一章 二人のアコガレ(5)
「え?」
それは普段の律花を――という意味だろうか。律花は続けて口にした。
「ちゃんとしてるあたし。前みたいじゃない――成長したところを澤野先輩に見てほしいなって」
――成長したところを見てほしかった。
澤野先輩に見せたかったのは『そういう』律花だった。
ようやく得心がいった。律花がバイトに募集してきた理由はそういうことだったのだ。
「有馬くんは、どう思う? どうしたら見てもらえるかな……?」
律花にとって『成長した律花』というのは俺にとっての『普段の律花』のことだと思う。ならやることは一つだと思う。
「普段の自分を見せる場を作るしかないですよ」
今日、律花が緊張してテンパったのは、普段の自分を見てもらいたいと意気込み過ぎたからだと思う。それが特殊な環境――バイトという環境が合わさってあんなにミスを連発してしまった。
緊張するのは多少仕方ない。ならバイトという環境を取り去り、いつもの律花を見せればいい。
いつものというのは俺にとっては生徒会長である律花のことだ。だが澤野先輩を生徒会室に連れていくわけにもいかない。
「二人で一緒に遊びに行くとか、かな?」
律花がぽつりと口にする。
それは俺も思った。妥協点として二人で一緒に遊びに行くことだ。
問題は山積みだが、その前に一つ。
「それってデートってことになるんですけど……」
「え! デート!?」
驚かれるとは思わなかった。客観的に見てそうだろうと思っていたが、本人は違ったようだ。「あ、いやでも……そうなるのかぁ」とどうやら納得はしたようだ。
律花自身もその気はあるらしい。
「それだと、いきなりデートしてくださいって言って、澤野先輩、一緒に行ってくれるかなぁ」
それもそうだ。
うちの学校の男子なら、律花に「デートしてください」って言われたら、誰だって首を縦に振るだろう。
けど澤野先輩にとって律花はただの後輩でしかなく、断れられる可能性もある。
「何かイベントとかあったらいいんですけどね」
「イベント?」
「例えば夏休み明けの文化祭とか。こんな催し物やってるんですけど、って会話で入れば、澤野先輩はOBですし、予定がない限りは誘えると思いますよ」
成功率は高いだろう。
問題は二つある。一つは、誘うまでに律花が緊張して切り出せない場合だ。今日の律花を見ていたらサポートなしでは厳しそうだ。
もう一つは、うちの学校――北高の文化祭は九月の下旬だ。まだ二か月も先になる。
それは律花も思っていたようで、「結構先だよね……」と呟いていた。
「せっかくですし夏休み中がいいですよね」
と俺も腕を組んで考える。
学生にとって一番自由に遊べる夏休み期間が誘うのに丁度いい。話題の映画とか最近できたおしゃれなカフェとか何かなかったか……。
「夏なら祭りとか?」
と律花がぽつりと口にした。
「祭り、いいですね。それならバイトの終わり際とかに話題を出して自然に誘えるかもしれません」
面と向かって『今度の休み暇ですか?』と切り込むより、緊張の度合いは低そうだ。
「とっかかりがあれば、会長なら自然に会話を広げられると思います」
「そう、かな?」
学校での律花のコミュニケーション能力を見ているから、そう思ったのだが。
「問題はタイミングですけど、直近でやってる祭りって――」
俺はスマホを取り出して直近の祭りを検索してみる。
律花は「あっ」と思い出したように声を上げ、
「あれはどう? 花火大会。確か二週間後くらいに河川敷沿いでやるって聞いたよ」
「いいですね。一応、三日後に隣町で小さいのがあるみたいですけど、河川敷の方が人多いですし」
いいイベントだ。
俺のクラスでも花火大会の話題が出るほどメジャーな祭りだ。おそらく澤野先輩も知っているだろう。
「花火大会かぁ……」
何だが語気が弱い。
「どうしたんですか?」
と俺が聞くと、首を振って、
「ううん、なんでも! ――その、デート……だよね」
「異性で二人きりなんで、広義的にはそうですね」
澤野先輩と律花のデート――俺は律花がいつも学校ではがんばっているのを知っている。みんなに慕われているところも。デートでそれが澤野先輩に伝われば、きっと『今の律花を見てもらう』ことに繋がるだろう。
