第17話:鯉の餡かけ
嘉一は毎日情報収集しつつ、神仏への御供えも忘れなかった。
想い出の料理だけでなく、普通の料理であっても、毎日御供えする事に拘った。
大嫌いないマスゴミから力を奪い、日本の将来をよくするためには、神仏の加護がどうしても必要だったのだ。
明らかな阿りと賄賂だったが、神仏は気にしなかった。
神仏もマスゴミの横暴には怒りを感じていたからだ。
嘉一は毎日供えている普通の料理を作ると共に、想い出の料理を作ることにした。
春になって、魚達が産卵のために深場から浅瀬にやってくる乗っ込みの時期になっており、卵を持った鮒や鯉を釣る事ができる季節になっていた。
聞き込みをしなければいけない嘉一に、魚を釣りに行く時間などなかったが、運のいい事に、聞き込みで仲良くなった人の中にヘラ師がいたのだ。
もうヘラブナ専門の釣り師、ヘラ師は高齢化してほとんど残っていなかった。
手軽に安く海水魚を購入できるようになり、泥臭くて小骨も多い淡水魚を食べる人も殆ど残っていなかった。
まして高齢の男性は、自分で料理をする人が殆どいない。
奥さんが作ってくれなければ淡水魚を食べる事など不可能だった。
そこで嘉一は、鮒や鯉を釣ってきてくれるのなら、自分が美味しく料理して御裾分けすると約束したのだ。
若い人は美味しいと思ってくれないかもしれないが、高齢者にとっては、淡水魚の料理は想い出の味なのだ。
高齢の新しい友人は、わずかに残ったヘラ師仲間と水のきれいな野池や清流に行き、食べる事のできる鯉、銀鮒、ヘラブナを釣ってきてくれたのだ。
嘉一も何もせずに待っていたわけではない。
昔よく鮒豆を煮て食べさせてくれた大叔母の家に行き、再従兄達に作り方を教えてもらったのだが、驚くべき事が分かった。
釣り好きの再従兄が釣ってきてくれた鮒を使った料理だと思っていたのが、親戚の養魚場で育てられた河内ブナだったのだ。
河内ブナとは、琵琶湖の固有種であるゲンゴロウブナを、狭い養魚場で育てられるように品種改良したヘラブナの事なのだが、もう潰れた養魚場にはきれいな湧水がこんこんと湧き出ていたので、野池や小川で育つヘラブナとは全然違うというのだ。
嘉一は慌ててネットで鯉や鮒が売られているか調べた。
長野県、特に佐久地方では淡水魚をよく食べていて、養殖も盛んだと知っていたからだが、その通りだった。
ネットで調べると、佐久地方独特の佐久鯉と佐久鮒が売られていた。
だがこの季節に買えるのは、通年で売られている一キロから二キロの佐久鯉だけで、残念ながら佐久鮒は売られていなかった。
しかたなく嘉一は泥抜きさせるための水槽やポンプを購入しようとしていたのだが、不意に神仏から声をかけられてしまった。
「嘉一、そのような物を購入する必要はありません。
魚を養殖する清浄な池ならば、こちらにいくらでも用意させます。
嘉一は生きた魚さえ持って来てくれればいいのです」
どうやら嘉一の行動は逐一監視されていたようだ。
嘉一はちょっと怖くなったが、同時に安堵もした。
神仏のお陰でとんでもない大富豪になった嘉一ではあるが、何時株の売買が違法だと告発されるか分からない状態なのだ。
人間の手が絶対に及ばない常世という逃げ場所を確保する事と、何年も暮らせる食糧を備蓄する事は大切な事だった。
「では石長様、非常食もそちらに置かせてもらっていいですか」
「構いませんよ、何でも好きなだけおいてください。
その代わり、半分は食べられてしまう覚悟をしていてください」
嘉一はそう言われて宝くじと株で儲けた莫大な資金を使い、長期保存のできる缶詰やレトルト食品を大量に買った。
毎日届けられる大量の非常食を常世に持ち込んだ。
