第30話:指嗾
「大蛇よ、今からお前が恨みを晴らす手伝いをしよう。
俺を信じるのなら、お前を恨む相手の元に送り届けてやる」
神仏との交渉を終えた嘉一は、常世と現世の通路を使って移動し、恨みに凝り固まった大蛇の所にやってきていた。
狂信者が単に同志に裏切られただけでなく、無残に殺された事で、激しい恨みを持って物の怪と化していたのだが、元が元である。
『姥ヶ火』や『河童』とは違って、自力ではあまり遠くまでは移動できなくて、近くにいる元仲間の狂信者にしか復讐できなかったようだ。
そうでなければ、一番最初に東京まで移動して、教祖やその子供を真っ先に喰い殺していた事だろう。
近くにいる末端の狂信者を喰らって済ませているはずがない。
そのような現状だったからこそ、大蛇は嘉一の提案に乗ってきた。
恨みが強すぎて、復讐する事しか頭になくて、自分が罠を仕掛けられている事すら気がつかない状態だった。
「殺させろ、我らを殺した者達に復讐させろ。
敵対していた大人達だけでなく、幼い子供達まで殺した、宗教家の風上にも置けない、腐れ外道共を殺させろ」
嘉一をこれ以上怒らせないように、神仏は黙っていたが、教祖と息子とその取り巻きは、敵対した大阪派を幼い子供まで皆殺しにしたようだった。
嘉一は改めて思想集団に対する怒りを内心で高めていた。
だが、嘉一も聖人君子ではないし、自分の手を汚したくない身勝手さがあった。
直ぐに大蛇を東京に送り込んで、怨敵の本命を喰い殺させてしまったら、大阪にいる連中が殺される前に、大蛇が輪廻転生の輪に戻される可能性があった。
口では約束したが、神仏が嘉一殿約束を破る可能性を疑っていた。
その時には嘉一が自分が手を汚して、大阪に残った狂信者共を殺さなければいけなくなる。
嘉一は迷うことなくとても卑怯な方法を使った。
大蛇を常世と現世の通路を使って大阪各地に放ったのだ。
新たに多くの付喪神と物の怪達を配下に加えられた嘉一は、自由自在に通路を使えるようになっていた。
その日から、大阪の思想集団と思想政党、地域政党も阿鼻叫喚の地獄となった。
嘉一が支配下に置いたマスメディアだけでなく、未だに多少の力を持っている反日反政府マスメディアも、決して本当の事を放送しないが、少なくとも思想集団と思想政党だけでなく、この件に関係した地域政党幹部は真実を知っている。
大阪派信徒を虐殺した者達が次々と行方不明になっては、誰かが復讐を始めたのだと悟って当然だった。
それでなくても大阪では『姥ヶ火』と『河童』の事件があり、恨みを持って死んだ人間の怨念が祟る事は、古くて新しい常識として認識されている。
自分達が恨まれる対象になった事を悟った連中は、恐怖にかられて逃げ惑う事になるのだが、もうこの世界のどこにも逃げる場所がない事を知り、愕然とした。
一番遠くニューヨークにまで逃げた者が、『河童』の恨みでトイレで溺死させられた事は、マスメディアでは報道も放送もされていないが、SNSでは常識だった。
彼らは教祖を信じる思想集団と思想政党であるにもかかわらず、教祖や自らの信仰に助けを求めるのではなく、古くからある神社仏閣に助けを求めた。
官憲に自首して、自らの罪を自白して許しを求めた。
その中には、嘉一を襲わせた連中もいた。
自衛隊や警察内部に入り込み、教祖や教祖の息子が命じたなら、武力宗教革命を起こし、宗教国家樹立を目指していた事まで自白したのだ。
事ここに至っては、反日反政府マスメディアも情報隠蔽に協力できなくなった。
このまま何も報道放送しなければ、自分達が行ってきた事が暴露され、それでなくても残っていない力が全くなくなってしまうと恐れたのだ。
いや、それどころか、また怨念の標的にされるかもしれないと恐怖した。
全ての省庁に入り込んでいた思想集団の手先も、次々と罪を白状した。
だが自首して自白しようと、神社仏閣で神に助けを求めても、大阪では毎日百人以上の思想集団と思想政党の関係者が神隠しになっている。
自暴自棄となった思想集団の信徒は、自分よりも罪が重いと考える連中を殺して怨念に捧げる事で、祟り殺される事から逃れようとした。
嘉一が大蛇を使って狂信者達の処分を始めて十日経って、一五二九人に狂信者が忽然とこの世界から消えた。
自首して留置所に入っていた者も、神社仏閣の宿坊に逃げ込んでいた者も、思想集団が持つ会館に逃げ込んでいた者も、誰一人助からなかった。
この事が、後々神仏には何の力もないと言い張る集団と、神仏にはちゃんと力があるが、悪人を助けたりしないという集団が、敵対する原因となった。
全員が大蛇喰い殺されたわけではなかった。
嘉一を殺そうとした信徒が密かに殺されたように、警察官をしている信徒が、自分や家族が生き延びるために、自首してきた同じ信徒を殺す事件が続出したのだ。
信徒同士の殺し合いで、三七六七人が亡くなっていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図で、全ての日本人に政教分離の大切さを思い知らせた。
教祖と教祖の息子、彼らを担いで権力を意のままにしていた連中は、恨みによる呪いが大阪で吹き荒れている間に逃げようとした。
だが、どうしても逃げられない理由があった。
実際には植物人間状態となっている教祖は、何処にも移動させられない。
大阪派を壊滅させたから、単に思想集団内の権力を維持したいだけなら、もう教祖を死なせても大丈夫な段階に来ている。
だが、教祖がいなくなると、求心力が極端に落ちるのは間違いなかった。
信徒数は激減するだろうし、思想政党の対する影響力も小さくなる。
ましてこの状況で、教祖を見捨てて自分達だけで逃げたとなれば、何も知らない信徒達から非難されるのは間違いなかった。
そんな事になったら、思想政党の代議士から次の教祖の地位を狙う人間が現れるのは目に見えていた。
地方支部にいる反主流派の連中から、次の教祖を目指す者もあらわれる。
そんな事は重々承知していても、命の方が大切だった。
恨みが大阪から東京に移動する前に、外国に逃れる方が大切だった。
教祖の息子は、思想集団の医師と看護婦に教祖の世話をする事を命じて、自分は家族と側近を連れて外国に逃げた。
思想集団の海外拠点は、一九三もの国と地域にある。
思想集団の世襲化を目指す教祖の息子は、子弟を別々の海外拠点に送り込んだ。
子世代や孫世代、公式では子供や孫に含まれないが、愛人に生ませた子や孫も海外拠点に分散させた。
先に怨念が現れた事が明らかなニューヨークは避けて、自分は国連本部のあるスイスのジュネーブに逃げ込んだ。
弟や子供や孫は、思想集団内の地位に合わせて、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ポルトガル、インド、シンガポール、チリ、アルゼンチン、ケニア、コートジボワールなどに派遣した。
そんな中で、教祖の息子を担いでいた連中は、口舌を尽くして教祖一族から離れようとしていた。
彼らにはそれなりに知恵があるから、一緒にいては祟り殺させると分かっていた。
恨みの本命である教祖一族が皆殺しにされたら、怨念が消える可能性があると分かっていたのだ。
祟りが終わるまで生き残れたら、今度は自分が表に出て新たな教祖になれると考えていたのだから、人の欲とは追い込まれていてもなくならない。
だがそのような事は、嘉一にも分かっていた。
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