そのためには『デート』として成功させなければならない。
その後は――俺は関知しない。交友を深めて付き合うのも、それっきりなのも、知らない。首を突っ込むのも野暮だし、俺自身、横恋慕は趣味じゃない。
(けど……後悔してほしくはないな)
成功するにしても、失敗するにしても、律花が泣く結果は見たくない。俺の手の届かないところでもいい、笑っていてほしい。
遠くで律花が澤野先輩と笑い合う――そんな姿を想像して、俺は口を真一文字に閉じた。それが律花にとって喜ばしいなら俺はそれでいいと思う。
「うーん……誘うのか……花火大会……」
隣では律花は俺の胸中なんてつゆ知らず、一人で顎に手を当てて考えている。
俺はポケットからスマホを取り出した。もう夜遅い。このまま話していたら翌日になりそうだ。
「もうそろそろ夜遅いですし、今日はこれで――」
「ま、待って!」ブランコから離れようとする俺の袖を律花が掴む。「実際デートってどうすればいい?」
未経験の俺がそんなことを口に出せるわけがない。それに律花と澤野先輩にどういう共通の話題があるかなんて知る由もない。
「いや、俺も未経験ですし、そこそこいい服着て、待ち合わせして会場の出店を一緒に歩いて、最後に花火見る、でいいんじゃないですか?」
細かいディティールは知らない。それに人によって理想のデートは違うだろうし。
「でもどうしよう、デートなんてしたことないし……」
「と言われても……」
もう時間も遅い。こんな遅くなると律花の家の人が心配するかもしれない。
「じゃあ後日……有馬くん、明日バイトある?」
律花も今日はもう遅いと思ったらしい。確か明日は休みだったはずだ。
「いえ、ないですね」
「それなら明日うちに来て。短縮授業終わって、生徒会で一段落したら一緒に来てほしいの」
「か、会長の家ですか?」
突然の提案に、俺は動揺してしまう。
異性の――しかもあの会長の家。そこに俺が行く。
豪邸だの、専属メイドがいるだの、と噂が流れているが、実際律花の家に行ったことはない。
「時間ならあるし、具体的なデートプランも練れると思うんだ。協力、してくれる?」
俺の袖をぎゅっと握りしめながら、潤んだ瞳で見上げてくる。これを振りほどいて去る勇気は俺にはない。
「でも家って……デートの計画を練る相談なら、例えば生徒会室とか図書室とか……カラオケとかもありますし」
二人で話す場所なんていくらでもある。家はちょっとハードルが高い。
「でも他の人に聞かれたくないし……他の場所って人の目もあるから。うちならその日あたしだけだし」
相談に集中できないというのは納得できる。うーん、と悩んでいると、律花が、
「あたしの家、来るのいや?」
「そんなわけないですよ」
まるで否定しているみたいだったか。そこまで言われたら、これ以上、他の場所を提案するのは失礼か。
「でも……いいんですか?」
「全然いいよ。ここでこれ以上話すのも悪いし」
「そ、それもそうですね……」
家に行くとなると、やはり律花の自室に招かれるのだろう。
どういうところなのか、女の子の部屋に行くこと自体初めての経験になる。
変な想像をしてしまう。別に今、律花の部屋にいるわけじゃないのに、すでに顔が熱くなるのを感じていた。
「ありがとう、有馬くん。何かあったら連絡するから」
「よ、よろしくお願いします」
憧れの会長の家――いや本当にいいのか? 俺なんかが行っても。
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試し読みは以上です。
続きは2021年12月18日(土)発売
『俺の気も知らないで憧れの先輩が恋愛相談してくる』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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俺の気も知らないで憧れの先輩が恋愛相談してくる【増量試し読み】 永松洸志/ファンタジア文庫 @fantasia
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