第9話:今、なんでもするって……
「よいしょ……っと!」
買ってきた食材をテーブル上に下ろす。
かれこれ小半日かけて集めただけあってかなりの量だ。
重荷から解放された肩も羽が生えたように軽くなる。
「あっ、お疲れ様。どうだったの?」
俺の姿を見たエイルが買い物の成果を尋ねてくる。
その身体はまたあのフリッフリなメイド服に身を包んでいる。
客引きにはなっているようだけど、変な店だと思われないか少し心配だ。
「メモに書いてあったもんはかなり揃ったんじゃねーか。そっちはどうだったんだ?」
「んー……昨日よりやや少なめね……」
「まあ、ノアがいない分そうなるよな」
二人いた客引き美少女が一人になって、巨乳成分も消えたらそうなるのは当然か。
夕刻過ぎではあるが、今も店内の客はまばらにしか居ない。
空いている席に腰掛けて小休止する。
「やっぱり、幻の料理に賭けるしかないわね。どれどれ……」
心新たにしたエイルが、俺の買ってきた食材を確認し始める。
背伸びしながら大きな袋の中身を見ているせいで、座っている視点からだと下着が見えそうだ。
「じゃーん、着替え完了!」
そうしている間に店の奥から一緒に戻ってきたノアが出てくる。
またエイルとお揃いのメイド服に着替えている。
「買い物で疲れてんだろ? ちょっとくらい休憩しとけよ」
「んーん、荷物持ってたのはルゼルだし、へーきへーき!」
そう言って、短いスカートを翻しながら店の外へと小走りで向かっていく。
……ちなみに白だった。
「さーて! 私も、もういっちょ太客を引っ掛けてきましょうか!」
食材の確認を終えたエイルもその後を追っていく。
金にもならないタダ働きだってのに、揃ってとんでもないお人好しだ。
……いや俺も大概なのか、とジルドの言葉を思い出してると――
「おう、ルゼル……ほんまにすまんな……」
料理を出し終えて手が空いたのか、店主のトシさんが隣にやってきた。
俺への労いか、一杯の水が前に置かれる。
「どうしたんすか、開口一番に謝罪なんてらしくないっすよ」
水を一口飲みながら冗談混じりに返答する。
いつもはエイルの巻き添えでうるさいと怒鳴られてばかりだったから調子が狂う。
「そら自分が情けないからな……半分くらい年の若者にこんな助けてもろて……」
「いやいや、エイルの奴はうん十億歳っすよ。トシさんなんてあいつに比べたら赤ん坊みたいなもんじゃないですか」
「おぉ……そういえばそうやったのう」
信じているのか信じていないのか微妙な笑いが返ってくる。
しかし笑顔も束の間、すぐにまた店の現状を表している重々しい顔つきへと戻る。
「でも、情けないとは思いつつも……どうしても閉めらんでもええ可能性があるなら縋ってまうんや……」
「そんなに大事な店なんすね」
「おう……実はな、ここは十年前に嫁さんと一緒に始めた店なんや……若い奴らに安くて美味い飯を食わせたいって言ってな……」
「奥さんと……」
開店の経緯と奥さんの存在。
どちらも初めて聞く話だった。
「ワシと違って愛想のええ女やった……。あいつがおった頃は店も今よりもっと流行っとったんや……。でも、元々身体が強くなかったのもあって……流行り病でな……」
強面に暗澹たる影が落ちる。
姿を一度も見たことがないからそうだとは思ったが、言葉にされると尚重たい。
「……そうだったんすね」
「あいつがおらんようになっても何とか必死にやってきたんやけど、ワシ一人じゃこの有様や……このまま潰してしもたら、
更に深く、顔が伏せられる。
最愛の人の喪失。
その人が残していった店を縋り付いてでも守りたいと思うのは当然だ。
「……だったら、尚更閉めるわけにはいかないっすね!」
「ルゼル……」
「大丈夫ですよ。なんたって禍福を司る女神が付いてますからね。これまでも散々な目に会ってきたけど、最後はなんだかんだで上手くいくのが俺らなんすよ」
何か根拠があるわけじゃない。
でも、エイルと出会ったからは途中でどれだけ散々な目にあっても、最後はいつも笑える結末を迎えてきた。
今回だってきっと上手くいくはずだ。
「ここはもう俺らにとっても大事な場所なんで、頼んでくれれば配膳でも買い出しでも何でもやりますよ」
少しカッコつけてそう言った直後だった。
「……今、何でもするって言ったわね?」
「うおっ!」
ニュっとどこからともなくエイルが生えてきた。
「ど、どこから出てきたんだよ……表で客引きしてたんじゃないのか?」
「……今、何でもするって言ったわね?」
俺の質問には答えず、ただ同じことを繰り返すエイル。
不気味なまでの無表情がその顔には浮かんでいる。
嫌な予感しかしない。
「言ったけど、それがどうしたんだよ……」
「実は材料に……どーーーーしても必要な物があるの……」
珍しく、少し下手に出るような口調で言われる。
もう一度になるが、非常に嫌な予感しかしない。
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