第8話:賄賂攻勢

「人体発火恐ろしい」

「虐めっ子や教師ではなく取材クルーが発火したそうだ」

「自殺した子の恨みがテレビ局と新聞社に向いたね」

「とんでもなく失礼な取材を自殺した子の家族にしたらしい」

「他人には厳しく人権と言うくせに、自分達は人権を守らない」

「上級日本人、特権階級のマスゴミ関係者」

「やらされている社員が可哀想」

「次は社長や会長が殺されるべき」


 朝早く起きた嘉一は、家電量販店や地域のワイン直売所が開く時間までSNSチェックしていた。

 嘉一が誘導したわけでもないのに、テレビ局や新聞社を非難するSNSが主流になっていて、胸の怒りが多少は下がる気持ちになっていた。

 そのお陰もあって、出かける前に気分良くネットで食材を購入する事ができた。


「さて、まずは家電を買うか、それとも地域のワインを買っておくか」


 嘉一が地域に残った唯一のワイン醸造所の直売に行くと、それなりの種類が置いてあり、三十年前に評判だったワイン以外にも面白いシャンパンがあった。

 大阪名物のタコ焼きに合うシャンパンだというのだから内心笑ってしまった。

 だが、地域の特産品を熟饌として好まれる神仏には相応しいと思えた。

 そこでタコ焼きに合うシャンパンを中心に考えて、タコ焼きとお好み焼きを作れる家電も買うことにした。


 だが、タコ焼きとお好み焼きをお供えすると決めた嘉一だったが、とても大きな問題があった。

 タコ焼きとお好み焼きは熱々を食べるのが美味しいと信じている嘉一だが、実際に自分でプロ並みに美味しいタコ焼きとお好み焼きを焼く自信がなかったのだ。

 少々冷めてでも、専門店で焼いてもらったタコ焼きとお好み焼きをお供えするべきか、それとも腕は劣っても自分で焼いて熱々を食べてもらうべきか。


 心底悩んだ嘉一は、全てチャレンジする事にした。

 IHクッキングヒーターだけでなく、タコ焼き用のプレートがついたホットプレートに、最高級のオープンレンジも複数買った。

 それを駆使して、専門店で作ってもらったタコ焼きとお好み焼きをそのまま食べた方が美味しいのか、レンジで温め直して食べた方が美味しいのかを比べた。


 もちろん、品質がとても向上して美味しくなっているという、冷凍のタコ焼きとお好み焼きも試食してみた。

 自分で出汁から作ったタコ焼きとお好み焼きを作って試食した。

 それこそ腹がはち切れんばかりの量を試作試食した。

 だが、どのタコ焼きとお好み焼きもそれぞれの美味しさがあって決められなかったので、全部常世に持って行って食べてもらう事にしたのだった。


「まあ、こんなに沢山御供えしてくれたのね、ありがたくいただくわ」


 心優しい女神が、何度も急な階段を往復して、大量の家電と食材を常世に運び込んだ嘉一を労ってくれた。

 嘉一はそれだけで疲れが吹き飛ぶ思いだった。

 ニューハーフ仏以外の八仏が、先を争うように電子レンジで冷凍のタコ焼きとお好み焼きを熱々にして、タコ焼き用のシャンパンを開けているのと大違いだった。


「嘉一も座ってくれていいのよ。

 私も伊達に何千年も生きてきたわけではないの。

 道具と食材さえあれば、嘉一よりも上手に料理ができるのよ。

 嘉一が御供えしてくれた道具と食材を使って、タコ焼きとお好み焼きを作ってあげるから、そこに座ってちょうだい」


 試作と試食で、腹がはち切れそうになるまでタコ焼きとお好み焼きを食べた嘉一だったが、心優しい女神様が手料理を振舞ってくれるというのだ。

 断るという選択など取れるはずがなかった。

 

「はい、ありがとうございます、遠慮なく頂きます」


 嘉一がそう口にすると、普段から心優しい女神様の表情が、更に慈愛に満ちた表情になっていった。

 一般的に不美人だと言われる顔の作りだが、それを補って余りある優しさに満ちた表情だった。

 その笑顔のままで女神をタコ焼きとお好み焼きを作ってくれた。


 嘉一が好きなタコ焼きには、たっぷりの刻んだ紅生姜が入っている。

 心を読むことも、過去を知る事もできる女神は、嘉一の好みを知っている。

 蛸だけが入ったタコ焼きではなく、チーズやウィンナーが入ったタコ焼きが好きな事も、ソース焼きだけでなく醤油焼が好きな事も知っている。

 岩塩を使ったりアオサを入れたりしたタコ焼きはもちろん、大量の油で揚げたタコ焼きも作ってくれていた。


「石長、俺達にも焼いてくれ」


 そんなタコ焼きが食べたくなったのだろう、定番しかない冷凍や専門店のタコ焼きだけでは満足できなくなった八仏が、自分達にも作ってくれとねだる。

 石長と呼ばれた心優しい女神は、嫌な顔一つせず、人間のタコ焼き職人が足元にも及ばない早さで、大量のタコ焼きを作っていく。

 八仏のお陰で満腹のお腹にこれ以上のタコ焼きを入れる必要のなくなった嘉一は、大きな安堵を感じるとともに寂しさも感じてしまっていた。


「皆が満足するまで少し待っていてね。

 次にお好み焼きを作ってあげますから」


 石長女神の言葉に、嘉一は喜びと同時に困ってもいた。

 石長女神が作ってくれるお好み焼きを食べたい気持ちはある。

 だがもうこれ以上一口も食べられないと思うくらいお腹一杯だった。


「折角ですから、私も食べさせてもらいましょうか」


 そこに救いの神が現れた。

 いや、仏だから救済と表現すべきなのだろう。

 ニューハーフ仏が石長女神にタコ焼きを作ってくれとお願いしたのだ。


「そんなに気をつかう事はありませんよ。

 私も嘉一に無理矢理食べさせる気はありません。

 嘉一のお腹がすくまで待つ心算ですから、無理に食べなくてもいいですよ」


 心が読める石長女神は、嘉一の気持ちも体調も先刻承知だった。

 先ほどタコ焼きを勧めたのは、まだ嘉一に余裕があると分かっていたのだ。

 それだけでなく、嘉一が無意識に八仏に嫉妬していることにも気がついていた。

 だから腹八分目でいる方が嘉一のためになると分かっていたのに、苦しいほど満腹になるまでタコ焼きを作って振舞ってくれたのだ。


「明日でも明後日でも構いませんよ。

 嘉一の大好きなミックスお好み焼きとチーズお好み焼きを作ってあげます」


 お好み焼きには大阪焼きや広島焼きがあるだが、地域の人間にとっては幼い頃から食べていた地元のお好み焼きこそ本当のお好み焼きだった。

 大阪にも中華麺の入ったモダン焼きがあるが、それは嘉一のお好み焼きではない。

 海老と烏賊が入っていて、表面に薄切りの豚バラが張り付いているのが、嘉一の心の中にあるミックスお好み焼きだった。


 徐々に年を重ねて、チーズが一般的になってからは、生地の中や表面にピザ用のチーズを加えて、キャベツだけではなく玉葱も生地に加えた、チーズお好み焼きも嘉一のお好み焼きになっていた。

 生地の中には刻んだ紅生姜が入っていて、たっぷりの青海苔と鰹節が振りかけられ、お好み焼きソースとマヨネーズが塗られて初めて、嘉一のお好み焼きは完成するのだった。


「ありがとうございます、明日またお供えを持ってこさせていただきます」

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