第26話:同士討ち

「……私はなにも知らないわ」

「下では色々あったとテレビで言っていたけど、この辺には何もないわ」

「新聞に色々掲載されていたけれど、この辺は関係ないよ」

「知らん、俺は何も知らん」

「帰れ、何も話す事などない、とっとと帰れ」

「知らないわ、私はなにも知らないわ、さっさと帰ってちょうだい」

「……あまり色々と嗅ぎ回ったら、命を失いかねないぞ」


 嘉一と多門は昔話の妖怪情報を集めた後で、細心の注意を払って慎重に最新の噂話を集めようとしたのだが、前回と違って全くといいほど噂が集まらなかった。

 前回も人権屋を恐れて最初は口をつぐむ人が多かった。

 だが時間をかけて信頼を築いていくと、徐々に重い口を開いてくれたのだが、今回は全く手応えをつかめなかった。


 それは嘉一と多門だけでなく、ママさん達と信頼を築いたはずの虚空蔵と地蔵も同じで、何の情報も得ることができなかった。

 明らかだったのが、正面から質問した相手だけでなく、遠回しに噂話を集めようとした相手でさえ、話す事をとても恐ろしがっていた事だ。

 今度の相手が、大阪府内で絶大な権力を持っていた、人権屋の市会議員以上に恐ろしい相手だと言う事だけは分かった。


 嘉一と多門、虚空蔵と地蔵は人間から直ぐに直接情報を集める事を諦めた、

 滝谷ダム周辺に祀られている神仏と交渉して、彼らが見聞きした話を教えてもらおうとしたが、まったく情報が集まらなかった。

 観音と地蔵と多門は滝谷ダム近くに祀られているが、物の怪の恨み辛みに直接繋がるような情報は見聞きしていなかった。

 分かっているのはダムで溺死させられた人がいて、その人が殺されて以降、行方不明になる人が続出していると言う事だけだった。


 更なる情報を集めるために、手の空いている神仏と付喪神と物の怪が総動員される事になった。

 手が足りなくなったところを敵に襲撃されるのが怖いので、嘉一は新しく買った家には戻らない事になった。

 安全な常世で眠り、それ以外は滝谷ダム周辺で情報収集を続けた。


 神仏は祀られている社で情報を集めるだけでなく、足を使って噂を集めた。

 付喪神と物の怪は滝谷ダム周辺の家に入り込んで、家人が家族だけの空間で口にする本音を集める事にした。

 ネットを使う事のできる付喪神と物の怪は、嘉一と一緒に滝谷ダム周辺で起きている不思議な事や死傷事件に関する情報を探した。


 だが今回の物の怪騒動に関しては、以前の二つの事件に比べて徹底的に情報が隠蔽されていた。

 一カ月二カ月とネットを探っても全く情報が見つからなかった。

 それどころか家庭内でも全く口にされなかった。

 嘉一は家庭の中でまで口をつぐむ事に空恐ろしさを感じていた。


 そこで嘉一は影響下にあるマスメディアを使って大々的に情報を集めた。

 マスメディアだけでなく、懇意になっている国会議員や財界人にも情報収集を頼んだのが、とんでもない返事が返ってきた。

 嘉一はその返事を聞いて、とんでもない日本の闇に足を突っ込んでしまったのだと恐怖した。


「嘉一さん、せっかく拾った命を粗末にしてはいけないよ」

「嘉一さんには、これからも活躍してもらいたいと思っている。

 今言った事は聞かなかった事にするよ」

「知らん、俺は何も知らんぞ。

 悪い事は言わん、嘉一さんもその事は忘れてしまうのだ」


 嘉一だって忘れてしまえるものなら忘れたかった。

 放り出せる物なら放り出したかった。

 だが嘉一には忘れる事も放り出す事も許されていなかった。

 神仏から頼まれた事を忘れ放り出すと言う事は、今後は神仏の加護を期待できなくなると言う事だ。

 対戦車ロケットランチャーを使って嘉一を殺そうとする敵がいる以上、神仏の加護を失うような事は絶対にできなかった。


 そこで嘉一は正々堂々と正面突破を図ることにした。

 顧問弁護士を使って、大阪府警に情報公開請求をしようとした。

 だが肝心の顧問弁護士が契約を解除すると言ってきた。

 外国勢力とマスゴミという、とても危険な敵を相手にしている時も辞めなかった顧問弁護士が、今回の件に関しては慰留する間もなく辞めてしまったのだ。

 嘉一は敵のあまりの強大さに恐怖したが、後に引くことはできなかった。


 嘉一は影武者を使って日本中の弁護士に顧問契約を持ちかけたのだが、今まで顧問を務めてくれていた法律事務所から警告を受けているのか、何件何十件と問い合わせても全て断られてしまった。

 ようやく個人の弁護士に依頼を引き受けてもらえたが、見つけるまでに三日間も電話をかけ続けなければいけなかった。


 ようやく顧問弁護士を務めてくれる人が見つかって、その弁護士と面談する事になったが、安全のために面談も影武者に務めてもらう事になった。

 その時には弁護士を疑っていたのではなく、面談する情報がどこからか漏れて、母屋を爆撃や砲撃されるかもしれないと言う不安があったからだった。

 だが爆撃や砲撃ではなく、顧問契約をするはずだった弁護士に殺されそうになる。

 母屋に入ってもらい、挨拶をしようとした時に、いきなりナイフで刺されそうになったのだ。


 嘉一自身が弁護士に対応していたら、確実に刺殺されていた。

 それくらい熟練したナイフ使いだったが、対応していたのは影武者だ。

 危なげなくナイフを躱しただけではなく、関節を決めて刺客の肘をへし折った。

 だがそれで全ての危険がなくなったわけではなかった。

 嘉一を護るはずの自衛官が、自動小銃を使って嘉一を射殺しようとしたのだ。


 鏡付喪神であろうと、自動小銃の連射からは逃れられない。

 粉々に砕かれて命を失ってしまうかと思われたが、情報収集のために数は少なくなったが、母屋にも庭にも付喪神と物の怪の護りがあった。

 自動小銃を構えた自衛官が地に隠れた物の怪に引き倒され、影武者がいるのとは違う方向に自動小銃を連射する事になった。


 その後に行われた事は、とても信じられない恐ろしい事だった。

 嘉一を殺そうとしていた自衛官は一人ではなかったのだ。

 弁護士を装った刺客と直ぐ側にいた自衛官が失敗したと知って、少し離れた場所にいた三人の自衛官が、嘉一を狙って自動小銃を連射しようとした。

 嘉一殺害に加担していなかった自衛官が止めようとしたが、同僚を射殺する覚悟ができなかったようで、言葉と手で止めようとしたのだ。


 だが、嘉一を殺そうとした自衛官は同僚を殺す事を躊躇わなかった。

 何の躊躇もなく同僚に向けて自動小銃を連射した。

 悪夢のような自衛官による同士討ちが行われたのだ。

 そのわずかな時間に、影武者をはじめとした付喪神と物の怪は安全な常世に逃げ込み、何とか事なきを得た。

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