第8話:教会育ちのNさん
それは長々と続いた地割れの終端。
あの時の衝撃で崩落したと思しき大きな断崖の最下部にあった。
「ジルドのやつが言ってた話からして、ここが例の洞窟で間違いなさそうだな」
山岳の中心部へと向かうように、斜め下方向へ開いた薄暗い空洞を覗き込む。
外から差し込む光だけでは全容の一端すらを計り知れないそれは、まるで獲物を待ち受ける巨獣の口腔のようだ。
「お、思ったよりも本格派の洞窟ね……」
隣で同様に暗がりを覗き込んでいるエイルがゴクリと喉を鳴らす。
暑さによるものとは明らかに違う汗が白い頬をツーっと伝っている。
「なんだお前。もしかして、ここに来てビビってんのか? 出発前はあれだけ威勢良くしてたのに」
「び、ビビってなんかなかとよ!」
「落ち着け、天界の訛りが出てるぞ。それに多少はビビるくらいの方が健全だよ。ダンジョンは慎重に慎重を重ねるべき場所だからな」
冒険者の死因ランキングで毎年上位につけているのが洞窟などのダンジョン探索だ。
敵性の魔物以外にも自然が成す複雑な構造や古代に仕掛けられた罠など、様々な危険が中では待ち受けている。
魔石や宝物といった利益を享受するには、まずそれらの困難を乗り越えなければならない。
ともすれば慎重すぎるくらいでちょうど良い。
「そ、そうよ! 貴方がそれを分かってるか試してみただけよ! 何故なら私は慎重を司る女神だから! さあ、いくわよ!」
威勢よくそう言うと、エイルは慎重さとは無縁の大胆な足取りでズカズカと洞窟に踏み入っていった。
「おい、ちょっと待……ったく……ノア、俺らも行くぞ」
「え? う、うん……」
少し離れたところから入り口を見ていたノアに声をかけ、エイルの後を追う。
太陽の下から暗闇の中へと足を一歩踏み入れた瞬間、何かが身体に纏わりつくような気味の悪さを感じた。
*****
三人で隊列を組んで慎重に岩盤の上を歩いていく。
内部は想像していたよりも広く、三人で横に並んでいても全く窮屈さがない。
通路の狭さは戦いやすさに直結するので、これで憂慮すべき事柄が一つは減る。
しかし、入ってすぐに別の懸念材料が見つかった。
「……どうやら、俺ら以外の先客がいるみたいだな」
「え? 先客?」
「ほら、こいつを見てみろ」
足を止め、その場で屈んで地面を示す。
岩盤のいたるところに生えている深緑の
長い年月をかけて育まれた分厚いそれに、いくつもの人の足跡が残っている。
「これってまさか……」
「ああ、間違いなく――」
「伝説の吸血亜人チュパカブラの足跡!?」
「違う。俺たちよりも先に入った冒険者の足跡だ」
エイルの大ボケを軽く流しながら、足跡から読み取れる情報を二人に共有していく。
「足跡は二種類あるから多分二人組だな。大きさからして男の二人組か。ここに洞窟が見つかったって噂を聞いて、他の奴らより先んじて来た連中だろうな。俺らみたいに」
ジルドが情報を掴んでいたのなら、その情報源を含めて他にも何組か知っている者がいるはずだ。
先行利益の独占目的で急行してきた奴らがいるのは不思議じゃない。
「先に入った冒険者って、そいつらが先に私のお宝を見つけたらどうなるのよ」
「まだお前のじゃないし、ダンジョン内の物品は早いもの勝ちが原則だよ」
もちろん厳密に定義されたルールではなく、力に物を言わせて後から分捕るような連中もいなくはない。
けれどダンジョンとはいえギルドの目が届く近場で強硬手段に出る輩は流石にいないだろう。
冒険者同士の争いはどんな理由があれ基本的にはご法度とされている。
「だったらこんなところでボンヤリしてる場合じゃないわよ! 早く進んで先に見つけないと!」
先行している連中に独占されることを危惧したエイルが大股で奥へと進んでいく。
「おい、一人で先に行くな。暗闇の中ではぐれたら……ん? 暗闇?」
エイルの背に向かって手を伸ばしながら、自分の発した言葉に疑問を抱く。
洞窟に侵入してから数分。
普通ならもう照明具が必要な暗闇に辺りは包まれているはずだ。
