を見たことくらいはあったのだろう。

クスクスと笑いながら会釈を返してくれた。


その笑顔にすでにやられていたのかもしれないと、今は思う。


バイトの進学塾に向かう間、なんとく嬉しかったのを覚えている。

その帰り際に、またお店の前を通った時に窓から彼女の姿を

必死の横目で探しながらゆっくり歩いた。

が、結果彼女の姿はなく、ちょっとガッカリしてる自分がいた。

まだ話した事もないのに残念がるなんて100年早いな、なんて

訳の分からない事を自分に言い聞かせ、一人暮らしのアパートに

帰る途中、近所のディスカウントスーパーに立ち寄った。


晩ご飯と買い置きの為に、なんとなく積み上げてあった

緑のたぬきを2個買い物カゴに入れて、他の買い物を

しようとふと顔をあげた時だった。

真横に積み上げてあった、赤いきつねを3個買い物カゴに

入れてびっくりした顔でこちらを見る彼女の姿があった。

お互い


『あっ……』


と小さな声が出た。

私は会いたかった、と言う訳でもないのだが探していた彼女の姿が

急に目の前に現れたので、驚きと照れから何も言葉が出てこず

彼女見つめるだけになってしまったが、彼女が先に声をかけてくれた


『緑のたぬき、好きなんですか?』


そう言われて思わず自分の買い物カゴを見て

特に意識せず買ったのが緑のたぬきだったと改めて認識した。


『え、あ、いや。たまたまそこにたくさんあって〜』


と私がどもり気味に言うと彼女は赤いきつねを自分の買い物カゴから

そっと手にとって


『私、これ好きなんですよ』


と満面の笑みでこちらに訴えてきた。

意外性もあってだと思うが、屈託のない笑顔に

撃ち抜かれた、と言う表現はこういうのだろうと思った。


聞けば、元々うどんが好きでいつか本場の讃岐うどんを食べ歩き

してみたいとか。そんな事もあり、大学生になり一人暮らしを

した時に食べてみたらハマったのだと言う。


そんな事を聞いてしまったら男なんてもうこう言うだろ


『じゃ、じゃあ俺も買ってみようかな〜』


と赤いきつねを手にとり、買い物カゴに入れる。


『お買い上げありがとうございます』


とこれ以上ない笑顔の彼女。


『店員か!』


となんの捻りもできないツッコミしかできなかったが

それでも笑ってくれる彼女ともっと話をしてみたいと

思うようになっていた。

アパートまでの帰り道が途中まで一緒だったのも

ついてる!神様ありがとうと思った。


分かれ道でバイバイする時に


送っていくよ


と言いたかったが、私なんかに自宅の位置を知られた困るとか

そんな風に思われたら嫌だな〜と考えてしまい

薄暗くなり始めた道を一人で帰してしまって

それで良かったのか?と自問自答してる間に自分のアパートに

ついてしまった帰り道を今でも覚えてる。勝手な心配を押し付ける事に

なるのもな〜と優柔不断が頭の中をうろうろしていた。


翌日から大学で会う度に話すようになり

一緒に図書館で勉強したりするようにもなった。

バイト先の前を通る時は手を振りあえり仲にまで

進展していた。


私の勇気がもう一歩でないまま数ヶ月が過ぎ

もう頭の中は彼女の事でいっぱいになっており

その彼女が好きだと言った赤いきつねは家の常備品となった。


ある日、お互いバイトが休みだったので

二人で一緒に帰りながら、いつものディスカウントスーパーに

立ち寄り、そしていつもの赤いきつねを買い

毎回のごとく


『お買い上げありがとうございます〜』


と言うやりとりをしてお店を後にした。

そして彼女とバイバイする分かれ道についてしまった。

名残惜しそうに、バイバイと言おうとした時だった

私は思わず


『あ、あのさ……』


とここで止まってしまった。もっと話していたいが

この先がうまく出てこない。こういう時にうまく言えない

情けない男だった。

彼女が ん? という顔でこっちを見てる。


『あ、あの、んと、あ、あ、そだ。これこれこれ……

