囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。

@matuokayozora

第一章 ほらな

第1話 出会い

 人身売買組織の隠し地下牢で、栗色の髪をまっすぐ伸ばした女に出会った。

 年のほどは十歳ほどか。ガキである。第一印象はよくない。

 せっかく助けに来てやった人のことを、刺すように睨みつけてくるのである。

 美人ではあった。ハッとさせるところがある。確かな知性、明らかに十歳のものとは思えない知性を、その双眸からは感じた。

 まあだからどうこう思うなんてことはありえない。

 何せこいつはただのガキでしかないのだから。



「知り合いか? ヒョウ」



 俺の隣にはコンビを組んでいる女がいた。名を有火あるか東尾とうびが有する最強最大の剣客集団、十狼刀決死組三番隊に属する女だ。

 決死組は隊ごとに役割が異なり、三番隊は外交兼外攻部隊、つまり、自国ではなく他国絡みの問題が発生した時に動く部隊なのである。

 今回の任務は、北翼ほくよくの人身売買組織の掃討。ってのも、東尾の女は東尾清女とうびせいにょと呼ばれ、他国のクズによくさらわれる。

 今回は、拉致被害者の救済というより、そんな連中に釘を刺しにきたのである。                   

 次にうちにきたらわかってるなと。

 まあそんなことをしても、風邪の予防程度にしかならんだろうが。



「俺に子供の知り合いがいると思うのかー? 忘れてるかもしれないが、俺は東尾とうびにきてまだ半年も経ってねえんだぜ? 東尾のガキなんて知らねえよ」



 この女は多分東尾の女だ。東尾の女は肌が白いなどの特色があるが、何よりそれだと断定させたのは、その座り方。

 女は正座という、東尾独自の座り方をしていた。

 俺はこういうとこ結構抜け目ない。元北翼の盗賊王と呼ばれた男だからな。

 アルカもまあまあ鋭い方だ。何せ東尾最強の軍人の一人だ。

 お互い職種は違えど、こういうことを見るプロだった。



「そうだな。そう言えばお前はただの、北翼ほくよくの野良犬だったな。あまりにいつも馴れ馴れしいので忘れていた。許せ」


「馴れ馴れしいシーンなんてありましたか? まあいいや。いずれにしろこのクソ生意気なクソガキも保護対象なんだろ? お前らのとこの自国民みたいだし」



 今一度娘を見る。

 女は正座し、膝の上に置いた拳を震わせながらも、それでもやはり俺のことは睨んでいた。

 いや今一度聞きたいんだけど、俺が一体何をした?



『何だよヒョウ。お前は本当に歴史に疎いな。この女は――』



 ふと聞こえてきたのは、元相棒の言葉。

 ここでこの幻聴。この女に関することとしか思えない。

 もしかしてこいつ――



 過去の俺の被害者か何かか?

 ありえるな。

 伊達に北翼の盗賊王と呼ばれていない。

 盗むために人を殺したことも多々ある。

 その時の身内か何かかな、こいつ……。



「ちょっとちょっとー」



 思考していた時、自分達が下ってきた階段から、新たな女の声が聞こえてきた。

 密偵として潜入していた女、雪蘭セツランである。

 布一枚を身体に巻いた、いかにも奴隷的な格好をしていて、その身に何があったのかは、あまり考えたくないところだ。

 


「いつまでこんなところで密会してんのよー。悪党殺してはい終わりじゃないんだからねー? 捕まった人らの解放はもちろん、生かした奴らの顔剥いだりとか、あそこ落としたりとか、それぶら下げて恐の魔力痕残したり、色々やること残ってんのよー」



 グロいことを軽々と口にしていたセツランが、少女を目にして固まった。



「おやまあ」



 そして、合点がいったとばかりに、掌を拳で叩いた。



「隠し階段があるから抜け道か何かと思いきや、こんな子供囲ってたのねー。ロリコンの心理はわからんわー。ま、確かに顔は可愛いけど」



 確かにな。

 だがそれだけとは思えない。

 この女には何かある。

 勘ではない。

 明確な理由がある。

 それは――



「雪。お前、この場に残されている感情をどう読んだ?」


「んー。喜、楽、愛、信、恐。多分三人はいるね。うち一人は手練れかな」



 目に魔力を込めてセツランが言った。

 見鬼けんきと呼ばれる魔術で、魔術師が残した感情を探ったのだ。

 魔力は死念半分思念半分で構成されているため、魔力の流れを読むと、断片的にだが魔術師の感情がわかる。残された感情も同じくだ。

 ちなみに娘は魔術師ではないので感情を読むことはできない。


 口元に手を置いた。

 一考する。


 喜、楽、愛、信、恐。

 俺の読みと同じ見立てだ。


 つまり、恐れを抱くほど信じ、また愛している。これは敬意を表している。

 そして一人は手練れ。にもかかわらず、この場に感情の痕跡を残した。

 それは、この女に並々ならぬ敬意を抱いたからに他ならない。



「ヒョウは」



 俺はアルカの問いに何も答えず、少女を見た。

 少しは安心したのか、ポカンとした顔でセツランとアルカを見ている。



 探れば色々出てきそうだが、今ではないし、こいつを探る必要もない。

 何より、俺は疎まれてるようだしな。


 

 昔からガキと動物には嫌われるんだ、これが。

 


「さてね。俺は見鬼は得意じゃねえからな。雪女。上で生きてる奴で、まだ話せる奴いるか?」


「生きてる奴はいるけど話まではどうかなー。もう言語能力は死んでるんじゃないかな。鎮痛剤ぐらいはバアちゃんとかが持ってると思うけど」


「ふーん」



 まあ下っ端が何か知ってるとも思えない。ここの親玉らしき人間は俺がさっき殺しちゃったし。

 とはいえここを出る口実ぐらいにはなるか。



「なるほどね。じゃあそこのガキはお前らに任せるよ。俺はガキと面倒が嫌いだからな」


「待ってください!!」


 

 呼ばれて、振り返る。

 女はやはり顔を伏せていた。



 そして、意を決したように顔を上げた。



兄様あにさまは――」


「へ?」



 兄様? どういうことだ? 

 俺はいつから、こいつの兄貴に――



「兄様。兄様ってば」


「……」


「兄様ああああああああああああああ!!」


「うお!!」



 俺は大きく上体を持ち上げた。

 そこにいたのは、先程の栗色の髪をした子供。



 名をリティシア=リン

 十狼刀決死組三年生にして、俺の義妹。リンというあざなも、何の因果か俺がつけた。



「はぁー」



 俺は地毛の黄赤ではなく、『黒色』に染めた髪を持ち上げた。



「あ、申し訳ございません。もしかして、うるさかったでしょうか?」


「いや、そうじゃない。いやまあうるさかったのは間違いないが」


「はわ!!」



 リンが口元を押さえて声をあげる。

 そのいかにもガキらしい仕草を見て、俺は笑った。



「しかし、それが一番の理由じゃない。ちょっと、昔の夢を見ててな」


「昔の夢……ですか?」


「ああ。無駄に臨場感があって、ちょっと疲れた。――何だよ?」



 リンは今も口元を両手で隠しながら俺を見ている。ただその顔が、ほんのり赤く、ポーッと照れている感じだったので、俺は尋ねた。ガキだからか、こいつは時々こういう脈絡のない、意味不明なことをする。



「あ、いえその、兄様の昔というのが、少し気になったもので」


「お前の夢だよ」


「え?」


「だから、お前と初めて会った時の夢を見てたんだよ、リン」

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