第10話:西へ東へ

「それを買って来いって……?」

「うーん……そう出来たらそれが一番なんだけど、この辺りじゃ南部の大湿地帯でしか取れない珍しい植物なの……」


 本当に困っているようでありながら、白々しさ100%の口調。


「南部の大湿地帯?」

「うん、でもあの辺りって危険な魔物の生息地らしいじゃない?」

「アンデッド系とは別の方向にめんどくさい魔物が出るって聞くな」


 ミズガルド南部の大湿地帯。


 足を踏み入れた経験は少ないが、多種の爬虫・両生系魔物が群生している。


 猛毒持ちの種が多く、解毒手段を高価な魔法や薬品なしで踏み込むのは危険な場所。


 故に事情がない限りはわざわざ足を踏み入れたくない地域でも上位に入る。


「だから、お金で買おうとすると……ちょっと高く付いちゃうのよねぇ……」


 苦しい懐事情を表すような顔をしながら媚びた仕草ですり寄ってくる。


「……で?」


 聞き返さなくても、何を言おうとしているのかは概ね分かっていた。


「取ってきて?」



 *****



 取ってきた。


「ほらよ!! ご注文の品だぞ!!」


 茶摘み農夫が背負っているような大きい籠を床に下ろす。


 中にはまだ湿地由来の泥が付いた緑の物体が一杯に詰まっている。


 近隣ではあの湿地でしか取れない珍しい植物の根だ。


 摩り下ろすと独特の辛味を持つ香辛料になるらしい。


「おかえり~……って、ぎょぎょっ!?」


 店の奥から出てきたエイルが帰ってきた俺を見て馬鹿みたいな声を上げる。


「ど、どうしたのよ……なんでそんなベトベトなの?」

「着いたらいきなりバカデカイ蛇に丸呑みされたんだよ……くそっ、せっかくの一張羅が……」


 身体中が半透明の粘液に塗れている。


 ノアの服ほどではないが、奮発して買った冒険者服もドロドロでところどころ溶けている。


 まるで生まれたての両生類にでもなった心地だ。


「そ、そう……お疲れ様……」


 飛竜の血に塗れた時とは違い、やや引き気味ながらも労いの言葉がかけられる。


 少しは気の使い方を覚えたようだが、相変わらず距離は取られている。


「ルゼル、お疲れ様。身体、拭いたげるね」


 エイルとは対照的にノアは布巾を手に、事も無げに俺の側へと寄ってくる。


「いや、汚いし……そんくらい自分でやるっての……」

「いーのいーの! 私がやるって言ってるんだから!」


 全く嫌そうな顔もせずに、ベットベトのギッドギドになっている身体を拭いてくれる。


 布を何枚も使い、時間もかけて丁寧に汚れが落とされていく。


 ……優しくされすぎると好きになってしまいそうだ。


「よしっ! 綺麗になった!」

「ありがとな。よし、それじゃあ俺も気合い入れ直して働くとするか!」


 そろそろ客入れ時だ。


 また配膳の仕事でもするかと立ち上がった時だった。


「……今、働くって言ったわね?」


 またエイルがどこからともなくニョキっと生えてきた。


「何でもするとは言ってないぞ……?」

「……働くって言ったわよね?」


 再三の不気味な無表情でじっと顔を見つめられる。


 まるで催眠術にでもかけられているような心地になる。


「……今度は何をやらせようとしてんだ? 要件だけは聞いてやるよ」

「実は……西の内海にしか生息してない珍しい魚がいるんだけどぉ……」

「お前、俺のことを便利な――」



 *****



 獲ってきた。


「……よいしょ」


 魔法による保冷効果がかかっている四角い容器を床に置く。


 中ではまだ新鮮さが保たれた妙な形の魚がピチピチと元気に跳ね回っている。


「おかえり~……って、ぎょぎょっ!?」


 店の奥から出てきたエイルが帰ってきた俺を見て馬鹿みたいな声を上げる。


「こ、今度はなんでそんな真っ黒になってるのよ……」

「釣りしてたらいきなりタコみたいなバケモンに襲われたんだよ……」


 夜闇に紛れそうなほど黒くなった身体を拭きながら答える。


 行く先々で踏んだり蹴ったりだ。


 誰かが化物に俺を襲うように仕組んでるんじゃないかと思えてくる。


「そ、そう……ご苦労さま……。う、後ろ拭いてあげるわね……」


 今回ばかりはこいつも哀れに思ってくれたらしい。


 すっと、予め用意してあったかのような手付きで布巾が取り出された。


「お前が優しいと心に不調をきたしそうになるな」

「何よそれ……ほら、後ろ向いて!」


 そのままノアと比べるとかなり雑な手付きで背中の墨を拭いてくれる。


「よし……ふ、拭けたわよ……」


 一仕事に成し遂げたように、服の袖で汗を拭うエイル。


 一方で俺は心身共に疲れ果てて礼を言う気力さえ湧いてこなかった。


「そ、それにしても流石ね! 頼んだ食材をあっという間に集めてくるなんて! よっ! ミズガルド一の食材収集家! 抱かれたい斧使いナンバーワン! 肩揉んであげよっか?」


 身体を拭くなんて珍しく下手に出てきたなと思ったら、今度は異常な褒め殺しをしてくる。


 あまりにも露骨すぎて魂胆を即座に察した。


「……で、次は何を取ってくればいいんだ?」

「え、えっと……次は東の森で取れる珍しいキノコを……籠一杯分くらい……」


 その後もエイルの無茶振りに応じて、時に数日をかけて周辺地域を奔走した。


 目的地に向かう度にまるで仕組まれたかのように相対する見たこともない魔物。


 散々な目に会って帰ってくる度にもう次は行かないと思いつつも、優しくされるとすぐにほだされる。


 そんなチョロい自分を呪いながらも、西へ東へ北へ南へと珍食材を求めて駆け回った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る