これ一緒に食べませんか?』


とさっき買った赤いきつねを買い物袋から取り出して

彼女に見せる。

一瞬固まった彼女だったがクスクスと笑った笑顔で


『うん、いいよ〜一緒に食べますか!』


と私のアパートの方に向けて歩き始めてくれた。

私は内心ドキドキしていた。初めて女性を家にあげる。

というか今日誘うつもりをしてなかったのに

焦った途端に出た言葉が、自分でもびっくりする程の

発言だったのだから。

どうしよ〜と思いつつ家につく。

ちょっとだけ彼女には玄関で待ってもらって

彼女を家にあげても恥ずかしくない程度の片付けを

見た事もないスピードで終わらせ深呼吸する。

よし臭くない?よな?と確認して彼女を招く。


『へ〜ひとり暮らしには丁度いいお部屋だね、後意外と綺麗だ』


彼女がちょこんと座りながらキョロキョロしてる。


『今一瞬で片付けました』


素直に白状しつつ彼女の、知ってる〜という言葉で

少し私は落ち着けたのを覚えてる。


『お湯入れるね』


テーブルを向かい合って座りお互いの赤いきつねに

お湯を入れて、スーパーでもらったお箸をテーブルの上に置き

しばし沈黙。割り箸の一つを彼女の渡そうとした時に

彼女も同じ事を思ったのだろう。

お互いの手が箸を取ろうとしたので手が触れる。

瞬間手を引いてお互いがうつむいてまた沈黙が来てしまったが

私は自分の心臓の音が彼女に聞こえるのではないか?と

言わんばかりのドキドキ音が自分の体内でどんどん大きくなるのが

わかった。私はもう爆発したかのように


『あ、あの!!』


と急に私は声をあげたものだから彼女もびっくりして


『ひゃい?』


とちょっと上ずった声になった。

そんな事はもう耳に入らないくらい緊張が爆発しそうになってる私。

もう好きが充満して飛び出そうになってるのだ。

私は意を決して思いのたけを彼女にぶつけた


『ずっと、ずっと好きでした。その、付き合ってください』


中学生か?と思うような告白だった。

そんな経験がない私はもう顔が赤いきつねの蓋より赤くなってるのが

鏡を見なくてもわかる。そして彼女の方を見れないまま返事を待つ。

自分に自信がない私には彼女の返事を聞かずに逃げ出しそうになって

しまっていた。そしたら彼女が


『もう〜』


と言った。予想外の言葉に顔上げて


『え?』


と私は言って彼女の顔見ると彼女はちょっとほっぺを膨らまし

横向きになり、横目で私を見ながら


『もうちょっとムードのある告白待ってたんだけどな』


『赤いきつねの待ち時間に言っちゃうかな〜もぅ』


って苦笑いをしながら彼女がこっちを見てる。

私はどう反応していいか分からず、そして彼女が言った

待ってたという言葉の真意を汲み取れず思わず


『あ、ごめん、なさい』


とちょっと苦笑いしながら謝った。

そりゃそうだ赤いきつねが出来上がりを待つ時にいう事じゃ

ないよな〜とやっと正気に戻る。

好きって恐ろしいと思った。自分の行動が大胆になってしまう。


『あはは。謝ららないで〜』

『もうちょっとかっこいいのが良かったけど』


と言いつつ彼女は向かいあって座っていた所から

赤いきつねをそっと持って、膝立ちしながら

ちょこちょこと私の横に来て、スッと座り


『こちらこそよろしくお願いします』


『あ、あとね、かやくのタマゴ頂戴ね』


といつもの満面の笑みと

たまご頂戴ね、と照れ隠しと思える言葉でこたえてくれた。


私は全身の力が抜けたと同時に歓喜がこみ上げてきて

思わず天を仰いで時計を見て気がついた。


5分過ぎてました。


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赤いきつねが好きな彼女 春夏秋彦 @harunatuakihiko

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