初日には、もう食堂が五倍以上の広さになっていて、広がった分が巨大な生簀になっていたのには、嘉一も腰を抜かすほど驚いた。
その巨大な生簀を見た嘉一は、活け佐久鯉の大量注文を行った。
二キロの大物を五匹だけ注文していたのを、追加で大量注文した。
なんと一〇〇匹二〇〇キロ分もの大量注文をしたのだった。
だが、ちまちまとした家庭料理ならともかく、二キロの鯉を美味しく料理した事のない嘉一は、ヘラ師の再従兄に手伝いを頼んだ。
幼い頃に再従兄が作ってくれた鯉の餡かけが、六十近くになっても、とても強く印象に残るくらいの想い出料理だったのだ。
最初に送られてきた佐久鯉を、七十近くになった再従兄と一緒に料理した。
高齢になった男性二人が料理をする姿は、みる人によったら物悲しく感じる事だろうが、当人達にはとても充実した時間だった。
最初に丁寧に鯉の鱗を取り、内臓を抜いて鰓も取り揚げ易いように包丁を入れる。
キッチンペーパーで丁寧に水分を取って塩胡椒をし、片栗粉をまぶす。
超特大の中華鍋にたっぷりとサラダ油を入れて中温にする。
中温にした油の中に鯉を入れ、じっくりと時間をかけて揚げる。
油からはみ出てしまう部分にはお玉で掬った油をかけてしっかりと揚げる。
十分に火が通ったら一度中華鍋から取り出す。
次に餡の用意をする。
最初に中華鍋に少しの油を入れて花椒、生姜、トウガラシを炒め、次に食べやすい大きさに切った玉葱、人参、ピーマンを入れて炒める。
別の中華鍋で餡作りをする。
番茶、醤油、酒、砂糖、中華黒酢、米酢、五香粉、花椒、赤トウガラシを入れて煮て、塩で味を調えて最後に片栗粉を入れて胡麻油を垂らす。
最初に使った超大型中華鍋の油を高温にして、一度揚げた鯉をもう一度揚げる。
しっかりと二度揚げした鯉に野菜餡をかける。
白髪ねぎと三つ葉で飾って見栄えをよくする。
パクチーを乗せてもいいのだが、嘉一はパクチーが苦手だったのだ。
中華料理は熱いうちに食べなければ本当の美味しさは味わえない。
嘉一はもう一人の再従兄を急いで呼んで一緒に食べた。
再従兄二人と楽しい時間を過ごした嘉一は、再従兄達が家に戻ってから常世に行き、料理の練習を兼ねて神仏に想い出の料理を振舞った。
実際の味ではなく、氏子や信徒の想いの強さが美味しさになるのだろう。
神仏は日常で作る御供え料理とは段違いに喜んでくれた。
それを見ているだけで嘉一も嬉しくなった。
だが神仏に御供えするのが本番の目的ではない。
本番は新しい高齢の友人達、ヘラ師に喜んでもらう事が一番の目的だった。
問題があるのは、熱々の出来立てでなければ美味しさが半減する事だった。
本当は河内長野にあるヘラ師の家で料理する方が、移動時間も少なくて美味しく食べられるのだが、同居家族に嫌な顔をされるのも嫌だし、必要な道具を運びこまなければいけないのも面倒だった。
そこで嘉一の家に全員集まってもらって鯉の餡かけを振舞うことにした。
鯉の餡かけだけではなく、海の魚の刺身や鳥や肉も料理して振舞った。
ヘラ師達はとても喜んでくれた。
特妻に先立たれて独居している人や息子夫婦の世話になっている人には、特に喜んでもらえた。
酒に酔いつぶれたヘラ師達は一晩泊って行った。
彼らは翌日も料理を振舞われて幸せだった。
心の底から名残惜しそうに、残った料理をお土産に帰っていった。
持ってきた生きたヘラブナや銀ブナを、同じように餡かけにしたり豆と煮たりしてから、もう一度招待するという嘉一の言葉を信じて。
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