しかし、今は地面の足跡さえはっきりと見えるほどの明るさが俺たちを包んでいる。
俺はまだ照明具を取り出していないし、二人はそんな物を持ってきてもいなかった。
あまりにも違和感がなさすぎたせいで自然に進んでいたが、これは明らかに妙だ。
「……確かに変ね。なんで明るいのかしら」
先を行こうとしたエイルも同じ疑問を口にして足を止める。
もしかすると周囲に光を発する鉱石でもあるのかもしれない。
だとすれば採鉱すれば魔石ほどではないが、多少の収入になる。
そう考えて辺りを見回してみると……
――ペカー。
隣のノアがめっちゃ光ってた。
「ん? どったの?」
一方、当人は自分の身体が光っている人間の反応とは思えないくらいに平然としている。
その顔には『光ってますけど、それが何か?』とでも言いそうな超然とした表情。
むしろ光っていない俺の方がおかしいんじゃないかと思えてくるくらいだ。
そんなノアに対して、同じく反応に困っているエイルと顔を見合わせる。
こいつも光っていない。
良かった。俺はおかしくなかった。
そのまま数秒間、無言で視線を突き合わせて言外で意思を疎通させる。
「……よし、先に進むぞ!」
教会育ちってスゴイ。
俺たちは、色んな意味でそう思った。
*****
ノア由来の明かりに照らされながら洞窟の奥へと進んでいく。
隊列は自然と、俺を先頭に横並びの二人が続く形となった。
苔や多少の起伏で足場の悪い中、入り口から続く大きな一本の道をひたすら歩き続ける。
内部の構造は洞窟としてはかなり単純で、時折ある横道も大抵が光の届く範囲で行き止まりだと分かるものばかり。
おかげで進路に迷うこともなく、探索は怖いくらい順調に進んでいる。
そうして、何も起こることなくしばらく歩き続けた頃――
「……止まれ。何かいる」
前方に気配を感じ、後方の二人の足を止める。
「どうしたのよ、急に――」
エイルがそう言った直後――
カタ、カタ、と硬質の物体が打ち合う不気味な音が前方の暗闇から響いた。
「ひっ、な……何の音!?」
――カタ、カタ、カタ。
それは一歩一歩、赤ん坊か老人が
ぼやけた全体像が、ゆっくりと光の下に曝された。
「くそっ、いきなり厄介な奴が出てきやがったな……!」
暗闇の中から現れたのは、白骨。
人間の肉を削ぎ、骨格だけをそのまま取り出したような動く骸骨だった。
「ひっ! な、なにあれ!? ほ、骨!?」
「スケルトン、アンデッド系の魔物だ。しかも三匹もいやがる」
空洞の眼底で俺たちを見据える三体の骸骨。
その手にはボロボロに朽ちた剣や槍などの武器が握られている。
スケルトン――アンデッド系の代表格で、主に洞窟や墳墓跡などに生息する魔物。
志半ばで死んだ者の遺骨が生者を妬み、不浄なマナを取り込むことで生まれるとされている。
その貧相な見た目に反して耐久力が高く、骨同士を結合しているマナを破壊しないと復活する厄介な敵だ。
「二人とも、危ないから後ろに――」
後ろの二人を出来るだけ安全な場所に遠ざけてから武器を構えようとした時だった――
右の脇から金色の何かが俺と奴らの間へと飛び出した。
「そこまでだー!!」
教会育ちのNさんだ。
長い金髪をなびかせながら俺の前に立ち、三体の骸骨へと手を掲げて「破ぁッ!!!」と叫ぶ。
すると彼女の手のひらから凄まじい閃光が放たれ、骸骨の群れを瞬く間に飲み込んだ。
光を浴びた骸骨たちは、まるで糸が切れた人形のように次々とその場へ崩れ落ちていく。
「生者の血肉を求める不浄な身体は灰へ、現世を彷徨う報われぬ魂には救済を――」
動いていたのが嘘のように静かになった骨の山を慈しむNさん。
自ら放出する光の中心に立つその姿は拝みたくなるほど神々しい。
「……よし、先に進も!」
その場で翻った彼女が爽やかな笑顔と共に俺たちへと告げた。
隣で呆然としているエイルともう一度顔を見合わせる。
教会育ちってスゴイ。
ピクリとも動かなくなった骸骨を踏み越えながら、俺たちは改めてそう思った。
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