第28話:神仏の願い
「嘉一、貴男に無理を言っている事は理解しています。
仏にあるまじき行いだと言う事も理解しています。
ですが、神仏を敬わない者達を見過ごすわけにはいきません。
この国の神々を敬わずとも、他の国の神々を敬う者はまだ許せます。
わたくし自身が、元は他の国から来た仏ですから、彼らを批判するわけにはいきませんからね。
ですが、全ての神仏を否定して、自らを信心させるような人間は見逃せません。
人々を迷わせるような者を許すわけにはいかないのです。
そのような者の悪行を暴露して欲しいのです、嘉一」
嘉一はとても迷ったが、それも当然だった。
できる事なら狂信的な連中とは付き合いたくないと思うのが普通の人間だ。
狂信的な者達による悪政や残虐な行為が世界中で記録されている。
ヨーロッパでは暗黒時代とまで呼ばれるような状況になった時代もある。
化学も常識もなく、教祖の決めた事や思想が基本理念として優先されてきた。
嘉一も日本をそんな国にしてはいけない事は理解していたが、同時に妻も子供もいない、もう老齢の嘉一が無理をする必要も感じていなかった。
「嘉一、観音が無理を言っているのです。
少なくともここにいる神仏は全員嘉一に力を貸します。
普通は絶対に人の争いに力を貸す事はありませんが、今回は特別です。
何があろうと、誰にも貴男を害させません。
だから観音の願いを聞き入れて、今回の件を終結させてください」
親しくなった石長にここまで言われてしまうと、嘉一も断れなかった。
だが、口約束だけでは信用できなかった。
できる限りの手助けをすると言うのなら、知っている全ての情報を知らせてもらって当然だと考えた。
祀られている社、神棚や仏壇を通じなければ、人の行いを知ることができないと神仏は言っていたが、それは嘘だと嘉一は考えていたのだ。
「では人の自助を前提に、俺に隠していた情報を教えてください。
教えてくださらないと、神仏こそ大嘘つきの邪悪な存在だと結論して、絶対に協力しませんから、その心算で全て話してください」
嘉一にはどうしても知りたい事があったのだ。
以前から思想集団と大阪の地域政党に対する疑念があったのだ。
大阪特有の地域政党が立ち上がった時に、選挙で大躍進を遂げた。
その時に惨敗を喫したのが、大阪で思想集団を大躍進させた功労者で、思想集団内で第二位の地位を得ていた者だった。
地域政党に惨敗を喫した事で、第二位だった彼とその側近は責任を取らされて、思想集団内での権力を失い、強制的に全ての地位を奪われていた。
そして第二位だった彼の後釜に座ったのが、思想集団の指導者の子供だった。
表向きはもっと下の地位にいるように見せかけているが、実際の権力は指導者に次ぐ第二位の座にいると言う噂だった。
これは思想集団の指導者の座が世襲制となったと言う事だ。
政権与党第二党となるほどの人数を国会議員にできる、信じられないくらい多くの信徒を持つ思想集団が世襲制となる事は、日本の危機としか言いようがなかった。
そしてその思想集団が世襲制となる原因の一つに、日本の有力野党となった大阪の地域政党が係わっているとしたら、更なる恐ろしさがある。
大阪の地域政党が単に利用されただけの愚かな存在ならば、それほど恐ろしい事ではないが、二つが密かに手を組んでいたとしたら、とても恐ろしい。
二つの組織が連合を組むことで、日本を自由自在に操れる、思想集団が母体の新政党が誕生しかねないのだ。
ドイツ第三帝国が世界中に争いを起こした前夜を嘉一に思い出させる。
「嘉一の疑念と不安、恐怖を感じるのはもっともな事だと思います。
ですが組織を形成している個々にはそれほどの意識はありません。
指導者層も己の権力を維持する以外の確固たる意志があるわけではありません。
特に末端の信者達は、組織に入っている事で手に入れられる、個々の利にしか興味がないのです。
端的に言えば、生活保護の継続と、組織の企業から受けられる仕事です。
もっと単純に言えば、自分が得られるお金にしか興味がないのです。
票を入れるのも、勧誘をするのも、指導者を崇めるのも、お金を手入れたいがためにやっている事で、日本の未来の事など全く考えていないのです」
「その個人的な利だけを考えての行動が、とても大きな問題なのではありませんか。
日本の将来を考えれば、ほんのわずかな金のために、思想集団ほどの権力を持った組織を世襲制にし、日本を思想集団の指導者銅像に土下座させるような、そんな恐ろしい国にしてしまうかもしれないのですよ。
本当にそれでいいのですか、神仏は何もしないのですか」
「何もしない訳ではありませんよ。
だからこそ、こうして嘉一にお願いしているのではありませんか。
神仏は現世の人の行いに手出しも口出しもしないと言うのが基本です。
ですが、今回だけは、半ば神格化した嘉一に手助けをする事で、基本を逸脱する覚悟をしたのです。
嘉一が思想集団を壊滅させてくれれば全て丸く収まるのです。
私達は神仏を蔑ろにする者達の力を削ぐことができて、嘉一は日本の将来を危うくする組織を叩き潰すことができるわ」
そう石長に説得されれば、流石に面と向かって断ることができない。
外国勢力や、力を落としたとは言え、まだマスゴミ連中の襲撃を警戒しなければいけない嘉一は、神仏の加護が失う訳にはいかなかった。
だから気持ちは思想集団を叩く事に傾いていた。
だが、確約の返事をする前に聞いておかなければいけない事ができた。
どうしても聞き流せない事を石長は口にしていたのだ。
「石長様、俺が半ば神格化しているとはどういうことなのですか。
俺はありふれた人間で、神格化されるような立派な事など何一つやっていません。
いったいどういう理由で神格化したのですか」
「嘉一が分かっていない事が不思議です。
そもそも一度でも常世に来ること自体とても珍しい事なのですよ。
代表的な浦島太郎の話でも分かるように、昔話で現世と違う場所を訪れた者達が、特別な力を持つ事を知っているでしょう。
嘉一はそんな常世に何度も訪れたばかりか、常世で私達神仏に手料理まで振舞い、常世で育てられた食材を現世に持ち帰り、料理して食べているのよ。
それも一度や二度でなく、何百回もやっているのよ。
神格化しない方がおかしいではありませんか。
それでもまだ死んでいませんから、半ばしか神格化していません。
死ねば必ず神格化する事でしょう」
石長の言葉に嘉一はとても驚いた。
驚きはしたが、あり得る事だと納得もしていた。
そして納得できれば、今度こそ自信を持って思想集団を相手に戦う事が出来る。
半ばとはいえ神格化しているなら、そう簡単に殺されることはないだろう。
そう考えた嘉一だったが、まだ確認しておかなければいけない事があった。
「それで石長様、結局今回の思想集団の騒動は何が原因だったのですか。
それと、恨み辛みを持って死んだ者はどのような物の怪に変化したのですか。
それを教えていただかないと、気持ちがすっきりしません」
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